番外編7 七夕の夜空に捧ぐ花束を 4
「海の方まで行こう」
「いいよ」
「ほら、ご覧、天の川が見えるよ」
「本当だ、綺麗だな」
テラスで外用のサンダルに履き替え、サクサクと砂を踏みながら理央と波打ち際へ向かう。
人工の明かりが遠ざかるほど夜空は彩りを増していく。
薄明りの浜に、俺達二人の影が落ちる。
「ねえ、健太郎」
立ち止まった理央の隣に並ぶ。
「僕は、魔女だ」
「うん」
知ってるよ。
理央の手が俺の手をギュッと握る。
「そして物心ついた頃からずっと性別を偽り続けている」
「そうだな、大変だったんじゃないか?」
「まあね」
「嫌だったりしないのか?」
前からずっと気になっていた。
理央は笑って「いいや」と首を横に振る。
「元より選択権の無いことだ、受け入れたさ、今ではこの通り、すっかり馴染んだよ」
「そうか」
「だが君には、異性として意識されたかった」
理央。
―――受け入れたなんて言っても、やっぱり理央は女の子だ。
本音では普通に女の子として暮らしたかっただろう。
女の子の友達を作って、女の子同士の会話を楽しんで、そういう憧れはきっとあるに違いない。
「そんな僕の願いを、君はこうして叶えてくれた」
「俺は、お前が男でも構わないって思ってたけどな」
「ふふッ、光栄だよ、ずっと想いを秘めていた僕とは大違いさ、やはり君は勇敢だ」
お前の方こそよっぽどだ。
俺に全てを賭けてくれた、その事実だけで本当に凄い、尊敬する。
「僕もね、健太郎」
理央はゆっくり夜空を見上げる。
「今も時折、都合のいい夢を見ているのではないかという気になる」
その整った横顔を見つめる。
長いまつげに光が落ちて、キラキラ、キラキラ、本当に綺麗だ。
「君が、僕を好きになってくれて」
「ああ」
「互いに色々な出来事があったね」
「そうだな」
切欠は俺が死んだこと。
そして理央が時間を巻き戻して、やり直すチャンスを与えてくれたこと。
あれから何度もループして、ループして、とうとうここまで辿り着いた。
俺達の幸せな結末。
想いを実らせたのは俺達のどちらもだ、俺もこうして、生涯愛したいと思える特別な人と出会うことができた。
本当に嬉しいよ、理央。
だから俺は、お前が何もかもを賭けてくれただけの価値のある男になる。
そして今よりもっと、もーっと理央に惚れてもらうんだ。
俺以外考えられないってくらい、最高の男になってみせるからな!
「ねえ、健太郎」
また俺を見上げて理央が微笑む。
風が吹いて、柔らかな髪が揺れて、甘い香りがふわりと漂った。
「これからも僕と共に歩んで欲しい」
「うん」
「今と過去、そして未来は地続きだ、ならば今、この瞬間は既に未来とも言える」
「哲学的な話か?」
「いいや、この先もずっと、こうして一緒にいようってことさ」
ああ、勿論。
今日の最高の誕生日を俺はずっと忘れない。
この先の誕生日も、お前の誕生日だって、二人で盛大に祝おう。
年に一度のことでも、俺達は織姫と彦星とは違う。
誕生日以外だってこうしていつも一緒にいられるんだ。
「さて」
不意に理央が俺の手を離す。
そのまま一人で波打ち際まで歩いて、足を軽く波に浸した。
星空と夜の海、そのはざまで白く浮かび上がる姿は神々しいほど神秘的だ。
―――ドキドキと胸が高鳴っている。
「健太郎、僕は先ほど、君に七夕の伝承について尋ねたね?」
「おう!」
「ほら、ご覧、今宵の空は雲一つなく晴れ渡っている、天の川もああしてよく見える」
「そうだな」
言われるまま見上げた空に流れる星の河。
周りに人工の光が無いから普段よりよっぽどよく分かる。
あれがベガとアルタイルかな。
「もしも今夜が雨ならば」
理央の声に、波打ち際の姿へ視線を戻す。
「あの両岸に引き離された二人の逢瀬は叶わないのだろうか」
「そんなことはないさ」
あの二人は俺達と違って年に一度しか会えないのに。
それはあんまりな仕打ちじゃないか。
「カササギが掛けてくれた橋を渡って会いに行ける」
「であれば、君は」
理央の足を波が濡らす。
近付くより今はもう暫くだけ眺めていたい。
俺の奇跡、俺の女神。
―――俺だけの魔女。
本当に、地上に落ちてきた星みたいだ。
「その橋を渡って僕に会いに来るとき、どんな合図をしてくれる?」
「合図?」
「ああ」
カササギが橋を架けただけじゃ足りないってことか?
うーん。
だったら盛大に知らせたいよな。
一年待ったわけだし、その間に募った想いをこれでもかってくらい爆発させたい。




