番外編5 いつだって君は/理央視点 4
「ッチ! おい!」
長髪のサルに促され、腹の上のサルは今度は僕のポケットへ手を伸ばす。
端末を奪うつもりか。
それは流石に困る、壊されでもしたら面倒だ。
さっさと始末をつけるか。
そう思った矢先。
―――ふと何か聞こえた。
地響き?
いや、足音だ。高速で接近してくる。
「は?」
サルどもが顔を見合わせる。
「なんだ?」
「足音?」
教室の外から。
そして―――
「ここかぁッ!」
怒号と共に軋むほど打ち鳴らされるドア。
「鍵なんか掛けやがってぇッ、クソッタレめぇッ!」
僕以外の全員が息を呑む。
彼だ。
来た。
「開けろ」の声と共に繰り返される激しい殴打の後、一拍置いてからひときわ壮絶な破壊音が鳴り響き、まさかのドアが吹き飛んだ。
―――施錠されているはずのドアが。
そして生徒指導室へ、いよいよ彼が入ってくる。
「おい」
誰もが固まり、凍り付いている。
僕も思いがけず気迫に呑まれかけた。
「なにしてる」
サルどもがヒッと喉を鳴らす。
短髪も真っ青になりふらりと後退りをした。
「訊いてんだろ答えろよ、なあ」
煮え滾るような怒りの双眸が鋭く光を放ったような気がした。
まるで、獰猛な肉食獣の様相だ。
「なに、してるんだよォォォッ!」
咆哮、そして瞬時に距離を詰め、彼はサルたちを呆気なく蹴散らす。
勢いに圧倒されたか、何もされていない短髪までもが腰が抜けたように座り込んだ。
「理央!」
僕の傍らに膝をついたナイトが恭しく抱き起してくれる。
健太郎。
来てくれたのか、どうしてここが分かった、だが何より喜びが胸を満たす。
「やあ、迎えに来てくれたのかい?」
「なに言ってる! それより怪我は? 痛いところはないか? 怖かったよな? ごめんな、すぐ助けに来れなくて」
さっきまでのどう猛さはどこへやら、今は目に涙すら滲ませて、まったく、君って人は。
「大丈夫だよ、不意を突かれてこの有様だが」
「ッツ!」
健太郎は低く「殺す」と唸る。
いや、流石にそれは待て。
今の君は本当にやりかねない、落ち着いてくれ。
「特に怪我などもない、僕は平気だ、だからそう怖い顔をしないでおくれ」
「理央ぉ」
スンと鼻を鳴らし、僕の頬に自分の頬を摺り寄せてから、健太郎は僕をそっと自身の背後に移動させる。
そして立ち上がると、改めて不届き者達と対峙した。
床に這いつくばり動けずにいるサルども、呆然と健太郎を見上げている短髪。
あちらでは黒髪と茶髪が身を寄せ合い震えている。
「おい」
「ぐッ、くそぉッ、大磯てめぇ、どういぎッ!」
長髪のサルの頭を健太郎が足蹴にする。
「言え、誰が首謀者だ」
「ちょッ、調子に乗ってんじゃねえぞ、おおいグゥッ!」
もう一人のサルの頭を上履の底で踏みつける。
容赦がないな。
やはり本当に殺しかねない、流石に収めなければ。
「健太郎、程々にしたまえ」
「こんな奴らを庇ってやるのか? 理央は本当に優しいなあ」
「違う、君のためだ」
健太郎はキョトンとした後「そうか」と頷いた。
僕の意図が正しく伝わったようで何よりだ。
「で? 改めて訊くが、首謀者は誰だ? それともここにいる全員か」
「ち、違う!」
茶髪が悲鳴のように叫ぶ。
「この子だよ! 葛西さんが言い出したんだッ、天ヶ瀬君のこと、気持ち悪いって!」
「はぁ!? 貴方だって言ったじゃない、自分もそう思うって、言ったでしょッ!」
黒髪は葛西という名か。
そういえば、短髪は小岩と呼ばれていたな。
調べる手間が省けた。
「違うよッ、葛西さんが言ったんだよ! 男同士で付き合ってるなんて気持ち悪いって、変態だって言った!」
