番外編4 スウィート・ノイジー・ホワイトデー! 5
「さて! ケンちゃんもクイズに正解できたことだし、早速食べようよ」
「あ、ああ、そうだな!」
このステンドグラスクッキーの一枚一枚に、理央の愛と薫の想いが込められているのか。
俺が作って三人で仕上げたマカロンも愛情の塊だ。
本当に有難う。
まずはステンドグラスクッキーだな、一枚摘まんで口に入れる。
サクッとした歯ごたえと同時にパリンと割れるキャンディーの窓。
香ばしさの中に混ざる水あめの風味が優しい甘味のハーモニーを醸す。
「ケンちゃん、美味しい?」
薫が訊いてくる。
「健太郎、その、どうだろうか?」
理央もまだ赤い顔のまま俺の反応を窺う。
「んむ」
口の中いっぱいに広がる幸せを噛みしめ、飲み込んで、余韻を味わう。
こんなに美味しいクッキーは食べたことがない。
「最高に美味いよ!」
途端に理央と薫は顔を見合わせて、薫が「イエーイ!」と伸ばした手に、理央も控えめに手をパシンと打ち合わせた。
ああ、いい。なんて尊い光景だ。
今日はつくづく最高のホワイトデーだな!
「俺が作ったマカロンも食べてみてくれよ」
「うん、それじゃ、私はストロベリーから食べようかな」
「では僕はピスタチオを頂こう」
二人もそれぞれマカロンを摘まんで齧る。
じっくり味わって、笑顔で俺に美味しいと言ってくれた。
「マカロン生地もさっくり焼けてるし、ガナッシュの甘さと硬さも丁度いいよ、とっても上手にできました」
「よし!」
薫に褒められると感無量だ。
ふと、次に手に取ったストロベリーのマカロンを眺めながら、理央が呟く。
「いずれ、僕にもこれを作ることができるだろうか」
「できるよ!」
「ああ、理央ならできる!」
薫と一緒に頷く。
「だったら今度は俺とマカロンを作ろう」
「う、うん」
嬉しそうに頷く理央にキュン死ぬ。
本当に可愛いなあ。
薫も微笑ましげだ、優しい目で理央を見ている。
本当に有難う。
今日は三人でお菓子作りができてよかった。
「そうだケンちゃん、おばさまと加賀美さん、それから私のお母さんにもチョコを貰ったよね、お返しは?」
「とっくに宅急便で送った、薫のおばさんには後で持っていく」
「私、渡そうか?」
「おっ、じゃあよろしく頼む」
母さんと加賀美さん、藤峰のおばさんにはブランド物のフルーツボンボン詰め合わせを用意した。
洋酒漬けにした果物に砂糖をまぶしたやつだ。
お洒落だし、母さんと加賀美さんは酒飲みだから毎年喜ばれる。
藤峰のおばさんも結構いけるクチらしくて、母さんたち同様に毎年の楽しみだって言われてるんだよな。
「他には受け取ってないんだよね?」
薫に訊かれて、一瞬サラの姿が頭をよぎった。
だけどバレンタイン当日じゃなかったし、なにより羊羹だったからな、カウント外でいいだろう。
「うん、まあ」
チラッと理央が俺を窺って、何も言わずに紅茶を飲む。
「そっか、配るって言ってたけど、もしかして渡した方が多かった?」
「まあな」
「―――来年は」
ふと理央が呟く。
「認めないよ」
「え、なに?」
首を傾げる薫に答えず、俺も紅茶を飲む。
気まずい。
来年は配る用なんて作りません。
勿論、他の子からも受け取りません、俺はいつだって理央一筋です。
不意に玄関から来賓を告げるチャイムが鳴り響く。
「ん?」
誰だろう、通販は頼んでないし、回覧板か?
立ち上がってインターフォンの映像を確認しに向かおうとすると、それより早くガチャガチャと鍵を鳴らす音がした。
もしや、母さん?
いや―――まさか親父じゃないだろうな!?
慌てて廊下に飛び出し玄関へ走る!
スリッパのまま三和土へ降りると同時にドアが開いた!
「だッ」
「お義兄様ぁ~ッ!」
っと! とっ! あぶない!
唐突に現れたサラと正面衝突しかけた!
至近距離で目を丸くするサラは、不意に頬をポッと赤く染める。
「お義兄様ったら、そんな、激しい」
「いやっ!? サラこそ何しに来た?」
っていうか、うちの鍵持ってるのか!?
固まっているといきなり背中をぐいっと強く引っ張られる!
おっとと、と、理央?
上り口に連れ戻され、ギロリと睨まれた。
ち、違うって!
今のは偶然が重なってああなっただけだ、俺は別に歓迎してないし、そもそも呼んでない!
