番外編6 某県 廃旅館にて 7
「今何時だろ」
「七時」
「腹減ったなぁ」
ため息が漏れる。
三岳に「お前って肝が据わってるな」と何故か感心された。
「でも俺も腹減った」
「焼き肉奢れ、迷惑料だ」
「仕方ない、帰ったら奢ってやるよ」
「仕方ないとは何だ! 俺はお前らの恩人だぞ!」
ふざけて三岳に殴りかかろうとした時。
「やあ」
声がして、三岳と一緒に振り返る。
「天ヶ瀬?」
「こんばんは」
唐突に現れた理央を見て三岳は目を丸くした。
だが、直後に理央が「眠りたまえ」と言うと、ぐたっと脱力して膝を折り、そのまま倒れて動かなくなった。
見ると失神している丹羽たち同様に、伊地知までいつの間にか気を失っている。
「これで彼らはこの場所で何があったか思い出せない、ついでに君が一緒だったことも覚えていない」
「えっ」
「すまないが焼肉は諦めてくれたまえ、代わりに僕がご馳走しよう」
「お、おお」
「では、そろそろ帰ろうか」
こいつらだけで放置するのは若干気が引けるが、もうじき警察も来るだろうし、まあいいか。
荷物だけ荒らされないようまとめて傍に置いておこう。
「健太郎、行くぞ」
「ああ」
理央の案内で廃旅館の裏手へ回る。
離れから更に道が伸びていて、進んでいくと二車線の結構広い道路に出た。
あっ! あそこに停まっているのは、理央の車!
不意に茂みからニャオと飛び出してきた普通の猫サイズのクレオパトラが俺の足に擦り寄ってくる。
「おお、クレちゃん」
「クレオパトラだと言っているだろうに」
理央からまた注意されつつ、クレオパトラを抱っこして車に近付くと、運転席から降りてきた天馬さんがお辞儀をした。
「お帰りなさいませ理央様、大磯様も、お疲れさまでした」
「あ、はい」
後部座席のドアを天馬さんが開き、理央が乗り込む。
俺も、天馬さんが開けてくれたトランクに荷物を入れて、反対側のドアから後部座席に乗り込んだ。
最後に運転席に天馬さんが戻って車を発進させる。
「はぁ」
改めて疲れたなあ。
快適で綺麗なシートに体を預けて溜息を吐く。
「健太郎」
呼ばれて振り返ると、理央が微笑みかけてくる。
可愛い。
改めて目の保養だ、さっきまで擦り切れていた気力ゲージがガンガン回復するのを感じる。
「改めて災難だったね」
「まあな」
「君たちがあの廃墟に現れた時は、何事かと目を疑ったよ」
「そうか」
「僕に気付いて追ってきたのかと邪推した、ふふ、流石に違っていたが」
えーっと。
そういえば理央もずっとあそこにいたんだよな。
全然会わなかったのは、さっきみたいに姿を消していたんだろう。
しかも俺達より先にいたらしい、ってことは、つまり?
「お前さ、もしかして俺のこと見てた?」
「ああ」
俺の膝の上でクレオパトラがニャーンと鳴く。
そうか。
じゃあ時々感じた視線や、何度か聞いた猫の鳴き声は、理央とクレオパトラだったのか。
「それならもっと早くに声を掛けてくれよ」
「すまない、なかなか見物だったものでね」
「試合の時みたいに秘密裏に観戦してたってか?」
「そうさ」
ったく、こっちは死ぬほど怖かったってのに。
でもまあ、だからって助けて欲しかったなんて恨み節は男が廃る。
「そりゃどうも、格好悪かっただろ? 物理で解決できないことは苦手なんだ」
お化けはその最たるものだ。
なんたって殴れない、母さんのナックルダスターや手甲があれば別だったかもだが、さっきまでの俺は完全に無力だった。
「いいや」
理央はクスッと笑って、俺に凭れ掛かってくる。
「格好良かったさ、試合中の君も、廃墟での君も」
「り、理央」
「流石は僕の未来の旦那様だ」
そう言われると照れくさい。
無力なりに努力はした、そこを認めてもらえて多少は報われた気分だ。
試合だって大活躍だったが、そっちも見ていてくれたんだよな。
「あの、理央」
「なんだい?」
「その、俺、今汗臭いから、嬉しいんだけどさ、ちょっと離れてくれないか?」
「先ほどまであれほど猛々しく勇ましかったというのに、そんな些末なことを気に掛けるなんて、君は相変わらず可愛らしいね」
うっ、俺より理央の方がイケメン。
でもそんなところも好きだ。
ふとバックミラー越しにニコニコしている天馬さんと目が合う。
うひゃっ、り、理央は気付いているのか?
膝の上ではクレオパトラが喉をゴロゴロ鳴らして、さっきまでと状況が雲泥の差だな。
そう思った途端にますます気が抜けて腹が減る。
俺の腹も悲しげに鳴いた。
「おや」
「え、えへッ」
「そうだったね、天馬、この近辺に焼き肉店はあるだろうか」
「すぐ検索いたします」
天馬さんは路肩に車を停めて店舗の検索を始める。
マジで焼き肉に連れて行ってくれるのか、やった! 最高だぜ、理央!
