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戸惑いとカノジョ 3

不意に「ケン!」と廊下に声が響き渡った。


「貴方、何をやっているの!」


サラ?

走ってきて俺の腕を掴むと、天ケ瀬から無理やり引き離そうとする!

あ、頭、がッ!


「いい加減にしてちょうだい!」

「君こそ何をする! 彼は具合が悪いんだ、見て分からないのか!」


天ケ瀬、お前。

女の子相手でもそんな風に怒ったりするのか。

意外だ、初めて見た。


「うるさいわねッ、彼の恋人でもないくせに!」


サラに言い返された途端、天ヶ瀬の顔がサッと青ざめた。

俺も、突然なぜだか胸が痛い。

―――違う。

そうじゃない、ッツ! 苦しい、心臓が疼くッ!


「部外者の分際で私達に口を挟まないで!」


血の気が引いた様子で俺を手放し、ふらりと後退った天ヶ瀬を見て、咄嗟に「やめろよ」と口にしていた。

サラが驚いたように俺を見上げる。


「天ヶ瀬に強くあたらないでくれ」

「なによ、貴方まさか、彼を庇うの?」


そうじゃないと言おうとして、だけど喉が張り付いたように声が出ない。

サラは剣呑と俺を睨んでいる。

違う、違うんだ、でも。


「君が怒る必要は、ないよ」

「は?」

「天ヶ瀬は俺を気遣ってくれたんだ、だから、噛みつかないでくれ」

「なによ、それ」

「頼む」


サラは暫く俺を睨んで、不意にツンとそっぽを向く。

怒らせたな。

でも、仕方ないことだ。


「天ヶ瀬」


改めて天ヶ瀬にも頭を下げる。


「悪かった、お前もサラを許してやってくれ、すまない」

「君に謝られる必要はないよ」

「そうか」


顔を上げると、天ヶ瀬はどこか泣き出しそうな顔をしている。

―――さっきよりもっとズキッと強く胸が痛む。


「ごめんな」


謝りながら手を伸ばしてそっと髪を撫でた。

大丈夫。

俺なら大丈夫だから、信じてくれ。

頭痛も少し収まってきた、これなら何とか耐えられそうだ。

気合いを入れろ、今だけは情けない姿を晒すわけにはいかないぞ。


「サラ、教室に戻ろう」

「ええそうね、行きましょう、あーあ、本当に不愉快よ」

「ごめん、じゃあ、天ヶ瀬もまたな」

「ああ」


サラに腕を引っ張られて歩き出す。

途中で気付かれないようこっそり振り返ると、天ヶ瀬はまだ同じ場所に佇んでいた。

寂しそうな姿だ。

駆け寄ってやりたいが、今はサラがいる。

優先順位なら当然彼女が上だ、天ヶ瀬とは友達ですらないし、気に掛ける理由もない。

それなのに、どうしてだろう。

サラよりも気になって仕方ない。

あいつを悲しませたくて胸がざわつく。


どうしてだろう。

俺にとって、天ヶ瀬 理央は、一体どういう存在だ?


「―――そんなに気になる?」


不意にサラが立ち止まって俺を見上げた。


「だけど貴方の恋人はこの私、そうでしょう?」

「あ、ああ」

「加えて天ヶ瀬 理央は男よ、貴方は同性を恋愛対象として見られない、違う?」

「その通りだ」


幼馴染の薫も、あんなに俺を想ってくれていたのに、応えてやることができなかった。

だから天ケ瀬だって当然―――いや、違うぞ?

そうじゃない。

天ケ瀬は。

―――薫とは、違う?

俺はそのことを知っている。

一体なんだ? 何が違う、あいつと薫と―――っく! また頭痛がッ!


「だったら、忘れてしまいなさい」


え?


「忘れてしまえばいい、そうすれば痛みもなく、楽になれる」


波紋のように頭の中で声が響く。

わ、すれ、る?

痛みもなく、楽に―――なれる?


赤い瞳が冷ややかに俺を見上げている。

忘れてしまえばいい。

忘れるんだ。

そうすれば楽になれる。

だから、忘れて、忘れて、忘れろ、忘れろ、忘れてしまえ―――


「い、いや、だッ」


腹の奥から絞り出した。

自分でも何を拒んだかよく分からない。

でも嫌だ。

それだけは絶対に受け入れられない。

何が何でも足掻く、諦めない、認めない。

俺は必ず―――取り戻してみせる!


ふっと何かの圧のような感覚が消えて、サラはくるっと背中を向けた。

そしてスタスタと歩き出す。

あとを俺もついて行く。


何かがおかしい。

でも、何が?

今何をしていたか思い出せない、何を考えていたか分からない。

追求しようとすると頭痛が酷くなる。

やっぱり、考えを邪魔されているようだ。

多分俺は何か大事なことを忘れている。

とても大切なことのはずなのに、それが何なのかさえ見当もつかない、分からない。


朝ぶりに教室に戻ると、五月女と虹川が慌てた様子で駆け寄ってきた。

他のクラスメイトも俺を気遣うような雰囲気だ。


「おいケン! 大丈夫なのかよ!」

「健太郎君ッ、もう平気なの?」

「お前まだ顔色酷ぇぞ、具合治ってないんじゃねえか?」

「ちょっと、貴方達!」


突然サラが声を上げる。


「私の恋人に気安く話しかけないでって、今朝も言ったでしょう!?」


えっと戸惑う虹川の脇から、五月女が身を乗り出すようにしてサラを睨んだ。


「俺達はこいつの友達だ! 友達を心配して何が悪いってんだよ!」

「私は彼の恋人なの、つまり貴方がたより立場が上ってこと、おわかり?」

「知るか! 意味不明だろお前、いい加減にしろ!」


やめてくれ、喧嘩しないでくれ。

二人が言い争う姿なんて見たくないんだ。


「五月女、やめろ、落ち着いてくれ」

「ケン!」

「サラもやめてくれ、俺を心配してくれたんだ、それなのに、そんな言い方ってないだろ」

「貴方! 恋人の私よりその野蛮人の肩を持つの? 信じられない!」


「おいケン」と五月女がまたサラを睨む。


「こんな女やめちまえ、流石に性格悪過ぎだろ」

「なんですって!」


頼む、喧嘩しないでくれ。

こういうのは苦手なんだ、よしてくれ。


「五月女、流石に言い過ぎだ」

「なんでだよ!」

「俺の彼女だ、いくらお前でも悪く言うのは許さない」

「ばッ! あのなあ? そもそもお前は!」


ダァンッ! と何かを叩きつけるような音が突然辺りに響き渡る。


「アンタ、マジで何なのさ」


清野だ。

ゆらりと俺達の方へ近づいてくる。


「急に健太郎の彼女を名乗って、私らに喧嘩売って、何がしたいんだよ」

「清野」


身構えるサラと睨み合う。

俺はサラを庇うべきか、それとも清野を止めるべきなのか。


「アンタもアンタでおかしいよ健太郎」


不意に清野は俺の方を向いた。


「なんでそんな奴を庇うのさ」

「それは」

「彼女だから? だったら!」


清野は傍にある机を強く叩く!


「天ヶ瀬の方がまだマシだったよ!」

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