5.<小鬼>
――人というのは図太くできているもので、食後の菓子まで食べて満足すると、妙に安心して居心地が良くなるのね……例え、魔女王の住処であっても。
満腹時特有の温かい感覚にメシュエは体をゆだね、家にいるようにぼんやりとしていた。代官の子という生まれのおかげで恵まれた生活をしていたメシュエであっても、生まれてこのかた食べたことのない、繊細な甘味の菓子の数々を思い出す。することが無いため、身を起こして散乱している大粒の宝石を布団の上に並べていく。宝石類は冷たく、本物だろうと思われた。これが一つあれば村も冬を安心して越せる……ふと思ってくすりとした途端、メシュエの心に激痛が走る。
――村は、もう無い。
メシュエは涙をこぼしていた。崩れ落ちる使用人の姿が。遠くから聞こえる強制されたような喘ぎ声が。自分を襲おうとした男の体臭が蘇り、震えだす。宝石が床に散らばり、乾いた音がしたが、メシュエにはどうでもよかった。
――なぜ生きているの? なぜ生きたがったの? 一人生き残って悪いとは思わないの? 他に生きるべき人が居たのでは?
メシュエの心はメシュエを責める。涙はとめどなく流れる。声を押し殺してメシュエは泣き続けた。
――神様、何故私を殺さなかったんです、神様。生き残りたかったけれど、一人で生き残るなんて我儘でした。
ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で繰り返すほどに痛みは増していく。神様、神様、私を殺してください、殺して……メシュエの心は壊れた風見鶏のようにぐるぐる回る。メシュエは生きていたかったが、罪の意識がそれを許してくれなかった。
とうとう耐え切れなくなり、メシュエはクッションに顔をうずめた。これなら泣き声が響く心配もない。
メシュエは泣き続けた。わめき続けた。自分が何を考えているか分からなくなるまで、嘆きに身を任せた。痛みは和らがず、さらにメシュエを苛み続ける。
「だれか、助けて」
ぽつりとつぶやく。ハナは上にあるらしき別の部屋にこもっているらしく、来る様子はなかった。助けなど来ないことはぼんやりとわかっていた。それでも繰り返す。だれか、助けてと。
「お嬢様、何かお困りのことでも――」
途端、低く深く響く声がメシュエの後方から聞こえる。メシュエは慌てて身を起こす。使用人がいるなんて聞いていない――いや、ハナは小鬼がどうとか言っていたっけ――。
「いえ、何も困っていません。大丈夫ですので……」
メシュエは辺りを見回した。自分を痛めつける錯乱状態を見られたのは気まずかった。声の主を見つけて早く去ってもらおうと思ったが、見渡しても誰もいない。
「大丈夫ですので……?」
どこですか、と聞くのも申し訳ない気がして、メシュエはさらに人影を探す。誰もいない。
「声の調子に異常が見られましたが、お嬢様。ああ、私は床です。浮くこともできますが、地上の方が心地いいので地上からで失礼させていただきます」
「床」
メシュエは復唱する。そして床をじっと見る。
そこには丸く平べったい物体があった。メシュエが見たことが無い物体であったが、例えるならば柄の無い大きなフライパンを逆さにしたような大きさで、少し厚みのある円状の物体。黒く、真ん中に銀色の小さな円が埋まっている。物体からは、ぶううん、と止めどなく音がしており、ぐるりぐるりとその場で横に回転を続けていた。
「なにこれ」
反射的にメシュエは問う。
「私は――まあ型番などありますが、わかりやすく言えば、掃除用ロボットをベースにした〈機械小鬼〉です。〈小鬼〉と呼んでください、お嬢様」
〈小鬼〉はぐるぐると回るのを止めて、低い声でメシュエに話しかける。その声は滑らかで温かく、優しかった。
「中央システムは別の場所にありますが、奥様の代理として庭の管理、家事、掃除などを務めさせてもらっています」
「つまり、使い魔?」
ハナ以上に訳の分からないことを語る〈小鬼〉。その姿をメシュエはじっと見る。落ち着きがない性質なのか、〈小鬼〉はまたその場でぐるぐると回り始めた。目は回らないのだろうか。そもそも目はあるのだろうか。
「こちらの言葉で表すならば、そうなりますね。私はロボットのつもりでありますが、私を私たらしめているのは魔法的な分野らしいですので……まあ、半分ロボット半分使い魔。科学と神秘のハイブリッドという所でしょうか」
「ハイブリッド」
聞きなれぬ言葉をメシュエは繰り返す。
「ありていに言えば、あいのこです」
〈小鬼〉は僅かな笑い声を混ぜて、言う。どこまでも心地よく響く声であった。
「お嬢様、私めでよければ話し相手になりますが」
