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番外編5 いつだって君は/理央視点 6

「なあ、理央」


薄暗い廊下に僕と彼の足音だけ響く。

常ならぬ静寂が全ての音を際立たせるようだ。


「なんだい?」

「俺ってさ、もしかしてお前にとって迷惑か?」

「えっ」


あまりに思いがけず、立ち止まり健太郎を見上げる。

健太郎も足を止めて僕を見る。


「さっき気持ち悪いって言われただろ、男同士で付き合ってるって」

「それは」

「分かってる、前に隠さなくていいって言ってくれたもんな、だから俺も気にしなかった、でも」


まさか、先ほどの件は自身に非があるとでも考えたのか?

バカな。


「それでヘイト買って、お前に怖い思いをさせた」

「健太郎」

「平気って言ったけど、その、やっぱり怖かっただろ?」

「いいや、あれしき、どうということもない」

「俺は怖かったよ、理央が取り返しのつかない目に遭っていたかもしれないって、凄く怖かった」


それに、と健太郎は続ける。


「お前が俺を騙してるって、女の子に言い寄られないために利用してるなんて、酷いことも言ってたじゃないか」

「根も葉もないデタラメさ」

「ああ、でもそう思う奴もいるんだ、俺のせいで理央が傷つけられる」


それは違う。

僕より君の方がよほど傷付いている。

ああ、そうか―――君は僕が把握するよりずっと繊細で、僕以上に僕を想ってくれているんだな。


「君が気に病むことではないよ」

「でも」

「僕なら大丈夫、本当さ、君を迷惑だなどとも思わない」

「うん」

「僕こそ、その、少々不安だ」

「え?」


顔を上げる健太郎に手を伸ばす。

両手で頬を包むように触れながら、その痛ましい瞳の奥を覗き込む。


「君がそうして気負い、いつか僕から離れてしまわないか」

「なッ!」


声を上げた健太郎は目を剥く。

そして僕を強く抱きしめる。


「バカ言うな! そんなわけあるかッ!」

「健太郎」

「絶対にないからな! たとえ死んだってあり得ねえ!」

「おい、大声を出すな、響くだろう」

「だって理央が変なこと言うから!」

「そうか、そうだな、すまなかった」


だが、優しい君はこの先も僕のせいで傷を負い、その痛みにいつか耐えられなくなってしまったら。

もし僕のせいで君が壊れてしまったら、その可能性が何よりも恐ろしい。


「あいつら、きっと羨ましいんだ」


不意にそんなことを言う。

思いがけず腕の中から見上げると、健太郎は拗ねたような顔をしている。


「だって理央は美人で優しいし、金持ちだし、誰が見ても特別だろ」

「そうかもしれないね」

「俺はそんな理央に選ばれた」

「僕が君に選ばれたのさ」

「いいや、俺なんて普通の男だよ、その辺に幾らだっている、今だってお前と釣り合ってるかちょっと自信ない」


何故だ。

君ほどの男性は二人といない。

それに僕が価値を認めた唯一無二の存在だというのに、何故そうも卑下する。

君の運命や人生に介入してでも手に入れたかった。

選ばれたのは紛れもなく僕の方だと断言できる。


「でも、だからアイツら僻むんだ、俺じゃ役不足だって、舐められてるのは俺だ、だからやっぱり俺のせいだ」

「君はそう認識するのか」

「おう」

「僕への加害は君に対する当てつけだと?」

「前はお前にあんな真似する奴なんていなかっただろ、だから俺のせいだよ、ちくしょう、許せん」


健太郎は悔しげに顔をしかめ、そっと僕の耳元に口を寄せる。


「だって、理央は女の子だから」


ゾクリと体の芯が熱くなった。


「二度とあんな目に遭わせたくない」

「健太郎」

「確かにお前は俺よりずっと格好いいし強いけど、でも俺は彼氏だから、お前を守りたいんだ」

「そう、か」

「だけど今回はダメだ、全然ダメ、格好悪過ぎる、探すのも手間取っちまったし」

「そう言えば、なぜ僕の居場所を知れたんだ?」


ふと思い出し尋ねると、健太郎はバツが悪そうな顔をする。


「勘」

「えっ」

「ダサ過ぎるよな、ただのラッキーなんて、はぁ、もう、情けなくて泣けてくる」


勘、か。

運も実力の内とはよく言ったものだ、やはり君は凄い。

改めて恐れ入る。

しかもその一言で片づけた上で謙遜するとは、つくづく計り知れない。


僕は、物心ついた頃からずっと性別を偽り続けている。

故に周囲もそのように僕を扱う。

