番外編7 七夕の夜空に捧ぐ花束を 1
LOOP:×××
Round/When You Wish Upon a Kaleido Star
七夕。
―――愛し合う二人がカササギの掛けた橋を渡って逢瀬する、ロマンティックな伝説のある日だ。
中国のバレンタインデーなんて呼ばれたりもしているらしいが、俺にとっては別の意味で年に一度の記念日だったりする。
そう! 俺の誕生日!
俺は七月七日生まれのB型!
好物は理央の手作り料理全般、あとカレーと唐揚げ!
身長はとうとう185cmまで伸びた! デカいことはいいことだ!
などと、それはひとまず置いておくとして、だ。
テラスに面したサッシ戸を開けると、少し湿った夏の夜風がサアッと吹き抜けていく。
見渡す限りの星空、そして海。
遠くから寄せては返す波の音、ほのかに漂う磯の香り。
ここは、海に面した別荘。
入り江状になった海面は穏やかで、この部屋も含めた辺りの景色も、全部が夏の夜の心地よい静けさに包まれている。
しかし、まさかの展開だったよなあ。
一週間ほど前に理央から「誕生日を祝わせて欲しい」と告げられ喜んで即オッケーしたんだが、まさかの当日、学園を休む羽目にまでなるとは思いも寄らなかった。
連れてこられたこの場所は、天ヶ瀬家の別荘だ。
海も含む辺り一帯ぜーんぶ私有地で、そこに建っているから別荘の前に広がる海も浜もぜーんぶ独り占め!
いや、理央と二人だから、二人占めか?
まあいい、とにかく凄いよなあ。
俺の知らない世界、これから知っていかなくちゃならない世界でもある。
いまだに金持ちのスケールについていけない。
はぁ、状況にはすぐ慣れるんだが、他人行儀な感覚が抜けないんだよな。これも庶民の宿業ってやつか。
「健太郎」
呼ばれて振り返ると、片手にグラスを持った理央が傍に来る。
改めて綺麗だ。
白のシャツとパンツがすらりとしたモデル体型によく映える。
―――そして左手の薬指には、去年のクリスマスに俺が作って贈った指輪がキラリ。
「何をしているんだい?」
「風にあたっていた」
「そうか、昼間もよく晴れていたからね、心地のいい夜だ」
話しながら俺の隣に立つと、一緒にテラスの向こうに広がる景色を眺める。
今朝がた、ここへ連れてこられた直後は別荘のメイドさん達などなどからも盛大に祝われ、それはもう大騒ぎだった。
パーティーの本番は夜だって聞いていたのに、朝からご馳走が勢ぞろい。
食後は理央とまったり過ごした。
別荘の中を見て回ったり、浜へ出てみたり。
海にも少し入った。
水着を持ってこなかったから、泳ぎはしなかったけどな。
波打ち際で理央とはしゃいで、追いかけっこや水の掛け合い、延々とイチャイチャした、本当に楽しかった。
あの時の理央も可愛かったなあ。
俺に水を掛けられて怒って仕返ししてきた姿、波打ち際で転んでびしょ濡れになった俺を見て笑う姿、仕返しに抱きついてやったら瞳を潤ませてキスをねだってきた姿も全部、最高だった。
今日は。
これまでの人生で一番の誕生日だ。
そして日没後はいよいよパーティー本番。
三段のデカいバースデーケーキが出てきた時は流石に驚いたよな。
しかも! ケーキの最上段に飾られたマジパン人形は理央の手作りだった!
勿論俺が食べた、美味しかった。
マジパン人形はクマかと思ったら『君だよ』なんて言って拗ねる理央が可愛くて、理央も食べちゃいたくなったよな。
満足するまでたらふく飲み食いして、今は満ち足りた、ご機嫌な夜を満喫している。
時刻はそろそろ九時。
明日に備えて帰った方がいい頃合いなんだが、理央は何も言ってこない。
つまり、今夜は別荘で一泊するつもりってことだ、多分。
それなりに付き合いも長くなってきたから、それなりに分かるようになった。
だがエッチなことはしないぞ?
