番外編6 某県 廃旅館にて 6
「先ほども言ったが」
理央はコホン、と咳払いをする。
「君の遠征地の近くにこの廃墟があることを知り、クレオパトラの遊び場として丁度よさそうだったから、ついでに連れてきたのさ」
「遊び場」
「どうやら元より陰の気が溜まりやすい場所だったようだね、加えて廃墟に付与されたマイナスのイメージが霊場に近い環境を作り上げた、君が見た影などは単なる陰気の塊だ」
「陰気の塊って?」
「場の力を借りて陰の気が形を成したもの、故に意思などは持たないが、近くに負の思念体があると感化される」
「ごめん、俺でも分かる程度に噛み砕いてくれないか?」
オカルト方面の話は難しい。
理央は軽く肩をすくめる。
「つまり、ここは霊的な力に満ちた場所で、影のようなものはエネルギー体、それをクレオパトラにおやつとして与えていた」
「じゃ、じゃあ、あの顔が真っ黒く塗りつぶされた男は?」
「君にはそう見えていたのか、あれが負の思念体だよ、霊的な混ざりものだね、ゴミだからおやつにはならない、食べるとお腹を壊す」
ゴミって。
だからクレオパトラは食わずに潰したのか。
「とにかく、こんな場所へ踏み込むなど蛮勇が過ぎる、興味本位で猛獣のねぐらを荒らすようなものだ、反省したまえ」
「はい」
うう。
―――理央は「だが」と言葉を区切る。
「君は、よく頑張っていたね」
「え?」
「その勇気と友への献身は讃えよう、実に勇敢だった、僕も誇らしい」
そ、そうか?
今度は褒められちゃったな、エヘヘ。
喜んだついでに少し気が抜けた。
「あ、そうだ、理央!」
「ん?」
「丹羽!」
奴だけまだ見つかっていない。
「丹羽見なかったか? うちのラグビー部の」
「ああ、彼なら他と同じように保護しておいたよ」
「え?」
保護?
「一階右側通路手前の客室だ、君が二階客室の浴槽で見つけた彼と同じ状態でいる」
「五味もお前が保護してくれたのか!?」
「君たち全員さ、ロビーにいる彼らの周囲にも簡易の結界を張っておいた、思念体や影に襲われないようにね」
そうか、だから三岳たちはあの場所に留まっていても何もなかったのか。
てっきりラッキーなだけかと思っていた。
でも確かに、散々怖い目に遭ったが実害らしきものは殆ど出ていない。
三岳は何かを見ただけ、伊地知も怖い思いをしてちょっとメンタルをやられただけ、五味は失神していたが外傷等は特になかった。
志村は―――その、俺がやらかしたが、少なくとも物理的な傷に関しては他に負ってないと思う。
「理央、お前」
「なんだい?」
「凄いなあ」
改めて感心する。
理央はきょとんとして、不意にちょっと赤くなった。
可愛い。
―――そういえば、不自然に暗かった周囲もいつの間にか少し明るくなっている。
妙な気配も消え、しんと静まり返ったここは、今はもうただの廃墟だ。
「さて、すっかり話し込んでしまったが」
言いながら理央は抱えているクレオパトラを下ろす。
フワフワの可愛い前足が床にトンッとつくと同時に、クレオパトラの姿はまたズモモッとデカくなった。
「クレオパトラの運動もおやつも十分だ、君も疲れただろう、そろそろ帰るとしよう」
「そうだな」
クレオパトラがナーンと鳴く。
「でも、その前に丹羽を回収して三岳たちのところまで運ばないと」
「手伝おう」
「えっ、助かるけど、でも」
お前がここにいること、それに、このでっかいクレオパトラについてはどう説明するつもりだ?
戸惑う俺を見て理央はクスッと笑う。
「問題ない、そうだね、この彼に関してはクレオパトラに運ばせよう」
「大丈夫なのか?」
「食べたりしないよ」
理央の言葉に同意するようにクレオパトラもンナンと鳴く。
「いや、そうじゃなくて」
「フフッ、分かっているさ」
なんだかなあ。
でも理央が言うなら任せていいか。
「それと、君はここではもう怖い目に遭わないから安心するといい」
え?