事情を知る一握りの者たち以外は、誰もが偽りの性別を前提として接してくる。

そのこと自体を今更どうとも思わない。

多少不便ではあるが、我が身の不遇を嘆いた時期はとっくに過ぎ去った。


だが、君だけは違う。

僕をありのまま受け入れてくれること、それは大いに僥倖だ、僕にとって意味のあることだ。


女の子だから。


先ほどの囁きがまだ耳にくすぐったく残っている。


「僕こそ、君に負担をかけている」

「は?」

「僕のせいだ、分かるだろう? 君まで色眼鏡で見られている」

「それは!」


反論しかける健太郎の唇を指で押さえる。


「だが、真実は君だけ知っていればいい」


実を言えば、性別に関しては既に隠す必要などないと考えている。

面倒なことになりそうだから現状維持を選択しているだけで、偽装する必要自体既に無いからな。

必要とあらば、彼のために女子の制服に袖を通すのもやぶさかではない。


「だから僕は構わないよ」

「理央」

「君はどうかな? 健太郎、気遣いは有り難いが、やはり僕との交際は秘めておきたいか?」


少々意地の悪い聞き方をした。

健太郎は僕の手を除けると、おもむろに唇を重ねてくる。

こんな場所でキスするなんて。

思いがけず呆気に取られる僕に、健太郎は魅力的な微笑みを浮かべる。


「まさか」


その声に、眼差しに。

また体の芯が熱くなる。


「俺も今のままでいい、だから傍にいる、二度と誰にも手出しさせない」

「そう、分かった」

「それにお前さ、前よりずっと可愛くなってるって気付いてる? 今更距離なんて置いたらそれこそ悪い虫がわんさか寄ってくるぞ、危ない」

「それは君だろう」

「いーや、俺は可愛くなんてないし、女の子に告白されたこともないからな、危ないのはお前だ」


自認と実態がこうも違うと、付き合う方は気苦労が増える。

以前は君の傍で藤峰君が周囲を余すところなく牽制していたんだ。

僕ですら気付いていたよ、だが、それは既に過去の話。

僕が君を手に入れた。

故に藤峰君とはライバルとなったが、互いに塩を送り合う仲でもある。

君だけが永遠に真実を知らぬままだろう。

でもそれでいい、このことは藤峰君と僕、君を愛する二人だけの秘密だからね。


優しく肩を抱かれ、健太郎に「行こう」と促され歩き出す。

寄り添って昇降口へ向かい、靴を履き替え外へ出ると辺りはすっかり夜の色だ。

奥に見える校門の向こうに見慣れた車が停まっている。


「ねえ健太郎」

「ん?」

「よければこのまま家に寄ってくれ、一緒に夕食を取らないか」

「えっ、あー、うん、いいぞ、勿論! やったぜ!」

「ああ」


僕に気を遣わせないよう、わざとはしゃぐ様が愛しい。

君は人がいいから、本音では僕がまだ不安なのだと勘違いしたのだろう。


「それと、今夜はずっと傍にいて欲しい」

「えっ、いやそれは」

「ダメかい?」

「うぅッ、ちょっと、待って」

「健太郎」

「と、取り敢えず晩飯食ってから返事させてくれ」

「いいよ、承知した」


だが、僕は狡猾な魔女だ。

君のその優しさを、僕に対する甘さを、大いに利用させてもらう。


周囲からの心無い言葉が君を傷つけ、いつか壊してしまわないかと不安だった。

君を守るのが僕の役目と今も思っている。

だが君は、守られるだけの存在ではなかったな。

僕もまだまだ君という人物を理解しきれていない。


こんな、非常識の塊のような僕を包み込むように愛してくれる。

君の器を僕如きが量るなんて、それこそおこがましかったか。


「ねえ健太郎」

「ん?」

「好きだよ」


囁くと、健太郎は頬を赤らめ、嬉しそうに「俺も」と笑う。


「ふふ」


君は僕が生涯で得る最も価値ある存在だ。

手放さない、誰にも譲らない。

だから覚悟したまえ。


そういえば、と、先ほど僕を襲った輩の言葉がある意味で本質をついていたと気付く。

可笑しくて笑うと、健太郎がニコニコしながら「なに?」と覗き込んできた。


「いや、なんでも」

「そっか、よしよし、理央は本当に可愛いなあ」


大きな手で頭を撫でられてくすぐったい。

ああ、そうさ。

確かに僕は君との交際を公にすることで虫払いをしている。

だが、それは―――


『君に』好意を持つ者達を寄せ付けないため、なのさ。


(番外編/いつだって君は:了)

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