そして、これからも彼女と 4
「帰る家もなく、行くあてのない私はマミィの手紙を頼りにダディを探し出し、結果としてお義母様のこと、そしてお義兄様のことを知りました」
多分、サラが最初にコンタクトを取った相手は母さんだろう。
親父の居場所が分かったところで会いに行く手段がなかったとか、状況が容易に想像できる。
一方で母さんならまだ常識の範囲内だ。
俺の母さん、大磯 真理愛。
巷では『マリア・九重』として知られる―――世界的なオペラ歌手。
ちなみに九重っていうのは母さんの旧姓だ。
「だから、不躾を承知で、けれど他にあてもなくて、お義母様におすがりして助けていただいたのです」
「君はつくづく面の皮の厚い恥知らずだな、よりにもよって健太郎の御母堂をあてにするなど、呆れて物も言えない」
「すみません」
サラは縮こまるし、理央の言うことももっともだ。
俺はなんだか疲れてきた、紅茶もすっかり冷めたし、淹れなおそう。
ソファから立ってキッチンへ向かう前に理央の髪を軽く撫でてやる。
見上げる理央に軽く笑ってから、紅茶のカップを片付けた。
お前も疲れただろ?
傍にいてくれて有難う、助かってるよ。
キッチンで紅茶を淹れなおす。
理央の隣に戻ると、手を軽く握られた。
俺も理央を見て、同じように手を握り返す。
「お義母様に保護していただいて間もなくダディも私を尋ねて来てくださいました」
話の続きを始めたサラが「でも」と口ごもる。
「その、ダディはその時お義母様に」
言いよどみ黙り込んだサラの言葉の先が俺には容易に想像がつく。
つまり、問答無用でボコボコにしたんだろう。
いつもの流れだな、浮気判定が出ると同時に一切のやり取りを蹴ってまずはボコる。
そうして血塗れになった親父が土下座しながら必死に訴えるのを、母さんは仁王立ちしながら聞いてジャッジを下す。
何度見たか分からない光景だ、最初の頃は怖すぎて夢にまで出たもんだ、懐かしい。
それにしても、さっきから理央の前で延々と身内の恥を晒されている。
心底居たたまれない。
こんな俺と婚約するのはやっぱり無理だとか思われたらどうしよう、母さんはともかく、うちの親父を身内に迎えたくないなんて言われたら。
そうなったら俺は、俺は―――実の親父と言えども縁を切るか。
最悪は、いっそこの手にかけるしかない。
理央にギュウッと手を握られて我に返る。
心配そうに俺を見つめて、首をフルフルと横に振った。
え、またも読心術?
理央凄いな、流石魔女だ、俺の考えが読めるのか。
サラがコホンと咳払いして話を続ける。
「と、とにかく、私はダディに認知していただけることになり、お義母様も娘として受け入れると仰ってくださいました」
「母さんが?」
「はい、本日ご挨拶に伺うことも伝えてありますので、後ほどご連絡があるかと思います」
まあ、母さんならそうするだろう。
確かに怖い人だが、同じくらい義理人情に厚い人でもある。
自分の夫がやらかして作った子が天涯孤独のうえ寄る辺を失くし、路頭に迷っているなんて知ったら放っておかないよな。
「なるほど、事情は分かった」
分かったが納得したわけじゃない。
俺とサラがまさかの異母兄妹だったとは。
この前の試練の時のような嘘じゃなく、今度は本当の話ってわけか、はあ。
だが、待てよ?
ということはつまり、一時的であれ俺は妹と恋人だったってことか?
うッ―――最悪だ。
まかり間違ってハグだのキスだのやらかさなくて本当によかった。
「あの、お義兄様、こちらもどうぞ、受け取ってください」
サラはバッグからさっきと違う手紙を取り出して俺に渡す。
やたら触り心地のいい綺麗な封筒だ、うっすら知っている香りが漂う。
これは、母さんの香水?
というか差出人はまさしく母さんだ!
急いで取り出した便せんに書かれている内容に目を通す。
横から理央も俺の手元を覗き込む。
『ママの可愛い健太郎君へ。
突然ですが、なんと貴方に妹がいました!
ママもビックリしています、パパのことはきっちり〆ておくので怒らないでね?
(流石に殺しはしないので、そこは安心してください)
色々と思うところはありますが、年頃の女の子を独りにはしておけません。
養子縁組の手続きを済ませて、私たち家族の一員として迎え入れることにしました。
相談もせずに決めてごめんなさい。
だけどどうか、健太郎君にはお兄ちゃんとして、まだ幼い彼女を支えて欲しいと願っています。
すぐには難しいかもしれませんが、お互いに歩み寄って仲良く。
きっと健太郎君なら大丈夫、ママはそう信じています。
PS.理央ちゃんとはどう? 今度絶対に会わせてね!
