3.紅奈と『わたし』
わたしが学生の時は異世界転生物、異世界転移物、ってのが流行っていた。嫌なことばかりなこの世ではない、どこかに行ったり生まれ変わったりして、英雄になったり恋に落ちたりすごい力を持ちながらのんびりと暮らしたり、そんな話。もっとも私はひねくれものだから、流行りのは読まずに親やその親が読んでいた昔の本ばかり読んでいたけど。死にかけた軍人が火星に飛んで行ってお姫様と結ばれる話とかさ、召喚された勇者が敵の王女に恋をしてしまう話とかさ、そういう古典中の古典というにはちょっとマイナーな辺り。そうやってみんなが読まない本を読んで、みんなを馬鹿にして、鬱憤を晴らしてたんだ。
意味が分からない? いいの。わたしも通じないの上等で話してるから。これは独り言。暇を持て余したわたしの独り言。
つまり、わたしは一匹狼を気取った嫌な奴だった、ってわけ。どうせ理解されるわけもない、理解されたくもない。友人らしい友人なんて出来る訳ないし、そもそも自分にそんな価値なんてない。だから誰も近寄らないように一人で本ばかり読んで、向こう側の世界に思いをはせていた。
で、だ。そうやって一人でいると世の中だいたい面倒が多くなる。周囲からの私に対する一般的な感想は「あの子なんか感じ悪いよね」だったし、授業で二人組を作ってと言われたら大体あぶれる。教師陣は手を焼いて、あの子と友達になってあげて、とクラス一番の優等生にお願いした。
それが、紅奈さん。こちらじゃ黎明女王の方が通りがいいだろうね。目の明るい、日に焼けた肌の、面倒ごととかあっても何とか乗り越えられるタイプの人気者。わたしの苦手なタイプの社交性お化け。
そもそも紅奈とわたしは同じ幼稚園、同じ小学校とどこまで行っても離れられない関係だった。何かあると勝手に世話を焼いてきて、親は紅奈ちゃんを見習いなさいと言ってきて。どんどん私の気持ちは削れていった。
あー、幼稚園ってのは、六才くらいまでの子が預けられる学校みたいなもので、小学校は十二才まで預けられる学校。大体は近所の所に入れられるから、子どもは嫌な近所の奴らと顔を合わせ続けなければいけないけれど、その次にある中学校を選ぶ所になって少しは選択の余地が出る。勉強すれば家から離れたいい場所に行ける。嫌われ者で卑屈で友人のいないわたしの過去を消し去れる。
そう思って必死に勉強した。勉強したがる子どもなんてめったにいないから――少なくとも、私のいた世界では珍しかった――。親は、喜んだ。塾に行った。模擬試験を沢山受けた。塾でも案の定友人は出来なかったけれど、元々作る必要のない場所だったから、何も問題なかった。いつものように一人ぼっちで弁当を食べて、一人ぼっちで遅い電車に乗って帰る毎日。
で。まあ、頑張ったかいあって試験は受かった。そこそこいい難しさの、家から離れた女の子だけの学校。それなりに名前の通りも良くて、親の自尊心を満たすにはぴったりの程よい場所。
私はそこで、新しい人生を過ごすはずだった。だけど、盛大に失敗した。
そもそも陰気な性質の奴がいきなり明るく振舞うのがどだい無理、という話がある。
まあ、だけど。一番の原因は紅奈も同じ学校に受かっていて……すべての光が彼女に向いていたからなんだ。
よし、昔なんて捨てて中学デビューだ、と思っていた時に、彼女の顔が見えた時の絶望よ。昔の象徴は全速力で駆けよってきて、一緒にいられるんだ、嬉しいとか心にもないこと言っちゃって。心の底では馬鹿にしているんだな、というのがわたしの感想。わたしだったら、わたしみたいなのが知り合いにいたら、喜ぶふりをして全力で馬鹿にすると思うから……そういうことを考えていたっけ。
運の悪いことは続くもので、紅奈と私は同じ教室で授業を受ける羽目になった。紅奈は大体の人に受け入れられた。社交性お化けここに極まれり。教師陣の人気もよく、成績もよく、悪口は全くもって聞こえなかった。
彼女を嫌っているのは、わたし一人。
出来るだけ紅奈を避けて過ごした。教師に言われたからしぶしぶ表面上の付き合いをしていたけれど、片っ端から悪意をぶつけたくてしょうがなかった。
あんたさえいなければ。わたしのいるべき場所を、受けるべき光を全部あんたが奪っていった。
