番外編6 某県 廃旅館にて 4
縮こまっている三岳は放っておいて、改めて一階の左廊下へ向かう。
右はさっき影だの幽霊っぽい男だのが出たから後回しだ。
改めて、今度はドアの開く客室は入ってあちこち見て回る。
開かない部屋も後回し、まず開く部屋を全部見て、丹羽と志村が見つからなかったら強行突破して改める。
影も幽霊も今のところ出てこない。
お化けは嫌だ、殴れないのが嫌だ、物理で解決できないなんて最悪だ、やっぱり母さんのナックルダスターを借りてくるべきだった。
砂の巨人の核をブッ壊した実績持ちだからな、お化け相手でも立ち回れそうな気がする。
一通り探索したが何もなかった。
心底嫌だが、今度は右側の客室を見に行く。
「ッツ!」
また猫の鳴き声だ。
どこにいるんだろう、お化けじゃないなら出てこないかな、癒されたいんだが。
しかし相変わらず姿は―――いた。
でも、残念ながら猫じゃない。
あの男だ。
さっきより輪郭がはっきりしている、だが―――
顔が、ない。
黒く塗りつぶされたようになっていて、目も、鼻も、口も、判別がつかない。
こ、こっちに来るぞ!?
うおおおおッ、逃げろッ! ひっ、非常階段だ!
階段を上り始めてすぐ足に絡みつく何かを振りほどいた。
って、手ぇーッ!?
マジかよ、段の下から手! 出てるッ、手が出てるッ! 手だけが! 何で!? 怖いッ!
ちくしょう触るなぁッ!
「っざけんなぁッ!」
必死になって昇るッ、昇るッ、のぼるぅッ!
あああああああッ! が、ガチの心霊体験! いやもう散々してるがッ、してるんだが怖いぃッ!
手ぇッ! ひぃいぃぃッ!
あとちょっとで二階にッ、つ、着いた!
怖かった! あああ手がッ、手がいっぱい出てきたよぉ、うぅッ。
お化けって掴んでくるの? 怖すぎるんだが。
俺は掴めないのにお前は掴めるとかどうなってるの? 腹立つんだが!
怖い、怖すぎる。
ちょっと泣いてしまった。
くそ。
鼻を啜って涙を拭う。
手が震える、足も震える、少しでも挫けたら三岳たちと同じように恐怖に呑まれて負けそうだ。
ええい、クソッ!
俺は砂でできたデカい母さんと戦ったことだってある!
この程度でビビってたまるかッ!
そうだ、ホラー映画だ。
セオリーどおりなら俺がビビる程お化けは強くなる。
だったらビビらん、俺はお前ら如きに負けない!
改めて、気を取り直して、戦々恐々としつつ二階の廊下を進む。
左側の廊下だ、非常口からだと客室は一階と全て逆側にある。
警戒して、慎重に、何が起きても動揺しない心構えで―――いやそれはちょっと、かなり無理そうだが。
―――また、猫の鳴き声だ。
近くの部屋にそっと入って隠れる。
今はもう猫の鳴き声でも怖い、さっきあんな目に遭ったから怖い。
適当な物陰に身を潜めて暫く様子を窺う。
何かの気配。
それと、足音。
フフッと笑い声がして、そのうち足音は遠ざかっていった。
今の声、なんだか聞き覚えあるように感じたんだが、気のせいか?
はあ、それにしても情けない。
こうして怯えて縮こまっているなんて俺のガラじゃないぞ。
でも怖い。
じっと気配を探り、取り敢えず安全だろうと踏んで、またそっと部屋を出る。
丹羽、志村、どこだ。
早く見つけてやらないと、あいつらも今頃どんな目に遭っているか分からない。
また廊下を歩き始めてすぐ。
うっ、か、影だ。
進行方向に突然現れた!
「ッツ!」
非常階段へ引き返そうとして、こっちにもいる!
ど、どうする?
挟撃か、卑怯者、このままだと両側から襲われかねないッ!
「うおおおおおおおおおおッ!」
こうなったらいっそ、強行突破!
腹を括って一階ロビーへ降りる階段の方へ突進する!
どうにかなれ! 南無三!
不意にまた猫の鳴き声が聞こえた。
「っあ!」
ズドンッと衝撃と共に間際まで接近した影が何かに押し潰されるようにして、消えた!?
ええい構うなッ!
そのまま駆け抜け階段の手前まで逃げ切る!
は、はあ、はあッ。
何だったんだ今の。
訳が分からないが、確認する気にもなれない。
そもそも見えないんだ確認のし様がない、それに向こうにはまだ影が一体残っている。
右側へ行こう、さっさと調べよう、悠長に構える余裕はもうない。
一歩。
踏み出すと同時に視界の端に何か見た気がした。
ゾッと全身が粟立つ。
今のは。
心臓がバクバクと鳴り出す。
いた。
階段の辺りだ。
あの男、顔が黒く塗りつぶされた、お化けらしき何か。
気付かないフリをしろ、認識したら襲ってくる。
セオリーだからな。
けど、黒く塗りつぶされているのに笑っているような気がしたのは何故だ。
また視線を感じる。
今度は複数。
誰がどこから見ている、いや―――考えるな。
右の廊下へ足早に向かう。
ひとまず隠れた方がいいかもしれない、やり過ごすべきだ、落ち着け俺。
ヤツはついてきている。
そう感じる。
また手足が震える、しっかりしろ、怖がるな、怯むな、奴らの狙い通りになるぞ!
曲がってすぐの手前の部屋。
ドアに手を掛けてみるが、中で何かが閊えて開かない。
他へ行く余裕はない、蹴破ろう。
早く、隠れないと!
「ッツ!」
「うわあああああああああああああああッ!」
「わああああああああッ!!」
ドアを蹴破ると同時に襲い掛かってきた何かを即座に殴りつける!
―――あ、あれ?
手応えがあった、ヒットした、相手は吹っ飛んで床に伸びた。
志村?
し、志村じゃないか、なんでこんな所にいる!?
本当に志村か?
いや、鼻血出して白目剥いているし、志村に違いない!
「し、志村!」
またやっちまった!
慌てて駆け寄り様子を伺うが、ダメだ、完全に伸びている。
すまん。
だが見つかってよかった、あとは丹羽だけだ。
ひとまずコイツを一階の三岳たちのところへ運ぼう。
運べるのか?
階段にはヤツがいる、今は姿は見えないが、鉢合わせるかもしれない。
ちくしょう。
腹にグッと気合を込める。
いや、行こう。
伸びている志村を背負う、重い、くそぉ。
大体なんで急に襲ってくるんだよ、俺だって怖いんだ、反撃するに決まってるじゃないか。
確認をしろ、俺もだが落ち着け、いや落ち着けるか、この状況で落ち着いていられるかってんだよ、クソ!
慎重に辺りを窺い、移動する。
いない、か?
それにしても辺りはいよいよ暗い。
夜目すら利かなくなりそうだ、ジメッとして重苦しい空気が辺りに満ちている。
本当に、本当に来るんじゃなかった。
一人で頑張り続けるのもそろそろ辛い。
ああ、理央、会いたい。




