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番外編5 いつだって君は/理央視点 5

「あうぅッ」

「おい、お前は?」

「う、ぐッ」

「さっき理央の上に乗ってたよなぁ? おい」

「っくしょぅ! お前もッ、天ヶ瀬もッ、気に食わねえんだよッ!」


ふーん、と健太郎は淡白に鼻を鳴らす。


「あっそう、じゃあ歯、何本かいっとくか」

「は?」


ポカンとするサルの顎をもう片方の手で万力のように挟む。

あ、がッ、と漏れる声と共に口が少しずつ開いていく。

その様を眺めてニヤリと笑う健太郎は凶悪な表情だ。


「見せしめってヤツかな、同じことをしたらどうなるか、分かってたら流石に控えるだろ?」

「あ、あぐぅッ、ひょっほ、まっれッ」

「前歯は勘弁してやるよ、無いと格好悪いからな、武士の情けってヤツだ」

「な、なに、いっれ」

「でも奥歯くらいなら無くてもどうにかなるだろ?」


青ざめたサルは哀れなほどガタガタと震えだす。

先ほどの健太郎の暴挙を目の当たりにしたばかりだ、脅しの台詞にも信憑性が宿る。

それに今の彼からは(やりかねない)という気配が濃厚に感じられる。


「ひゃ、ひゃめッ」

「お前らみたいなのはさ、やらかしたその時にしっかり分からせておかないと、何度でも同じことを繰り返すんだ、な?」

「ひ、ひない! もうひないから!」

「いやいや~っ、できない約束をするなよ、そういうの不誠実だろ、どうかと思うぞ」

「ほ、ほんろにひねえって、らからゆるひてッ」

「お前の言葉なんか信用するとでも思ってんの? ちゃーんと痛い目見ておかないとな、社会勉強ってヤツだ」


サルがヒッと喉を鳴らす。

彼は聞いていない筈の、僕を嘲り彼らが発した言葉を用いて来るとは、驚いた。

さておき、健太郎はサルの髪を掴んだまま立ち上がると、もう一人のサルの元へ向かう。

蛮族さながらの姿に恐れをなしたか、黒髪と茶髪が小さく悲鳴を上げた。


「いい痛い痛い痛いッ!」

「うるせえなあ」

「ひ、ひぃッ」

「よいしょっと」


またしゃがむと、今度はもう片方の手で挑発のサルの髪を掴み、二人同時に顔を上向かせる。

しかし、彼らは初手で健太郎から一撃くらって以降、まともに動けない様子だ。

もしや何か仕込んだか?

