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幻滅とカノジョ 1

LOOP:3

Round/Fake



目が覚めた。

いつもの朝だ。

―――なんだか、夢を見ていたような気がする。


あ、制服。

そうか、昨日は帰ってそのまま寝たんだった。

ジャケットもズボンも皺だらけ、流石にこれを着て登校できない。

替えを出すか、シャツは洗濯だな。


晩飯も食わなかったし、風呂にすら入らなかった。

宿題もやってない。

はぁ。


時刻を確認して、それでもダラダラと支度に取り掛かる。

余裕があるわけじゃないが、どうにも体が怠くて重い。

シャワーを浴びるのさえ億劫だ。

顔だけ洗おう、支度を適当に済ませた後は、台所でフランスパンを直に齧りつつ牛乳を飲む。

何もやる気が起きない。

それでも、今朝は頭痛がないだけまだマシか。


通学用のリュックを肩に引っかけて、靴を履き、仕方なく家を出る。

遅刻はギリギリ免れそうだが、いつもより遅い登校だ。

宿題は最悪諦めて叱られよう。

頭がまともに働きそうもない、何か考えるのも面倒だ。

ぼんやり景色を眺めつつ歩く。


今朝の夢、内容は思い出せないが、何か大切なことだった気がする。


追い立てられるような夢だった。

俺は早く思い出さないといけない。

―――何をだ?

そもそも、忘れてることなんてあるのか。

分からない。

だけど時間が無い。

それだけは何故かはっきり理解している、急がないと。

思い出せ。

おもい、だせッ、うッ!

ま、また、頭痛。

クソッ!


気付くと学園に辿り着いていた。

また意識が朦朧としている、ずっとどこか自分が自分じゃないような感じだ。

俺、本当にどうしちまったんだろう。

昇降口でのろのろと上履に履き替えていると、背後から「健太郎」と呼ばれた。

―――途端にハッと目が覚める。

振り返ったら、そこにいたのは―――天ヶ瀬だ。

顔を見ると同時にホッとして気が楽になる。

ついでに嬉しい気持ちまで湧き出してきて、何故か謎に腹も減ってきた。

なんでだ?

また少し頭痛がするが、この際気にならない程度だ。

それにしても綺麗だな。

今朝も本当に美人で目の保養だ、眩しい。


「おはよう」

「ああ、おはよう、今朝も綺麗だな」


当たり前のように口を滑らせてハッとする。

天ケ瀬も驚いたように目を瞠っている。

ッツぅ!

い、痛いッ、なんだ急に、このッ!


「大丈夫かい?」

「うん、それよりその、昨日は世話になったな」

「お構いなく、気遣い無用だよ」


そうは言ってくれるが、実際色々と面倒を掛けた。

今もまた気を遣わせている。

本当に世話になりっぱなしだ。


「なあ、変なこと言って悪い、どうも昨日から調子が悪くってさ」

「そのようだね」

「風邪でもひいたのかな」


俺が口にした『風邪』の単語に反応したように、天ヶ瀬がくしゃみをする。

まだ二月だし、昇降口は寒い。

冷えたんだろうか。


「失礼」

「いや、いいけど理央、お前こそ大丈―――」


また驚いたように俺を見る天ヶ瀬と目が合う。

あれ?

今、当たり前のようにこいつを名前で―――それに、伸ばしかけたこの手は一体。


「健太郎」


天ケ瀬の色素の薄い瞳が何かを訴えかけてくる。

途端に動悸を覚えると同時に眩暈が襲ってきて、またッ、頭痛、がッ!

痛いッ、苦しい! なんだこれ?

天ケ瀬が途中で止まった俺の手をギュッと握ってくれる。

温かい、だけど頭痛がッ、うぅッ!

くそ! いい加減にしろ!


「ケン!」


思いがけず後ろにグイと引っ張られて、天ヶ瀬の手が外れた。

振り返るとそこにサラがいる。


「貴方、何しているの?」

「い、いや、別に」

「あらそう、じゃあ行きましょ、ほら早く!」

「ああ」


そのまま連れて行かれる。

肩越しに天ヶ瀬を窺うと、寂しそうにこっちを見たまま佇んでいる。

傍へ行ってやりたい。

さっきは何を言いかけたんだろう。


「ケン」


サラが俺を呼んだ。


「貴方、私の恋人の自覚があるのかしら」

「えっ?」

「もっと感謝しなさいよ、それとも嬉しくないのかしら?」

「そんなことない」

「だったら私を尊重しなさい、誰よりも、何よりもよ」


そうだよな、彼女だもんな。

サラは可愛い。

長くてサラサラした赤い髪、華奢な体つきで背も小さい。

俺が守ってやらないと。

大事にしなくちゃって頭では分かっているつもりなんだ。


でも―――


「ねえ」


不意に立ち止まったサラが俺を見上げる。


「確認しておきたいのだけど」


なんだ?

赤い瞳が俺の内側を覗き込むように真っ直ぐ視線を向けてくる。

心を、こじ開けられるようだ。

目が。

周りの音が段々ぼやけて聞こえなくなっていく。

目、目が、サラの、目、赤い目、が。

赤い、目―――


「大磯 健太郎」


はい。


「貴方の恋人は誰?」


君だ、サラ。


「それじゃ、貴方は私が好きなのね?」


ああ。


「愛している?」


あい、し、て。

ッツぅ!

違う。

嫌だ、言えない、言いたくない。

言ってはいけない。

ぐうッ、く、苦しい!

喉が張り付いて声が出ないッ、息、がッ!

違う! 違う! 違う!

俺が好きなのはたった一人、それは―――ッツ!


赤い目が瞬きをした。

途端に呼吸が楽になる。


「まあ、いいわ」


今、何が起きた?

混乱する俺をサラが見上げている。

赤い目だ。

―――まさかと思うが、何かされたのか?


「それじゃ、改めて訊くわ」

「え?」

「天ヶ瀬 理央は、貴方にとって何?」


天ケ瀬が、俺にとっての、何?

どうしてそんなことを訊くんだ。

あいつはクラスメイトで、知り合いで、友達以上のもっと特別な―――

ッツ! 頭痛がする。

痛い、脳に直接杭でも打ち込まれているように痛みが響くッ!


「彼は男性でしょう? そして貴方は、同性には興味がない」


そうだ。

―――そうなのか?

違う。

だってあいつは、天ヶ瀬は。


「おかしいわよね?」


おかしい。

いや、おかしくない。


「天ヶ瀬 理央は男よ、男性なの、ケン、間違えないで」


いや、そんな筈は。

うぐッ!


「ケン!」


不意に柔らかなものが俺に寄り添う。

サラが体を支えてくれている。


「可哀想に」


頭痛のせいでまともに立ってすらいられない。

やっぱり、今日は休むべきだったか? 家で養生していた方がよかっただろうか。


いいや。

―――俺はここに来なければ。

時間が無い、何があってもここへ来て、あいつに会わなきゃいけない。


「ねえ、ごめんなさいね? 具合が悪いんでしょう?」

「だ、大丈夫」

「教室へ行きましょう、授業が始まってしまうわ」

「そう、だな」


脂汗を掻きながら前に進み始めると、少しずつ頭痛が収まってくる。

だけど無理は禁物だろう。

なるべく余計なことを考えないようにしないと。

―――ッツ! また、頭痛ッ!

いい加減にしろ。

昨日から俺を苦しめやがって、一体何なんだよ!

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