そこは俺の主義主張に懸けて、来年の理央の誕生日までお預けだ。
ふと温もりを感じて見ると、理央が俺の腕に腕を絡めながら体を寄せてくる。
柔らかい、可愛い。
改めてつくづく美人だよな。
色素の薄い柔らかな髪。
長くてフサフサなまつ毛の下から覗く、髪と同じく色素の薄い瞳。
鼻筋は通って、唇は少し薄いけれど艶々している。
顎から喉元、鎖骨にかけてのラインがセクシーだ。
肩も細くて丸みがある、腕なんか華奢で守りたい。
耳の形も可愛い。
それにいい匂い、理央はいつもいい匂いがする、一体何の匂いなんだろう、理央の匂いか?
肌、スベスベだなあ。
可愛い、どこからどう見ても美人で可愛い、俺の理央、俺の宝物、なんて可憐なんだろう、ああ、可愛い。
本当はおっぱいもなかなかのものを持っていらっしゃるんだが、今は補正下着で秘匿されている。
惜しいなあ。
でも仕方ない、理央は外では家の事情とやらで性別を偽っているからな。
この別荘の人達はそのことを知っているようだが、外部の人間との接触も少なからずあるだろうという可能性で、要は念のためってやつだ。
「ねえ」
「ん?」
風に理央の髪が揺れる。
「君、先ほどからぼんやりしているね」
「ああ、まあ」
お前に見惚れてる。
いつだって俺はお前に夢中だ。
「隣に僕がいるのに?」
上目づかいで拗ねる理央に心拍数がギューンと跳ねあがる。
可愛い。
最高だ。
その目と仕草は何かしらの法に触れるぞ、逮捕だ逮捕。
「ごめん」
ほっぺにチュッとキスすると、理央はクスクス笑う。
「君って奴は」
ああ、可愛い。
どこまで可愛いんだろう、理央は日々可愛いの限界突破を果たしていく。
世界最強、いや、宇宙最強の可愛いがここにいる。
俺からも体を寄せて、理央の柔らかな髪に頬を摺り寄せた。ふやふやして気持ちいい。
「ねえ、健太郎」
「ん? なんだ」
「君は七夕の伝説を知っているかい?」
そりゃもちろん。
大抵のヤツは知っているだろう。
「知ってるよ」
「では、具体的な内容は?」
お話聞きたいのか?
しょうがにゃいにゃあ、それじゃ理央ちゃんのリクエストに答えちゃおっかな。
「えーっと、七夕は五節句の四番目にあたる、逸話で有名なのは織姫と彦星の物語だ、あるところに働き者の男女、織姫と彦星がいて、仕事ばかりで結婚相手を探そうとしない二人を天の帝が目合わせた、結婚して夫婦になった二人はこれまでと一転して全く働かなくなり、朝から晩までイチャイチャイチャイチャ過ごしていたため、天の帝はこのことに腹を立て、今度は二人を天の川の両岸へ引き離した」
改めて考えると自己中心過ぎるよな、天の帝。
神様だからそんなこともあるんだろうが、勝手にくっつけておいて、働かなくなったら引き離すなんて、身勝手が過ぎる。
巻き込まれた織姫と彦星も散々だ、まあ結婚できたのはよかっただろうけど。
「離れ離れにされた愛し合う二人は悲しみに暮れ、またも全く仕事が手につかなくなってしまった」
その気持ちはよく分かる。
俺も―――あの試練の時は本当に辛かった。
どこか自分が自分じゃないような言い知れぬ不安と、何かに急き立てられている焦燥感。
大切なものを見失っている居たたまれなさ、そして警鐘のように繰り返す頭痛も、全てが俺を酷く消耗させた。
記憶を取り戻して、また理央と一緒にいられるようになって本当によかったと思う。
二度とあんな目には遭いたくない。
「だから、天の帝は二人にこう告げる、日々の務めを疎かにしなければ、年に一度の逢瀬を許そう、そしてその日が七夕ってわけだ」
「へえ」
理央が感心したような声を上げる。
「とても分かりやすかったよ、有難う」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「フフ、君には語り部の才もあるのかもしれないね」
そこまで褒めてくれるのか。
ちょっと鼻が高いぞ。




