戸惑いとカノジョ 4/後
店内のレジカウンターで待っていたサラが「遅い」と目尻を吊り上げる。
「早く持って、ほら、本当にグズね」
「悪い」
「他の店も見に行くわよ、ついていらっしゃい」
「ああ」
言われるがままサラの荷物を持ってついて歩く。
何件も店を見て回って、荷物が大分多くなったところで「帰るわよ」と告げられた。
「なあ、疲れたし、お茶でも飲まないか?」
「結構よ、それより帰りはタクシーを使うから」
「そう、分かった」
これじゃ本当にただの荷物持ちだ。
デートだろうと期待したんだが、サラは違ったのか。
それにしてもタクシーを使うって、まあ妥当だろうが。
この荷物の量じゃバスは他の乗客の邪魔になるだろうし、持って帰るのは骨が折れる。
多少高くつくが、やむを得ないな。
タクシー乗り場について、停車中のタクシーに声を掛け、開けてもらったトランクに荷物を積み込む。
その間にサラはさっさと後部座席に乗り込み、俺がトランクを閉めるとすぐタクシーは発進した。
えっ?
走り去っていくタクシーをポカンと見送る。
一人で帰るつもりだったのか。
―――ま、まあ、女の子だし、彼氏でも家の場所を知られたくないよな。
うん、きっとそういうことだろう。
一言くらい欲しかったが、気まずくて言い出せなかったのかもしれない。
仕方ない、帰ろう。
流石に疲れた。
薄暗くなり始めた街をトボトボ歩く。
虚しい。
駅周辺は明るくて人通りも多いが、俺は独りだ。
すれ違うカップルや友達の集団が少し羨ましい。
俺にも彼女がいるんだけどな。
美人で優しくて、でも可愛くて、いつも傍に寄り添ってくれる最高の彼女が。
脳裏に浮かびかけた誰かの面影を痛みがかき消す。
今日はずっとこの調子だ。
やっぱり体調不良なのかな、食欲も湧かないが、帰ったら飯を食って早めに寝よう。
ふと、路上に置かれた看板が目に入った。
有名なチョコレート店のものだ、可愛いイラストが描かれている。
そうか、もうすぐバレンタイン。
店先のショーウィンドウにも期間限定のチョコがたくさん並べられている。
ああ―――そうだ。
昨日その話をしたんだ。
付き合い始めて最初のバレンタインだから、一緒にチョコを作ろうって。
あいつは火も刃物も危なくて使わせてもらえない、だったら俺が手伝えばいいって話を―――
ッツ!
いや、違う。
サラとはそんな話をしていない。
誰だ?
俺は誰と約束したんだ、この記憶は一体?
あッ、がッ!
痛い、くそ! こんな所でッ!
考えるな、考えるな、今は考えるな。
落ち着け。
―――痛みが少し引いてきた、そうか、今のがトリガーだったのか。
でも、あれ?
今、俺は何を考えていた?
バレンタインは四日後。
フラフラと歩いて家に辿り着き、玄関に施錠して靴を脱いで、そこで限界だった。
這いずるように自室へ行って、リュックを放り出しつつベッドに倒れ込む。
目を瞑ると殆ど同時に意識が混濁した。
思い出せ。
―――思い出せ、早く。
そうしないと取り返しのつかないことになる。
「なん、で」
掠れた自分の声を聞いた。
それが最後だった。
・・
違う。
・・・・・
違う、違う―――違う!
・・・・・・・・・・・・・
全部嘘だ、偽物だ!
何もかもが無理やり捻じ込まれたフェイク。
『本物』を見つけろ。
早くしないと。
このままじゃ、嘘も何もかもが消えてしまう!
約束したんだろ?
―――任せておけって。
泣いていた、怯えていた。
見たこともないほど怖がっていたんだ。
必死にやめてくれと訴えていた。
堪らなくて、だから言ったんだ。
『大丈夫』『俺を信じろ』
あいつにそう言った。
俺が言ったんだ。
なのに、その言葉を今も裏切り続けている。
俺は俺を許さない。
このままでいいのか?
本当に楽になりたいなら思い出せ。
一分、一秒でも早く!
期限がある。
だから早く! 急げ! 早く―――思い出せ!
これ以上あんな顔をさせないためにも。
警鐘を鳴らせ。
もっと強く、間違いを分からせるんだ!
痛くても苦しくても考えることを止めるな、それだけが今、俺にできる精一杯の誠意だ。
本当に、ごめん。
―――でも待っていてくれ。
必ず間に合わせるから。
約束したもんな? 忘れるもんか。
今は見失っているだけ。
絶対、守るから。
だから。
待っていてくれ。
頼む。
―――どうか。
・・・・・・・・・・・・・
理央―――
・・・・・
俺の。
特別な―――
・・・
・・
・・




