番外編7 七夕の夜空に捧ぐ花束を 3
「そういえばさ、夏休みに両家で顔合わせの予定だろ?」
「ああ」
二月のあの出来事で俺は理央の婚約者になったわけだが、その後、親同士の都合がなかなか合わなくて、結局こんなに経っちまった。
婚約自体は成立しているし、それは俺の親も、理央の親も、とっくに認めているから、顔合わせと言っても形式的なものだ。
「親父はともかく、母さんには早く会わせたいんだよな」
「僕もだよ、君を両親に紹介したい」
「でも、やっぱり本当に俺でいいのか?」
理央は「君なぁ」と呆れ顔で凭れ掛かってくる。
「まだ言うか」
「だってさ」
理央は未来の天ヶ瀬財閥総帥。
その伴侶として俺は相応しくなれるのか、どうしても不安が拭えない。
「恋愛と結婚は全然別だろ、それくらい分かるし、理央の事情だって理解しているつもりだ、でも」
「ならば、君は」
俺を見上げながら、理央は髪を軽く掻き上げる。
「僕が君以外の男性を選んでも構わないのか」
「それは」
「その相手と体の関係を持ち、子を儲けることになっても」
「絶ッ対に嫌だ!」
自分でも思いがけず、とんでもなくデカい声が出た!
理央も目をまん丸くしている。
「や、ヤダ、そんなの嫌だ、耐えられない」
想像しただけで辛過ぎて泣けてくる。
嫌だ、嫌だ、他の野郎と理央が、なんて、発狂する、死ぬ。
理央は俺のだ、俺だけの理央だ、誰にも渡さない、譲らない。
―――もしそんなことになったら、そいつをいっそ殺すか?
「ふふッ、アハハッ! アーッハッハッハ!」
唐突に笑い出す理央に、今度は俺がポカンとなる。
「本当にバカだなぁ君は!」
「な、なんだよッ」
「泣くほど嫌なら何故うじうじと悩む? まったく、理解に苦しむよ、アハハッ!」
「笑うなよ!」
だって仕方ないだろ。
俺は特別でも何でもない、自分のことくらい分かってる。
「やれやれ、君は僕が好きだね」
「す、好きッ、好きだよッ、悪いか!」
「無論、そんなことはまったくないさ」
理央は楽しそうな雰囲気のまま、目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
「嬉しいよ、僕も好きさ、健太郎」
ふぐぅッ!
ああもうこの小悪魔めッ、こんちくしょうめ!
いつも俺の心をかき乱しやがって、でも、そんなところも大好きだッ!
「ならば気に病むのはいい加減やめたまえ、とどのつまり覚悟の問題さ、君のその懊悩はただの甘えだ」
「甘え?」
「僕に言わせたいのだろう? それでも君がいいと」
「ッツ!」
そ、そんなつもり、は。
―――ない、多分。
俺は理央がいい、理央じゃなきゃ嫌だ、理央以外考えられない。
でもこれって俺の独り善がりだったり、まして我がままだったりしないのか?
本当に理央はこんな俺でいいのか。
たった一人にしか使えない特別な力を使う相手に俺を選んでくれたこと。
人生を俺に賭けたことを、いつか後悔しないのか?
何もかもが俺にとって都合がよ過ぎる、こんなに幸せにして貰って、同じだけの幸せを理央に返せるんだろうか、俺だけ幸せじゃ意味がないんだ。
「違う、けど」
理央の前では格好つけたい。
でも、それでも確かめさせて欲しい。
「俺だけ幸せだったりしないかなって、俺は理央とこうなれて最高だけど、お前に押し付けたりしてないかなって」
「僕も同じさ」
「理央」
「君に幸せにして貰った、この先も君が傍にいてくれるならずっと幸せだよ、君だって同じだろう?」
「勿論ッ」
「であれば君は、もっと僕を信じろ、そして自分に自信を持ちたまえ、君は自己評価よりずっと素敵で特別な人さ、この僕が保証しよう」
「そ、そうか!」
ああ、やっぱり格好いいなあ。
俺の彼女、いや、フィアンセ最高!
大好きだ!
「それに、僕からすれば」
理央がまたゆっくり体を預けてくる。
「君が僕を選んでくれたことの方がよほど奇跡的だ」
俺もしなやかな背中に腕を回して抱き寄せる。
可愛い、いい匂い、温かい、好きだ。
柔らかいな。
傍にいるだけで幸せをくれる、俺だけの特別な女の子。
「性別を偽り、人外の世界へ引き込んでなお、君は僕を許容し、愛してくれる、そんな器量を持つ人は君をおいて他にはいない」
「そうかな?」
「ああ、かつての僕は期待していなかったよ、伴侶など、いずれ見かねた親が適当な相手を見繕うだろうと思っていた」
「なッ!」
「だが、この心が初めて揺れた相手が、同じように僕を想ってくれている、こんな奇跡が他にあるものか」
俺も、理央が初めての彼女だ。
恋なら何度もした、今まで好きになった女の子や女の人はたくさんいる。
でも告白までには至らなかったし、俺に好意を告げてくれた子もいない。
だからあの日の告白は俺にとっても賭けだった。
本当に緊張した、フラれたら死ぬかもしれないって思っていた。
でも、理央は応えてくれたんだ。
それどころか、俺が想いを伝えるずっと前から俺を想ってくれていた。
何度も俺を救ってくれた。
だから俺にとっても、こうして今、二人でいられることは本当に奇跡みたいだ。
「僕にとって、君は、何にも代え難い存在だよ」
―――ああ、そうか。
そうだったのか。
「なあ理央」
やっと分かった。
俺にとっての輝ける北極星。
お前なんだ、理央。
人生を迷いなく進むために絶対必要不可欠な、俺だけの目印。
「俺もさ、本当の意味で、初めて恋したのはお前なんだ」
「え?」
海岸の方から寄せては返す波音が微かに聞こえる。
そこに少し早い俺の鼓動が重なって響く。
「ただ好きになるのと、愛するのと、恋をするのはきっと違う、単純にいいなって思って好きになった女の子はたくさんいたけど、誰にも告白する勇気は持てなかった、でもお前だけは違った」
「健太郎」
「お前には伝えたかったんだ、そして、できれば俺を好きになって欲しかった」
「そう、か」
「これってきっと初恋だよな、だから俺の初恋の相手もお前なんだよ、理央」
理央の白くて滑らかな頬がフワッと赤く染まる。
可愛いなあ、本当に可愛い。
「なあ理央、知ってるか?」
「何をだい?」
「初恋ってさ、基本実らないものらしいぞ」
ちょっとビックリしたように俺を見上げる理央の瞳に星がある。
キラキラ、キラキラと眩しくて目が離せない。
夜の風、波の音。
ここから見えるテラスの屋根に吊るされたランタンには温かな光が灯っている。
その先に広がる砂浜と、海。
夜空を彩る星明かり。
世界中が俺達を、息を潜めて見守っている。
「それならやはり、これは奇跡だ」
そう言って理央は俺の首にするりと腕を回して―――キスをくれる。
「ねえ、健太郎」
眩しそうに微笑む理央に、俺も「なに?」と囁いて聞き返す。
「外に出て少し風にあたらないか」
「ああ、行こう」
互いに手を取り合い、指を絡ませ合って、テラスへ出る。
重なった掌の温もりは幸せの温度だ。
次回の更新は明日7/7の20:00となります。
ケンちゃんのお誕生日を一緒に祝ってやってください。
よろしくお願いいたします。