急に娘が二人も出来てどうしよう! 実はちょっとワクワクしています!
君の大好きなママより』
うっ、試練はとっくに終わったはずなのに、また頭痛がする。
便箋を畳んで封筒に戻すと、理央が気遣うように背中をさすってくれた。
そうだよな。
母さんは俺達とサラの間に何があったかなんて知らないんだよな。
「お義兄様」
サラが控えめに声を掛けてくる。
「その、私は駅の方にある、お義母様が事務所として契約なさっている部屋を貸していただいたので、当面はそちらに住まわせていただくことになりました」
あのオートロック付きのマンションか。
確か最上階だったな、見晴らしのいい広い部屋で、母さんの秘書の加賀美さんが住居として利用していたはずだ。
「ええと、加賀美さんは?」
「はい、ミス加賀美も一緒です、色々とお気遣いいただいてそうなりました」
ふーむ、なるほど。
確かに二人暮らしなら防犯の面でも安心だ。
加賀美さんは俺の面倒も見てくれているしな、本当にあの人は仕事ができるし、人としても人格者な格好いい女性だ。
おまけに美人で胸もデカい。
って、いててッ、なんか手の甲をちょっと抓られたぞ。
理央ってマジで俺の心が読めるんじゃないか?
「家賃も生活費も負担してくださると仰っていただけましたが、流石にそこまでご迷惑はおかけできないので、当面は借金ということでお願いしています」
「借金?」
「はい、よい機会なので、社会を知るためにもアルバイトをしようかと」
そうか、偉いな。
「でも、私の年齢では働けるところがあまりなくて、なので暫くはミス加賀美のお手伝いをさせてもらいます」
ん?
サラも俺達と同じ十七歳なら、バイトくらい幾らだってあるだろう。
確か駅前のコンビニでも募集してたぞ?
「君、歳は幾つだ」
不意に理央がサラに訊く。
「四月で十四歳になります」
「えッ!」
じゅ、十四!?
だってサラ、俺のクラスに転校生として編入してきただろ!
「年齢までも詐称していたのか」
呆れる理央に、サラは軽く肩をすくめる。
「はい、すみません」
「まったく」
どうりで幼い雰囲気なわけだ。
同じクラスの愛原もいまだに小学生と間違われるって聞いたから、同じ系統なだけかと思っていた。
「学校も、お義母様が手配してくださって、来週から中学校へ通うことになっています」
あのマンションから通うなら、俺と薫も通っていた中学だろう。
つまりサラは俺達の後輩にもなるってことか。
「ここで暮らすのは二度目ですが、以前とは状況が違うので、改めて戸惑うことが多そうで」
そう言ってサラはやっと紅茶を一口飲む。
理央も俺が淹れなおした紅茶を飲んで軽く息を吐く。
「お義兄様」
サラが居住まいを正して俺を見る。
「よければ私に、普通の女の子のことを教えてください」
「俺?」
「はい、女の子、というか、普通の生活の送り方、普通の―――友達の作り方を、教えて欲しいのです」
それは―――
ここまでの話で、サラの生い立ちについては何となく理解した。
元は母子二人の慎ましやかな暮らし、世話してくれた人はいたようだが、それでも周囲からは浮いていたんだろう。
多様性の時代と言っても行きずりの男の子を身籠った結果の母子家庭だしな、多分偏見はどうしてもある。
友達だってその頃から少なかったような雰囲気だ。
そしてたった六歳で母親を亡くし、かつて母親を不条理に追い出した家に引き取られはしたものの、今度は零落した家の復興なんて重責を負わされ、魔女として育てられた。
俺には想像もつかない激動の半生だ。
まだ十四、いや、四月に誕生日ならまだ十三歳だってのに。
俺も、小さな頃から両親ともに不在気味で育ての親はほぼばあちゃんだが、めいっぱい愛情を注がれた。
母さんも、親父だって癪だがたまに帰ってきた時は、鬱陶しいほど俺を可愛がろうとする。
隣家の藤峰夫妻は俺を実の息子のように気遣ってくれるし、実の息子の薫に至っては俺にとって一番の親友で、兄弟同然の存在だ。
でもサラは違う。
母親からは愛されていたようだが、その母親を亡くして、引き取られた家からも追い出されてしまった。
今回の一件は自業自得だ。
でも他に寄る辺のないサラと俺とは半分だけでも血が繋がっている。
あのクソ親父の血だってところは微妙だが、理央を奪った俺を兄さんなんて呼んで、必死に新たな関係を構築しようとしている。
俺も、お前も、まだ一人じゃ生きていけない子供だ。
―――それなら、少しくらいは力になってやりたいよな。




