戸惑いとカノジョ 4/前
―――は?
なんで、今、あいつが出てくる?
「付き合ってたんだろ! 知ってるよ! 気に食わないけど認めてたんだッ、それなのに!」
俺と?
天ケ瀬が、付き合っていた?
天ケ瀬 理央と、俺が?
視界がグラッと歪む。
ガツンと殴られたような衝撃を覚えてしゃがみ込んだ。
いたい。
あ、たま、が、われ、る。
誰か、なにか、言ってる。
―――いたい。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!
わ、わすれ、ない。
―――絶対に、忘れるもんかッ!
「―――ん太郎君!」
涙で濁る視界の向こう、虹川と愛原、五月女の姿が見える。
少しだけ頭痛がマシになった。
顔中濡れてクシャクシャだ、鼻水まで出てる、俺は一体どうなったんだ?
「ねえ、しっかりしてッ、保健室に行こう?」
「きゅ、救急車の方が、いいかも」
「とにかく先生に! 誰かッ!」
慌てる三人へ手を伸ばす。
適当に掴んだ袖を軽く引っ張りながら「大丈夫」と笑い返す。
「健太郎君」
「で、でもッ!」
「ケンッ」
「平気、収まってきた、から」
随分と心配を掛けてしまった。
ふらつきながら立ち上がると五月女が肩を貸してくれる。
頼んでトイレまで連れて行ってもらった、顔を洗わないとな。
「なあケン、お前本当に大丈夫なのかよ?」
「平気、平気、ははッ」
顔を洗って教室に戻る。
虹川と愛原、他の皆も集まってきて心配してくれる中、午後の授業を担当する教師が教室に入ってきた。
どうしたんだと訊かれて、何でもありませんと答えて席に着く。
周りはまだ心配してくれたが、俺なら大丈夫だ。
―――いつの間にか教室に戻っていた天ケ瀬も心配そうにこっちを見ている。
頭はまだ痛い。
だけど大丈夫、俺は、大丈夫。
それにしても。
なにか、頭痛にパターンがあるような気がしてきた。
特定のトリガーのようなものに反応して起きている気がする。
それはなんだ?
単なる体調不良の可能性も捨てきれないが、やっぱりおかしいだろ。
痛みが治まってくると、その前に考えていたことや、何をやっていたのか、全部すっかり忘れている。
今も自分のことなのに何が起きたか思い出せない。
妙だ。
何かおかしい、何だろう、これは。
それから、天ヶ瀬のことも。
―――俺達が付き合っていた?
清野が出まかせや嘘を言ってなければ、事実なのかもしれない。
あいつが今朝からやけに親切な理由も説明がつく。
でも、俺にその記憶はない。
大体天ケ瀬は男だ、俺はそういう意味で男を好きにはならない。
いくら顔が好みだからってそれだけはない、性差別とかそういうことじゃなく、男は恋愛の対象外なんだ。
でも。
天ケ瀬なら。
ッツ、また頭痛か、クソ。
痛みに思考を蝕まれて、まともに頭が働かない。
痛い。
痛い。
ちくしょう、いい加減にしろ。
酷いジャミングだ、いや、もしかしてこれは―――警鐘なのか?
頭痛を耐えつつ授業を受けても、ろくに何も入ってこなかった。
周りは心配してくれたがそれすらおぼろげで、気が付くと教室には俺とサラしか残っていない。
いつの間にか放課後になっていた。
窓から差し込む西日が教室をオレンジ色に染め上げている。
「ケン」
腕を引かれて立ち上がる。
「約束よ、買い物に付き合ってもらうわ」
「ああ」
「グズグズしないで、さあ、行くわよ」
「分かった」
通学用のリュックを肩に引っかけて教室を出る。
昇降口に向かう途中で思いがけず天ケ瀬と遭遇した。
―――つい、息を呑む。
ドクリと震えた鼓動がそのまま早い拍を刻みだす。
「やあ」
「あ、ああ」
天ケ瀬は何か言いたげだったが、ふと視線を逸らして「それじゃ、また明日、気を付けて」とだけ告げて去っていく。
遠ざかる背中が切ない。
今すぐに追いかけたい、手を掴んで引き止めたい。
けれど、サラに強く手を引かれる。
また一緒に歩き出しながら色々と話しかけられたが、午後の授業と同じくらいよく分からなかった。
機嫌を損ねないように気を遣って相槌を打つだけだ。
サラも勝手に話したいだけなんだろう、俺が聞いているかどうかなんてどうでも良さそうで、そこだけは助かった。
でも、俺達付き合っているんだよな?
俺の彼女はサラなんだよな?
―――じゃあ、天ヶ瀬は?
あいつとはいつ付き合っていたんだ? 分からない、思い出せない―――頭と、胸が痛い。
気が付くと駅前にいた。
この辺りは商業施設が多くて、買い物をするならうってつけだ。
「この店がよさそうね」
駅ビルのショッピングモールにある雑貨店。
サラは振り返って長い髪を掻き上げる。
「貴方は荷物持ちなんだから、私の買い物の邪魔にならないよう、その辺で待機していなさい、会計が済んだら呼ぶわ、それじゃ」
「ああ」
一人で見て回りたいタイプか。
少し寂しいが、言われた通り待つことにしよう。
店の近くのベンチに腰を下ろす。
今日は妙な一日だった。
ずっと頭痛に悩まされ、周りは揉めてばかりで、疲れた。
飯もろくに食っていないのに腹が減らない。
どうしてだろう。
―――天ヶ瀬。
あいつのことばかり浮かんでくる。
優しかったな、親切だった、それにちょっと可愛かった。
俺と付き合っていたって本当なんだろうか。
でも、名前で呼ばれたし、それにどことなく寂しそうで、辛そうで―――
「ッツ」
また頭痛か。
もうウンザリだ、そろそろ勘弁しろ。
―――虹川達や五月女、呆れてるだろうな。
サラはどうして周りと諍いばかり起こすんだろう。
誰も彼も拒絶して、彼氏の俺にさえ素っ気ない。
だけど、告白してくれたんだ。
好きって言ってくれた、はず。
海外から転校してきて、まだ勝手が分からなくて戸惑っているのかもしれない。
周りを気遣う余裕がないんだろう。
だったら俺が支えないと、俺はサラの彼氏なんだから。
でも、俺は?
俺はサラが―――好きなのか?
告白、されたんだ。
あの時。
―――俺から好きって告げた。
後夜祭のジンクス、校庭で花火が上がって、眩しくて、綺麗で。
俺はあいつを抱き寄せてキスを―――
頭がズキッと痛むと同時にリュックの中から着信音が聞こえてくる。
携帯端末を取り出して確認すると、サラからだ。
通話に切り替えた途端に切れた。
荷物持ちに来いってことか、やれやれ、仕方ない。




