番外編5 いつだって君は/理央視点 3
「ねえ、恥ずかしいと思わないの?」
黒髪の女子生徒が僕を鋭く睨む。
「男同士で付き合ってるってだけでも恥なのに、実は利用していたなんて!」
「君達の言葉は理解に苦しむ」
「ふざけないで!」
突然近くの卓を平手で叩き、黒髪は弁舌を更にヒートアップさせる。
「貴方達が視界に入るだけで悍ましいの! 気持ち悪いのよ、分かる? こっちは毎日毎日被害に遭ってんの! 迷惑してるの!」
「そ、そうだよッ! それに大磯君が可哀想!」
「いいのはツラだけってね、天ヶ瀬、アンタって本当に汚い」
醜悪な姿だ。
今の有様を鏡に映して見たらどうだ。
それなりに身なりに気を遣っているのだろう、だが、幾ら外見を整えたところで言動が伴わなければ何の意味もない。
「大体、大磯がいくら美形だからってアンタとマジで付き合うわけないんだ、一体何したのさ、金でも使ったってわけ?」
短髪の言葉に、茶髪が「最低」と呻く。
「お、大磯君って、凄く優しい人なんだよ、だから利用したんでしょ? 天ヶ瀬君、見損なったよッ!」
「貴方って人として気持ち悪い、男同士とか、本当に最悪よ」
黒髪は同性同士の恋愛にやけに拘るな。
「性根が腐ってんだ、いいのは見てくれだけってか? ハッ! 嫌だ嫌だ」
短髪は自尊心が低そうだ。
僕を非難する茶髪と異なり、誹謗中傷して貶めようと躍起になっている。
それはつまり劣等感の表れだろう、哀れだな。
しかし、僕のみの留まらず健太郎まで侮辱するとは許し難い。
彼ら、彼女らをこの場で制圧するだけなら一瞬だ。
しかしそれでは根本的な解決に至らない、ここは何か、後顧の憂いを断つ意味でも手を打っておきたいが。
効果的な手段として何があるだろう。
「なんとか言ったらどうなの!」
黒髪が口から唾を飛ばして叫ぶ。
醜いな、最早視界に入れておくのも苦痛だ。
「大切に育てた息子が同性愛者を装う卑怯者だなんて知ったら、さぞご両親もガッカリされるでしょうね!」
しかし、この者達は何故僕にここまでの敵意を抱いている?
同性愛者に対する嫌悪?
いや、だが、健太郎を擁護するようなことも言っている。
それにどうもこの黒髪と、茶髪と短髪の主義主張は根底が異なるようだ。
「大磯君のこと騙して、裏切って、最低だよ天ヶ瀬君って、頭がおかしいんじゃないの?」
「どうやってあの大磯を誑かしたのさ、この変態」
だが茶髪と短髪、それに黒髪も、健太郎の身辺調査に名前は挙がってこなかった。
つまりは友人関係ですらない有象無象、知り合いか、それ以下の存在だろう。
まあ僕の健太郎は魅力的だから、こういった手合いから秘かに秋波を送られている可能性は大いにある。
致し方あるまい。
歯がゆいが、こればかりはどうすることもできない。
「そこはさぁ、俺らも気になってるんだよな」
特徴のない男子生徒がこちらへ近づいてきた。
その間に長髪の男子生徒が素早い動きで生徒指導室のドアに施錠した
「だから教えてくれよ、どうやって大磯をユーワクしたのか」
「お前、綺麗な顔してるもんな」
剣呑な雰囲気を察知したのか、黒髪と茶髪が壁際へ下がっていく。
だが短髪だけは男子生徒たちと共に僕の方へにじり寄ってくる。
「アンタさ、いつも自分は特別みたいな顔して、調子に乗ってるから、こういう目に遭うんだよ」
そう言って短髪はおもむろに取り出した携帯端末のカメラレンズをこちらへ向けた。
「よう、天ヶ瀬!」
不意に特徴のない男子生徒から腕を掴まれる。
「離せ」
「おっ、強気じゃねえか、この状況でそういうこと言っちゃう?」
「こいつ今からどんな目に遭うか分かってねえんだろ、精々抵抗してみろよ、天ヶ瀬のお坊ちゃま」
背後からも長髪の男子生徒が僕の両肩に手を置いて圧をかけてきた。
暴行でも加えるつもりか、外道どもめ。
「俺もさぁ、前からお前のこと気に入らなかったんだよ、このクソ金持ち野郎が、女からもチヤホヤされてよ、いいご身分だよなあ?」
「おまけに理事長の息子だからって調子に乗ってんだろ」
「そうそう、だからそろそろ痛い目見とこうぜ? 社会勉強ってヤツだ」
男子生徒たちの後ろから、短髪がカシャリとシャッターを切る。
「アンタの情けない姿、バッチリ押さえといてやるから、精々楽しみなよ?」
「じゃあちょーっと懲らしめてやろうかな、天ヶ瀬 理央くんよォ!」
ッツ! 思いがけず膝裏を蹴られてバランスを崩す!