「い、いいの。ごめんなさい、村がなくなって、みんな死んで、動揺していただけだから」
「それは……お嬢様のご家族と知り合いが、白い道をたどってあるべき地にたどり着きますよう」
まるで信心深い人のように〈小鬼〉は祈りをささげる。
「使い魔は神に祈らないものだと思っていたけど……」
「ええ。おそらくは機械もそうですね。ですが、私は人でありたいと思っていますので、神にも祈ります」
〈小鬼〉は真面目な様子で告げる。回転は一瞬止まり、また動き始める。
「私は、人型のボディが欲しかったのですが、奥様に「それはちょっと機能的に便利じゃないし気分的に嫌」と告げられまして。その時から、せめて心意気だけでも、人よりも人でありたいと思っているのです……それにしても、奥様は、また変な物を床に散らかしたんですね。大きな物を吸い込むと詰まるから大変なのに……全く」
目の前の〈小鬼〉が人であったならば、手間のかかる主人相手に苦笑いを浮かべているのだろう、といった声の具合であった。
「あ、拾うわ。寝ているばかりだと悪いから、拾わせて欲しいの」
「それは助かりますが、起きられますか? 私が運んだ時は脚を怪我し、栄養状態も劣悪、とどめに脱水症状と酷い有様でしたので、無理はなさらない方がよろしいかと思います」
そう言われると、メシュエは悩ましくなった。しかし、妙な意地がむくむくと胸の底から湧き上がって無理やり体を起こす。心の痛みとは違う体の痛みが襲い掛かる。転がる様にして寝台から降り、なんとか床にぺたりと座り込んだ。見ればメシュエの服は清潔そうな白い貫頭衣に着替えられており、体のあちらこちらに下手な様子で湿布や何やと思わしき物体が張り付けられている。これがハナの仕事だったとしたら、伝説の魔女王は随分と不器用な性質らしい。もしくは、長い間人を看護する機会がなかったため、忘れてしまったのか。
後者だと思いたい。
痛みに顔をしかめながら、手の届く範囲の宝石をかき集める。
「ああ、助かります。できれば私が吸った分も拾って頂けないでしょうか」
そういうと一人でに〈小鬼〉の胴体らしき部分からかぱ、と小さな引き出しが飛び出てくる。その中には埃に混じっていくつもの宝石があった。
「……宝石商が見たら泣き出す光景ね、これ」
メシュエはあまりのちぐはぐさに笑い出した。どこか調子がおかしくなったかのように、くすくすと。
「奥様は全くもって物の価値が分からない、というより物の価値を忘れてしまったお方なので……お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です、妙に面白かったから。あと、もしよければ私のことはメシュエと呼んで。お嬢様と呼ばれると、村のことを思い出すから……今は、まだ辛い」
「左様ですか。では、メシュエ様で宜しいですね」
「それも辛いけど……お願いします」
メシュエは集めた宝石を寝台横の小棚の上に置き、息を吐く。すると、緊張も悲しみも過ぎ去ったことに気付き、急に自分の格好が気になってきた。確かに言われてみれば悪臭がするような気もする。最後に水を浴びた日も覚えていない。目の前の良い声で喋る〈小鬼〉に羞恥心を感じるのもおかしいが、気になることはしょうがない。
「〈小鬼〉さん」
「はい、何でしょう、メシュエ様」
「少し湯浴みをしたいの。案内してくれるかしら」
「立てますか」
メシュエは寝台に掴まり、足に力を入れる。柔らかい敷き布団に指が食い込み、何度かふらついたが、やっとのことで立ち上がる。それから慣れるように二、三歩。自分の中の重心の取り方が完全に忘れられているのに驚きながら、それでも何とか転ばずに前に進み、扉の前に行きついた。扉は木製で金属の取っ手が付いており、大きなガラスが嵌められていた。
「お城でも見られないでしょうね、こんなすごい扉」
「この家は、奥様が故郷で住んでいた家を模したもの、だそうです。流石に庭は、有名な庭園や何やからイメージを引っ張って作りあげた物ですが……」
「ということは、ハナの故郷にはこんな所が沢山あるの?」
「この家は奥様の故郷における一般的一軒家。失礼ながら、こちらの世界の文明レベルは魔法の存在を加味しても低い、と言わざるを得ないですので……」
「それはどうも」
意味が分からないなりに貶されたような気がして、メシュエは僅かに不機嫌になる。メシュエの態度をよそに〈小鬼〉は話をつづける。
「奥様は最初こそ贅を尽くした住居を気まぐれに作っていました。骨の城、水晶の城、菓子の城、宙に浮く城……しかし」
「しかし?」
「奥様に言わせれば、幾ら想像の世界に遊んでも、最終的には故郷の風景に行きつくんだ、だそうで」
そうして〈小鬼〉は、くるりと回った。