私は本に逃げる。成績は良くも悪くもなく、目を付けられない程度だったけれど、学校にもあまり行かなくなった。親は小言ばかりぶつけてくるようになった。カウンセリングに通わされたけど、本当のことを言うのは癪だったので、曖昧にごまかした。
そんな時、わたしは異世界を見つけた。十四の年、憂鬱な六月の雨の日に。
物語によくあるように、学校の誰も行かないような場所で。
図書館の地下一階、埃の多い地下書庫には行く人などいなく、買い付けたはいいが誰も長いこと読んでいないような本がずらりとあった。そこで弁当を食べながら何をするでもなくぼんやりするのがときたま登校した時のわたしの日課だった。あまり学校に馴染めない子がたむろする保健室には保健室なりの人間関係があったため、わたしは見つけた秘密の場所へとずっと籠っていた。
誰もいない。音もない。見ている人もない。わたしにとっての異世界。わたしにとっての安息の場所。
思う存分ごろごろする。誰も長いこと座っていないソファで横になり、持ち込んだ本を読みふける。
とはいえ大人にはバレるもの。図書館地下にこもっている問題児を引き出すために、教師陣はやっぱり紅奈を投入して来た。
紅奈は説教をしてくるかと思ったけれど、そんなことはなかった。ちょっと短く折ったスカートを揺らしながら、側の椅子に座り込んで、私の本を見ていたっけ。互いに沈黙したまま長い時間が過ぎて、やっと紅奈が口を開く。
「それ、面白い?」
何の本を読んでいたかはもう忘れた。ただ、自分の居場所に入ってこられたのがとても癪だったのは覚えている。なので、ぶっきらぼうに言う。
「わたしにとってはね」
どうせ優等生で友人だらけのあなただったら、もっと面白いことがあるでしょう。休日のカラオケ、勉強会、夏にはプールに行ったり祭りに行ったり。皆で。皆で。わたしには決して手の届かない皆での遊び。羨ましくて、憎らしい。そんな思いが胸を走ったのも覚えている。
「じゃ、なんかさ、今度読ませて」
「どうせ、先生に言われてきたんでしょう。話合わせてここから引っ張り出せって」
わたしにそう言われた時の紅奈の表情は、訳が分からないと言いたげな物だった。わたしは初めて、紅奈を傷つける喜びを知った。最初から、そうすれば良かったのだ。
「昔っからそう。立ち回りが上手くって、誰にも嫌われなくて、そうやっていい顔してれば世の中上手く進むって思っているんでしょう。あまりの優しさに、わたしが古い学園ドラマの安い敵役みたいにはいつくばって泣き出して、あなたへの感謝とこれまでの謝罪を言い出すとか思ってるんでしょう」
思うがままにわたしは吐き出す。言われるたびに衝撃を受けて固まる紅奈の顔。それを見るたびに笑いたくなる。わたしは紅奈を言葉の限りなじった。貶めた。怨んで憎んで傷つけた。そしてわたしは勝利した、はずだった。
しばらく無言で向き合うわたし達。紅奈はこちらの目をじっと見て、ゆっくりと口を開いた。
「それで、すっきりした?」
あまりにも、優しい顔で。先ほどまでの攻撃など、痛くも痒くもないというように。
「さ、帰ろう。昼休みが終わるよ」
そういって紅奈は手を出す。私は思わず読んでいた本を全力で紅奈の顔に投げつけた。本は分厚く、重かった。ぎゃ、という悲鳴と床にどさりと何かが落ちる音が聞こえ、その隙にわたしはさらに地下に続く階段に飛び込む。薄暗い中で私は足を踏み外し、そのまま滑り落ち――。
何かにぶつかると思った。
わたしを呼ぶ紅奈の声が聞こえた。
何かは、わたしを受け入れた。
わたしは紅奈を無視して、奥に進む。
気が付けば、夕日照る草原の真ん中。物語で読んだがごとき、ハイファンタジーな村の中心――見たことのない服装の人たちが、驚いたようにわたしを見ていた。
後は、簡単な話。
憧れの異世界に転移して謎の存在と契約して不死になって暴れていたら後から来てたクラスの人気者に討伐されました。
そのまま死ぬはずだったけど不死なので死ねませんでした。契約破棄の方法が見つからないので最初に滅ぼした村に封印されました。
クラスの人気者は王様になって幸せな人生を送り、自分は伝説の中の恐ろしい存在になったんじゃないかなー多分。
以上、現代日本から転移してチート能力で無双してたら何時しか闇堕ちしていて結局好きでもない幼馴染に討伐された、みたいな奴のボヤキでした。
めでたしめでたし。