「アンタだって言ったわよ! 気持ち悪いって、大磯君のことおかしくしたから許せないって!」
「い、言わないッ、私は天ヶ瀬君が気持ち悪いって言ったの! 男の子なのに、なんで大磯君と付き合うの? 変態じゃない!」
ふむ、散々な言われ様だな。
健太郎もこちらへふと戸惑ったような目を向ける。
君の困惑に僕も同感だよ。
「それに大磯君、騙されてるんだよ? ねえ、天ヶ瀬君は大磯君のこと、本当は何とも思ってないんだって!」
茶髪の言葉に、健太郎の指先がピクリと揺れる。
「女避けって言ってたもん、他の子から告白されないように利用してるの、最低なんだよ!」
「そ、そうだよ、それに男同士なんて、大磯そんなタイプじゃなかっただろ」
他の者の威勢に便乗してか、短髪もやっと調子が戻ったようだ。
呆れた厚顔ぶり、まったく図太い。
「どうしちゃったんだよ、だってアンタ、あんなに」
「女子バスケの小岩、そっちは隣のクラスの三浜さんだな」
健太郎に名指しされて、途端に短髪は苦い表情を浮かべて黙り込み、茶髪は思いがけない様子で唖然としている。
三浜、ふむ。
あの二人は健太郎と面識あったか。
ならば僕を害そうとした理由もおのずと知れる、つまりは嫉妬だ。
しかし、短髪と茶髪、黒髪、そしてサルたちはそれぞれ思惑が異なっているように見える。
「お、大磯君、私のこと知って」
両手で口元を覆い、目に大粒の涙を浮かべる茶髪に、健太郎は「知ってるよ」と頷く。
「でも、こんなことをする人だとは思わなかった」
「えッ!? ち、違ッ!」
「小岩も、お前は気のいいやつだと思ってたのに、残念だよ」
短髪は項垂れ、茶髪は「うそ、やだ」と言いながら泣き始める。
「だってアンタ、なんで天ヶ瀬なんだよッ、藤峰とだって付き合わなかったのに、なんで今更!」
「どうしてそこで薫が出てくる、そもそもお前に関係ないだろ」
「ッツ! だってッ!」
口惜しげな短髪に向ける健太郎の眼差しはどこか悲しげだ。
「とにかく、理央にも俺にも金輪際関わってくれるな、お前達がやったことは犯罪だ、俺は絶対に許さない」
「違うッ! 違うのぉッ! ねえ大磯君ごめんなさいッ、許して、お願い、ごめんなさいぃッ!」
泣きじゃくる茶髪に、しかし健太郎は彼らしからぬ冷めた声で「謝る相手が違うだろ」と言い放つ。
ビクリと震えた茶髪は一瞬僕を見て、更に口惜しげに泣き崩れる。
度し難いな。
彼女達は健太郎を好いているというのに、今も彼を傷つけている事実にまるで気付いていない。
つくづく愚かで浅はかだ。
あれは愛じゃない、独り善がりの押し付けに何の救いがあるものか。
「葛西さんもだよ」
「な、何よ!」
次いで健太郎から水を向けられた黒髪はキッと睨み返す。
「貴方だってふざけてる、どうせ天ヶ瀬君の顔だけ気に入ったんでしょう!?」
「だったら何だ、関係ないだろ」
「認めるのね? 最ッ低、アンタみたいな男ってホント気持ち悪い、見ていて不愉快なのよ!」
「君の主観に口出ししないけどさ、押し付けはやめろよ」
「うるさい!」
「だったら俺も、君が不愉快でならないから今すぐ視界から消えてくれ」
「な、なに言ってるのッ!?」
「同じだろ、自分の意見だけまかり通ると思ってるのか」
「はぁ!?」
「それに、葛西はせっかく美人なのに、今の表情は鬼みたいだ、勿体ない」
「ふッ、ふざけないで!」
ヒステリックに叫んだ黒髪は口惜しげに目を剥く。
まさに鬼女の形相だ。
健太郎は嘆かわしげに溜息を吐き、今度は床に這いつくばったままでいるサルの片方の髪を掴むと、強制的に顔を上向かせる。




