幻滅とカノジョ 2
どうにか教室に辿り着いた。
俺に気付いた清野が笑顔で駆け寄ってきて「おっはよ! 健太郎!」と腕に抱きついてくる。
おお、おはよう、元気だな。
直後にサラが目を吊り上げて「何しているの、離れて!」と清野を怒鳴りつける!
「うっさいなあ、別にいいだろ、健太郎はアンタのモノじゃないんだから」
「私のものよ! 彼は私の恋人なの、貴方こそどうかしているんじゃないの!?」
「はぁ~っ、ぜんっぜんわっかりませぇ~ん!」
「ふざけないで! 私をバカにしているのね?」
「キーキーキーキーうるっさいなあ! ねえ健太郎? こんな奴やめてさ、付き合うなら私にしておきなよ、ね?」
なんだ、急に。
からかっているのか?
不意に見かねた様子で虹川が「やめなよ、リン」と助け船を出してくれる。
「ごめんね健太郎君、今朝は具合どう? 大丈夫?」
「おはよう虹川さん、心配してくれて有難う、実はまだちょっと調子が戻ってないんだ」
「そう、無理はしないで、辛くなったらいつでも頼ってね? 心配だから、お願い」
「分かった」
やっぱり優しいな。
頷き返すと、サラが今度は虹川にまで「ケンに勝手に話しかけないで!」と噛みつく。
「ケン、貴方もどういうつもりなの? この面の皮の厚い恥知らずな女と同族なのかしら!」
「そ、そんな、私は健太郎君が心配なだけで」
「彼は私が管理しているの、部外者に口出しされるなんて迷惑よ、おわかり?」
「管理だなんて! そんな言い方っ」
滅多に怒らない虹川が憤慨した様子でサラに言い返す。
このままじゃ喧嘩だ。
いかん、止めないと!
「虹川さん、ごめん、清野も悪いが離してくれ」
「は? なんでさ!」
「俺はサラと付き合っているんだ、浮気はできない」
「浮気って、あんたねえ」
「ごめん」
じっと俺を睨んで、清野は渋々と腕を解く。
だが直後に足を蹴ってきた!
サラが「何するのよ!」と声を上げる!
「フンだ! やっぱり天ヶ瀬の方がマシだった! その女も最悪だけど、健太郎、アンタも最低だよ!」
「ゴチャゴチャとうるさいわね、あっちへ行って、この乱暴者!」
「うるさいのはどっちだよヒス女! 見てくれがいいからって調子に乗ってんじゃねーよ!」
また言い争い始める二人を必死に宥める。
様子を見ている周りのクラスメイト達はしらけた雰囲気だ。
皆との溝がどんどん深まっていくのを感じる。
「サラ、もういい、席に着こう、な?」
最終的に半ば強引にサラを席まで連れて行く。
そこでやっと担任が教室に入ってきて、ひとまず場は収まった。
俺も席に着くと、ドッと疲れが押し寄せてくる。
―――無意識に天ヶ瀬の方をぼんやり眺めていた。
不思議だ。
あいつの姿を見ているだけで何となく気が晴れていく。
俺にとっての天ヶ瀬。
付き合っていたっていうのは本当なんだろうか。
今日の午前中は朝以降頭痛に悩まされることもなく、けれど気まずい空気のまま過ごす羽目になった。
サラは休み時間ごとに俺を呼びつけ、何かと注文を付けてくる。
それで宿題をやる時間もとれず、結局叱られて追加の課題を出されてしまった。
まあ、やるべきことをやらなかった俺が悪いから、誰も何も恨んだりできないけどな。
サラの世話を焼いてやるのも、彼氏としての務めだろう。
だけど周りの目は冷たい。
俺もその、楽しくない。
それにどこかしっくりこない、ずっと根拠不明の違和感が付きまとっている。
―――やっぱり、何かを忘れているんだろうか。
そう考えること自体が謎で、理由が分からない。
思い当たる節すらないのに、忘れているって何をだよ?
天ケ瀬と付き合っていたってことか?
確かに、どことなく不自然に感じる記憶の穴が、思い返せば幾つかあるような気がする。
でもどうして?
この不自然な状態は、何が理由で起きているんだ。
分からない。
何も分からない。
あっという間に昼休みになった。
今日はテラスで食べようと言い出したサラに連れられて中庭へ向かう。
雨の日以外は人気のスポットで、急がないとすぐ席が埋まってしまうんだが、俺達が着いたところで丁度テーブルが一つ空いた。
ラッキーだな。
今日もサラに言われて、食べ物と飲み物を買いに行く。
「ふぅん」
買ってきたラインナップを見たサラは不満げに鼻を鳴らす。
「出来合いの不味そうなサンドイッチ、ベーグル、安っぽいカップのスープ、飲み物はまたペットボトル? はあ、貴方って本当に使えないわね」
「悪い、でもサラ、昨日食堂のオムライスがまずいって言ってだろ? だから」
「いいわ、食べてあげる」
「ごめん」
購買で売っているパンの類は、学園近くのパン屋が作って届けてくれる焼きたて、出来たての物ばかりだ。
いつもは凄く美味いと思う。
でも、今日はまた味がしない。
思い返せば今朝のフランスパンも味がしなかった、牛乳もだ、何も美味くなかった。
ただ空腹で倒れないように、無理やり腹に詰め込んだだけだ。
周りを見回すと、俺達と同じように出来合いで済ませている奴や、持参した弁当を食べている奴もいる。
―――弁当か。
あれは美味かったよな、シェフが腕を振るってくれた三段重。
どれも絶品だったが、やっぱり俺はあいつが握ってくれたおにぎりと、それから和え物が―――って、なんだ、それ?
覚えのない出来事だ。
そもそもあいつって誰だ、俺は誰に作ってもらった料理を美味いと思ったんだ。
薫か?
いや、違う。
誰かの笑顔が脳裏に浮かぶ。
顔がぼやけてはっきりしない、だけど楽しかった、幸せだったんだ。
穏やかで温かなひと時―――俺達は二人だけで秘密の、うぐッ!
ま、また、頭痛! クソッ!
「それにしても、くだらない」
ふとサラが、テーブルに頬杖をついて溜息を吐く。
「馬鹿馬鹿しいったらないわ、これじゃ全然足りない、許せない」
「サラ?」
呼び掛けた俺を無視して、サラはどこか遠くを眺めている。
「まあでも、結構堪えているみたいだし、いい気味ね」
不意に赤い目がこっちを向いて、唇がニヤリと弧を描いた。
なんだか嫌な雰囲気の笑顔だ。
彼女なのに、どうしてそんな風に思ってしまうんだろう。
「ねえケン、貴方は私のもの、そうよね?」
「ああ」
「ウフフ! 哀れだわ、でも悪くない気分よ? 貴方は愚かだけど従順だし、恋人としてギリギリ合格点ね」
「そう、か、ハハッ、それはよかった」
「ええ! よかったわね? 大磯 健太郎!」
サラに褒められて、嬉しい?
いや、違う。
何も胸に響いてこない、俺はあいつに―――
「ああそうだ、そういえば」
話し始めるサラを眺めながら、ふと昨日の帰りに見た光景が脳裏をよぎる。
バレンタイン。
―――そうだ。
「なあ、サラ」
「ちょっと! 私が話しているのよ? 何よ、急に」
「ごめん、あのさ」
バレンタインなんだけど、と話題を切り出す。