「あれ、その子誰?」
薫まで来たか。
尋ねられたサラは改めて俺達に向かってぺこりとお辞儀をする。
「ごきげんよう、私、健太郎お義兄様の妹で、大磯サラと申します」
「あ、君がサラちゃんなんだね」
「はい!」
明るく答えるサラに、薫はニコニコと話しかける。
その様子を内心穏やかじゃないまま見守っていると、理央がこっそり耳打ちしてきた。
「何故、彼女がここにいる」
「知らないよ、あ、いや、でも」
「なんだ?」
「一応、貰ったから、羊羹」
お返しを受け取りに来たのかも。
だとすれば相当厚かましい、理央も溜息を吐く。
「実は、今日はホワイトデーと伺いまして」
薫と話していたサラが、ふと持っていた紙袋から何かを取り出し、俺に差し出す。
「改めまして、お義兄様、こちらはお返しです」
「は?」
いや、貰ったのは俺なんだが?
思いがけず呆気に取られると、サラは少し気まずげに「その、バレンタインは大変失礼いたしましたので、お詫びも兼ねてです」と理由を説明する。
つまりこれは、厳密にはバレンタインのお返しというより、やり直しってことか。
そういうことなら、まあ、いいか。
包みを受け取るとサラはホッとした表情を浮かべる。
「中身はクッキーです、今回はしっかり選んでご用意いたしました」
「そうか」
「では、お義兄様、天ヶ瀬様、藤峰さん、ご歓談の最中にお邪魔いたしました、私はこれにて失礼いたします」
「あ、ちょっと待って!」
帰ろうとするサラを、薫が呼び止めた。
「せっかく来てくれたんだし、よかったらお茶でも飲んでいかない? ちょうど今、皆で作ったお菓子を食べていたところなんだ」
「えっ」
「それに、貴方もケンちゃんにバレンタインのプレゼントをしたなら、お返しを貰わなくちゃ」
薫!?
まさかの展開に唖然とする。
理央もだ、ポカンと立ち尽くしている。
俺達の間に何があったか薫は知らないから!
でもこの状況は完全に想定外だ、勘弁してくれ、サラも何で今日に限って家に来た!
「いえ、あの、お邪魔になってしまいますので、私はこれで」
サラも慌てて断るが、薫は問答無用でサラの手を掴んでニコニコと笑いかける。
「気にしなくても大丈夫、それに貴方はケンちゃんの妹さんでしょ? 私、お話したかったんだよね」
「えーっと」
どうすればいいか困り切った表情でサラが俺を見る。
俺も咄嗟に判断がつかない。
薫に嫌だって言うのか?
サラを無理やり追い出すのか?
どうすればいい、どうすれば!?
「ほら、上がって上がって!」
「えっ! あっ!」
あっけなくタイムリミットが来て、薫はサラを家に上げてしまう。
ううう、俺のバカ!
優柔不断だったせいで~ッ!
「あ、サラちゃんの分のお茶もすぐ用意するね」
「あのっ、お構いなく!」
薫に半ば引きずられるようにしてリビングへ連行されるサラを、玄関に立ち尽くしたまま見送っていると、隣で理央が溜息を吐く。
不甲斐なくて申し訳ない。
理央は俺を見上げてもう一度溜息を吐き、「戻ろう」と言ってリビングへ向かう。
「り、理央っ」
「なんだい?」
「その、いいのか?」
立ち止まり、振り返った理央は「いいも何も」と呆れたように答える。
「客人として既に招き入れてしまったんだ、今更無碍には出来ないだろう」
「それはそうだけど」
「僕も腹を括ろう、だが」
そう言って、戻ってきて俺の肩を掴む。
なんだ?
って、ん!
キス、された。
急に心臓の音が早い。
固まる俺を色素の薄い瞳が覗き込む。
「後ほど、充分なケアを所望する」
「お、おう」
「それに今日はホワイトデーだ、どちらにせよ二人きりで過ごす時間が欲しい」
お、俺も!
俺達が付き合い始めて最初のホワイトデーだし、たくさんイチャイチャしたい!
キスもしよう、俺もお前と二人きりで過ごしたい!
「分かった」
頷いて、俺からも理央にキスする。
唇が離れると、理央はクスッと笑って胸に凭れてきた。
その背中を撫でる、柔らかい、温かい、俺の可愛い理央。
白くてしなやかな手を取り、お互い顔を見合わせて、今は大人しくリビングへ戻る。
それにしてもだ。
バレンタイン、ホワイトデーと、俺達が付き合い始めて最初の恋人同士のイベントだっていうのに、どうも一筋縄じゃいかないな。
この先も思いやられるようで若干鬱だ。
きっとまた何かあるんだろう、なんてフラグを立てるものか。
次は俺の誕生日? はぁ、勘弁してくれ。
酒屋のアンジェロが両手に女神だなんて抜かしていたが、当事者からすればそんなことはないし、俺の周囲はまだまだ落ち着きそうにない。
リビングに戻ると薫は早速サラにお茶とさっき作った菓子を勧めつつ、まだ戸惑っているサラに色々と話しかけている。
その様子に、理央と顔を見合わせて苦笑した。
バレンタインにホワイトデー
ある意味、忘れられない思い出ができたな。
いつか笑い話になってくれるといいんだが。
(番外編/スイート・ノイジー・ホワイトデー!:了)