「しかし、君は心身共に素晴らしく屈強で壮健だ、眩しいほどに」
「そうだろ?」
「フフ、先ほどの廃墟で君ばかりが襲われた理由も容易に察せられるというもの」
「え?」
なんだそれ。
理央は俺を見てクスッと笑う。
「恐らくは、僕が君に惹かれたのと同じ理由さ」
「なに?」
「君の驚異的な生命力、力強さ、本当に素敵だよ、健太郎」
「ちょ、理央」
だ、だからぁッ、くっつくなって、臭いから!
それに運転席に天馬さんがいるし、俺の膝にはクレちゃんだっているんだぞ!?
「あの理央ッ、俺マジで臭いからッ!」
「構うなと言っているだろうに」
「だけど恥ずかしいんだよ!」
不意に天馬さんが「店舗、予約いたしました、これより向かいます」と言う。
ちょっと笑っているように聞こえたのは気のせいか?
クレオパトラもニャーンと鳴いた。
「クレちゃんは一緒にお店入れないからな、お土産買ってきてやるぞ」
「クレオパトラだと言っているだろう、なぜ略す」
「可愛いから」
「まったく」
やっと俺から離れて座りなおす理央の膝に、クレオパトラも移動した。
また車が発進して、なんとなく車窓の景色に目を向ける。
酷い目には遭ったが、今は隣に理央がいるし、焼き肉も食いに行けて結果オーライだ。
次また試合の助っ人に呼ばれたら、今度は必ず理央を誘おう。
気なんて遣う必要なかった。
むしろ理央がいればすぐ帰れただろうし、試合にも一層気合いが入ったよな、いいことづくめだ。
今日の最大の敗因は、俺が迂闊だったことか。
「健太郎」
「ん?」
呼ばれて視線を戻すと、理央から改めて今日の試合について褒められる。
時折「それは凄い」なんて天馬さんにまで感心されて、えヘヘッ! 照れるなあ。
試合には勝ったし、こうして無事に済んだ。
今頃は三岳たちも警察に保護されただろう。
俺が一緒だったことは覚えていないらしいから、こっちもそのつもりでいないとな。
まあ、掛けられた迷惑は大目に見といてやるよ。
―――そして、後日。
「なあなあッ、ケンッ! お前何か知ってるか?」
「ん?」
「ラグビー部の伊地知と丹羽と三岳のこと! この前の試合、助っ人に行ったんだろ?」
なんて調子で話しかけてきた五月女から聞かされた内容は、こうだ。
三岳たちは対戦校の二人と一緒に五人で廃墟へ行き、そこで恐ろしい目に遭って警察に保護された。
しかし全員何があったかろくに覚えておらず、けれど全員が口を揃えて言っていることがあるらしい。
「巨人にな、助けられたんだと」
「は?」
「身長三メートルくらいあるデカい奴で、あいつらを守ってくれたらしいぞ」
「はあ、巨人」
「あんまり支離滅裂だから薬物使用を疑われたらしい、そっちは結局シロだったって話だが、お前、あいつらと一緒だったんだろ?」
「俺は試合の後すぐ帰ったよ、理央が迎えに来てくれたから、勝利祝いに焼き肉奢ってもらった」
「焼肉だとーッ!」
ずるいと喚く五月女を適当にあしらう。
なるほどねえ、巨人。
あいつらそんなに心細かったのか、やれやれ。
件の廃墟にまつわるよくない噂がまた一つ増えそうだが、巨人のエピソードだけはプラスに働くだろう。
でも、あの廃墟に巨人は二度と現れない。
ラグビー部の奴らの話が噂として広がらないことを祈ろう。
俺だって理央とクレオパトラがいなかったら危なかったしな、だからそもそも廃墟なんて行くものじゃないんだ。
しかし、少し気になっていることがある。
俺が見たお化けっぽい奴らは、厚みのある影と、顔が真っ黒く塗りつぶされた男らしき何か、そして非常階段に生えたたくさんの手だ。
どれもかなり怖かったが、正直、我を忘れたり気を失ったりするほどではなかったと思う。
まあこれは感受性の問題だから一概には言えないが。
理央はあの影を陰の気? の塊と言い、男の方は負の思念体なんて表現していた。
どっちも抽象的だ。
それはつまり、奴らは概念的な、定型を持たない存在ってことじゃないだろうか?
だとすれば。
気を失っていた丹羽、五味。
何かを見たと騒いでおかしくなっていた伊地知。
二階の部屋に籠城して、俺に襲い掛かってきた志村。
そして、離れで何かを言いかけた三岳。
あいつらは廃墟で何を見たんだろうな?
俺は一緒にいなかったことになっているし、理央からも廃墟に関して何も訊くなと釘を刺されているから知る手段はないが。
まあ、いいか。
(番外編/某県 廃旅館にて:了)