倒れ込んだところを、畳みかけるように押さえつけられた。
床に仰向けにされ、両手を髪の長い男子生徒が抑えている。
そして僕の腹の上には特徴のない男子生徒が体を跨いで腰を下ろす。
やけに息が荒いな、気色の悪い。
特徴のない男子生徒の向こうでは、短髪が笑いながらカメラレンズを僕に向けている。
「ちょ、ちょっと!」
黒髪の焦ったような声が聞こえた。
「なにするつもり? 流石にやり過ぎッ」
「大丈夫だって! ちょっと分からせてやるだけだからさ、心配すんなよ、なあ?」
「そうそう、こいつの裸、お前も見たいだろ?」
振り返って答えた男子生徒たちに、黒髪の女子生徒が「なッ!」と唖然とした声を発した。
「う、嘘でしょ、ちょっと、ねえ!」
「天ヶ瀬のヌード、高く売れそうだよな、ファンの奴らが涎垂らして買ってくれそう」
「男も買うんじゃねえの? オカズにどーぞってさ」
「ヤバ、変態かよ」
「ねえやめてよ、そういうの流石にナシでしょ、ねえ!」
黒髪はやけに必死に思いとどまるよう彼らへ呼びかけている。
まだ多少の良心が残っていたか。
しかし、他の者達は倫理的に終わっているな。
最早手の施しようもない、これは後ほどお父様に、いや、校長にでも言って、早急に対処させよう。
「いいよ! 早くやっちゃいなよ!」
突然茶髪の声が響く。
「な、何言ってるの?」
「だって、だってそれくらいしないと! 天ヶ瀬君、自分が酷いことしてるって分かってくれないんだ!」
黒髪は更に動揺している。
見たところ普通の少女のようだったが、茶髪も倫理を持ち合わせていなかったか。
「大磯君が可哀想だよ! 騙されてるんだよ? 悪いのは全部天ヶ瀬君なんだから!」
「ねえ待ってよ、ねえ」
「やっちゃおう! SNSにも上げてよ、そしたら大磯君、きっと分かってくれるよ、天ヶ瀬君がサイテーだって知って嫌いになるよ!」
「おー、いいなそれ!」
「じゃあ拡散するか、天ヶ瀬財閥御曹司のヌード! ハハハッ!」
「やめて!」
「邪魔しないでッ、当然の報いなんだから!」
揉めている声と、囃し立てバカ騒ぎをするサルども。
さっきから不愉快でならない。
ごく薄く結界を張っているから実際のところ誰一人として僕に直接触れている者はいないが、しかしこんな真似をしていいのは健太郎だけだ。
随分と調子に乗っている。
「いいねえ! それ!」
短髪が笑ってまたシャッターを切る。
「なあ天ヶ瀬、ご愁傷様、アンタの天下もここまでだよ、精々反省しな!」
「こ、小岩ッ、あんたまで!」
「ほら男ども! 早く脱がせてやりなよ、動画で撮ってやるからさ!」
「よーし、天ヶ瀬 理央、十八歳、初めて脱ぎました、ってか?」
「小岩、エロく撮ってやれよ? ちゃーんとオカズになるようになぁ」
「オッケ、任せといて」
「やめてってば!」
うるさい。
加えてなんと悍ましい。
将来有望な者達の一助にならんと創立された我が校に、斯様な者達が通っていたとは、心底嘆かわしい。
腹の上のサルの手が僕の制服へ伸びる。
最早やむを得ん、少々手荒な真似をさせてもらおう。
これは僕に対する明確な害意であり、自衛のためという道理が成り立つ状況だ。
不意に、メロディが鳴り響く。
サルはハッとした様子で手を引き、他の者達もビクリと動きを止める。
音は僕のポケットからだ。
携帯端末への着信を知らせる電子音、これは健太郎専用のもの。
待てども僕が現れず、連絡を寄越してきたんだろう。