だとすれば流石、その手際、実に恐れ入る。

流石は僕の未来の花婿だ。


「やッ、やめてくれぇッ、痛いぃぃッ、手ッ、手ぇ放せッ!」

「はーい静かに、じゃあどっちの歯から折る?」

「へ?」

「いやッ、やめッ」

「このまま話し合って決めていいぞ、最終的にはどっちも折るが、順番くらいは決めさせてやろう」

「よ、よせ大磯ッ、なあ違うんだ、俺は葛西が好きなんだ、なのにあいつ、天ヶ瀬なんかがいいって言うから、だから許せなくってさぁ!」


黒髪が「はぁ!?」と心外だとでも言わんばかりに声を上げる。


「だッ、だからッ、あいつのためにこんな真似したんだ、天ヶ瀬に個人的な恨みなんてねえよ!」

「アンタなに言ってんの? 意味分かんない!」

「か、葛西! 俺さッ、お前のためにッ」

「気持ち悪い! 大体頼んでないでしょ? 勝手に調子に乗ったんじゃない、適当なこと言わないで!」

「ふぐッ、うう~ッ!」


哀れだな。

それにしても黒髪は僕に好意があったか、随分と歪んでいる。

―――まったく、先の出来事を思い出させてくれるな。

誰も彼も浅ましい情念をはばかりなく押し付けて、相手をどうこうする前に自身程度御してみせろ、愚か者どもめ。


「なあ大磯ぉッ、お、俺は葛西のためだけどさ、こいつは天ヶ瀬とヤるつもりだったんだぜ! 変態はこいつだけだッ!」

「はああああ~ッ!?」


もう一人のサル。

フン、気付いていたさ、僕に性的暴行を加える気でいたこと。

こちらに関しては最早手の施しようもない、その善性に期待などできない、故に早急に対処しておかねば。

今後また同様の行為に及ばぬよう。

そうだな、後ほどうちの者に処理させるか。


「ばッ、バッカじゃねーのッ!? ンなわけあるかッ、男とヤる趣味なんかねぇよ!」

「天ヶ瀬ならヤれるって言ってたじゃねえか、どうせ大磯ともヤッてんだからってよ!」

「言ってねえし!」

「ヤッてるとこ小岩に動画撮らせる予定だったろ、おいッ、小岩ッ! そうだよな? お前もノリノリだったろ、その動画使って小遣いせびってやるって!」

「最低!」


黒髪が声高に非難を叫ぶ。

半狂乱でまくしたてていた長髪のサルは、途端に冷や水を浴びせられたように黙り込んだ。


「ち、違うって、ハハッ、なあ、信じるなよ大磯? こいつが今言ったこと、全部嘘だから」


もう一人は健太郎に命乞いを図るか。

つくづく惨めだな。

健太郎はサルたちの有様を暫く眺めていたが、不意に両手を放した。


「だッ!」

「うぐッ!」


そのままどちらも顔面を床に強打し、くぐもった声を漏らす。

立ち上がった健太郎は、長髪のサルの肩に上履の先をひっかけるようにして体を仰向けに反転させる。


「お前、格好悪いな」


呟くと同時に背中へつま先を滑り込ませるようにして蹴りあげた。

蹴られた勢いのままサルは前転するが如く転がり、うつ伏せに伸びた先には黒髪がいる。


「キモい! 近寄らないで!」

「うぅッ」


黒髪に手を伸ばしかけた長髪のサルは、即座に拒絶され、そのままぐったりと伏して動かなくなった。

傍で見ていた茶髪が放心した様子で床にペタンと座り込む。


「さて、次はお前だが」


健太郎はもう一人の頭を踏みつけにしつつ、ふとこちらを向く。


「理央」

「なんだい?」

「先に廊下に出て待っててくれよ」

「何故?」


訊いても、苦笑するだけで応えようとしない。


「なあ君、法を犯すような真似は流石に」

「だッ大丈夫! そんなことしないって、殺さないし歯も折らない、手足の骨くらいは全部折ってもいいかなって思うけど」

「健太郎」

「やらない! でも、落とし前はつけたいんだ、お前に酷い事したから」

「ふむ」

「理央が心配するようなことにはならないからさ、信じてくれよ、な?」


そこまで言われては、致し方あるまい。


「であれば、程々に」

「了解!」


健太郎の足の下でサルがヒイとか細い声を上げる。

何をするつもりか知らないが、ご愁傷様だ。

僕に精神を破壊されていた方がマシだったかもしれないな、まあ、いずれ自業自得と知れ。


先に廊下へ出て、家の者に連絡を入れる。

事後処理を指示する最中、生徒指導室内から「嫌だ」「やめてくれ」と懇願する声が聞こえ、次いでカシャカシャと数回シャッター音が鳴った。

どうやら自らが辱められる末路になったか、健太郎も趣味が悪い。


天馬にも連絡すると、既に校門付近で待機していると返ってきた。

相変わらず優秀で結構、さて、そろそろ健太郎を連れて帰宅しよう。

廊下に差し込んでいた西日はとうに途絶え、夕闇が窓の外の景色を侵食しつつある。


「お待たせ!」


生徒指導室から健太郎が飛び出してきた。

そのまま機嫌のいい足取りで僕の傍まで駆けてくる。


「用は済んだかい?」

「おう!」

「一体何をしたんだ」

「内緒、じゃ、帰ろうぜ!」


僕の手を取り歩き出す健太郎は、もう片方の手に僕の鞄を持っている。

自身の荷物は背に負うリュックだ。


「あ、これ、教室に置いてあったから持ってきたぞ」

「すまないな、有難う」

「それにしても酷い目に遭ったよな、本当に大丈夫か?」

「平気だよ」


あれしき、所詮は些事だ。

僕の時間を無駄に取られ不快だった程度のこと、実につまらない目に遭った。

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