それも理央が何かしてくれたのか?
「さっきクレオパトラが君にマーキングをした、故にあれらは君の傍に寄ってこられない」
「あ、さっきのスリスリか!」
普通の猫のサイズで俺の足に擦り寄ってきた時だ。
でっかいクレオパトラはウナーンと鳴いて、デカい頭をゴチンとぶつけてくる。
アッハハ! このサイズでも可愛いなあ、フカフカのモフモフだ!
「よしよし、有難うな、クレちゃん」
「クレオパトラだよ、まったく」
不本意そうな理央にヘヘッと笑い返す。
よし、それじゃ気を取り直して、丹羽を助けに行くか!
志村を咥えたクレオパトラと、理央と一緒に階段を降りて一階ロビーへ向かう。
だが、居るのは伊地知と五味だけだ、三岳の姿が見えない。
理央が「彼は外で警察に連絡を入れている」と教えてくれる。
「じゃあ俺、丹羽を連れてくる」
「ああ、気を付けて行っておいで」
返事した理央とクレオパトラの姿がふっと消えた。
えっ、ええっ!?
「り、理央?」
辺りを見回すと、不意に脇の辺りをコチョコチョとくすぐられる。
見えないけどいるのか。
でもこれ、ちょっと心臓に悪いな、あのガラスの迷宮でのことを思い出す。
まあ仕方ない、今はこいつらがいるし。
床に置かれた志村をひとまず伊地知たちと同じソファに座らせて、理央から聞いた部屋へ向かう。
一階の右側廊下、一番手前の部屋。
前は開かなかったドアがあっさり開いた。
浴室を見に行くと、いた! 丹羽だ!
怪我もしていないようだな、よし、運ぼう。
背負ってロビーへ向かう。
重い。
廊下を抜けたところで、ロビーに戻ってきた三岳が俺に気付いて「大磯!」と駆け寄ってくる。
「け、警察呼んだ! 俺、逃げてないぞ!」
「分かってる」
「そっ、そうか」
ホッとした顔だ。
俺がいない間に外へ出たから、逃げたと思われたかもしれないと不安になったんだろうな。
まあ、逃げてもいいさ、俺だって逃げたかった。
この状況なら仕方ない。
だが俺をここへ連れてきたことだけは恨むぞ、許さないからな。
「そいつ、丹羽か?」
俺が背負っている姿に気付いた三岳に「そうだよ」と答えて伊地知たちのところへ運ぶ。
これでようやく全員だ、はあ、疲れた。
今日は朝からラグビー部の試合の助っ人をして、その後は廃墟でお化けに追い回され、汗臭いラガーマンを三人も運ぶ羽目になるなんて思いも寄らなかった。
心底くたびれ損だ、これで理央がいなかったら今頃キレてた。
まあ、それ以前に無事に済んだかどうか怪しい。
本当に俺は理央の世話になってばかりだな。
「警察が来るまでここで待機だな」
「な、なあ、外で待たないか?」
「ん? ああ、そうか、ここより外の方がマシか」
理央がこの場に結界とやらを張って守ってくれていることを、三岳は知らない。
俺も知らなければ外へ移動しようと言っただろうし、行くか。
「じゃ、手分けして運ぶぞ、大丈夫か三岳?」
「ずっとお前に任せきりだったからな、これくらい役に立ってやるさ」
ようやく持ち直したか。
手分けして伊地知たちを運ぶ間、三岳は警察からしこたま叱られたとぼやく。
そりゃそうだ、廃墟とはいえ不法侵入、立派な犯罪だからな。
「でも、大抵のヤツは深夜に突入して騒ぐから、それよりマシだってさ、親と学園にも連絡するって言われた」
「マジか」
「すまん、お前嫌がってたのに、巻き込んじまって」
「そうだぞ、反省しろ」
「だけど大磯がいてくれてよかった」
「だったら恩にも着ろ」
四人を外へ運び終えた。
意識のない丹羽、志村、五味はともかく、伊地知も相変わらずボーッとしたままで世話が焼ける。
辺りはすっかり夜だ、空に星が瞬いている。




