そして、これからも彼女と 3
「サラ、俺もそろそろ話していいか?」
「勿論です、お義兄様」
うっ、その呼び方はやっぱりキツい。
親父のやらかしを改めて目の当たりにしている気分だ。
あの最低最悪の下半身脳野郎め。
よくも母さんを裏切りやがって、今度という今度は絶対に許さん。
「その、俺の親父が君の父親だっていうのは、間違いなく本当なのか?」
「はい」
隣から理央が「証拠は」と言う。
そ、そうだ、うっかりしていた!
日頃の行いがアレ過ぎて鵜呑みにしたが、サラがそうだと言っているだけで事実を証明するものは何もない!
「こちらをご覧ください」
サラは持っていたバッグの中から何かを取り出して俺に差し出す。
これは、手紙?
随分古いものみたいだ。
表書きに外国語の文字が書かれていて『サラ』の部分だけなんとか読み取れる。
「どうぞ、中を読んでください」
言われるまま封筒から取り出した便箋を開いて―――読めない。
これどこの国の文字だ? 英語、じゃなさそうだ。
フランス語?
うう、全然分からない。
眉間にしわを寄せていると、隣から覗き込んできた理央が文面をつらつらと読み上げてくれる。
「愛する娘、サラへ。
可愛い貴方を残して逝かなければならない悲しみは、到底耐えがたいものです。
貴方は私と違って、とても強い力をもって生まれてくれました。
だからきっと私がいなくなっても、私の家族が貴方の面倒を見てくれます。
サラ、あの人から授かった奇跡の光。
いつかもし、貴方が極東の地を踏むことがあったなら、どうかダディを尋ねてください。
名前はメタロウ オオイソ。
貴方にはダディは一所に留まらない旅人と伝えましたが、本当は家族があり、私は無理を言って貴方という尊い命を彼に授けていただきました。
そのことを今も感謝している、今も変わらず貴方をお慕いしていると伝えてください。
愛しい娘、サラ。
貴方は光。
私にとって唯一無二の希望でした、たくさんの幸せを有難う。
母より」
これって、サラの母親は既に故人ってことか?
畳んだ便箋を封筒に戻してサラに返す。
「えーっと」
何をどう言ったらいいのか。
メタロウ オオイソは大磯 愛太郎、親父の名前で間違いない。
でも無理を言って授けてもらった?
つまり親父がスケベ心を出して母さんを裏切ったわけじゃない?
意味不明だ、これだけじゃ変わらず何も分からない。
どちらにせよサラが生まれている地点でヤツはギルティだが、事実は一体何がどうなっている?
「健太郎」
不意に理央が話しかけてくる。
「便箋の隅にあった染みに気が付いたかい?」
「え? ああ」
「あれは血痕だ」
「は?」
「恐らく君の父君のものだろう」
えっ!
唖然としていると、サラが「そうです」と頷く。
「マミィがこっそり採取して、ダディの痕跡として残しておいてくれました」
「な、なんで?」
DNA鑑定でもする目的で?
「血液からその持ち主を特定する人探しの術があるのさ」
理央が種明かしをしてくれた。
マジか。
それでサラは俺の親父が自分の父親だと知ったのか。
「今を遡ること十数年前、とある田舎町で暮らしていたマミィは、旅の途中のダディと出会ったそうです」
サラが母親の手紙を補完するように昔のことを語り始める。
「マミィは名門グロウリー家に生まれましたが、魔力に恵まれず、出来損ないと罵られ、家を追い出されて、独りぼっちで暮らしていました」
孤独な日々を送る中、サラの母親は俺の親父と出会ってしまった。
そう聞いただけで状況が容易に想像できてしまうのが鬱だ。
俺の親父は生き物全般にとにかく好かれる。
俺も動物や子供、高齢者に割と好かれる性質だが、程度が違う。
特に『性別:女性』からの無条件な好感度の高さは異様の一言だ。
母さん曰く、だから一か所に留まらないよう、冒険者なんかやっているらしい。
うっかりすると速攻でハーレムが形成されるからだとか何とか、バカみたいな話だが、息子としてはまったく笑えない。
しかも奴自身はそんな自分の異常性を『個性』で片付けるような適当で、軽率で、親としての役目なんてろくに果たしもしない、ろくでなしの親父モドキだ。
口では母さん一筋なんて言いながら女性絡みのトラブルが絶えず、俺が覚えている限りでは大抵母さんから鉄拳制裁を喰らっていた。
我が家の恥、俺の反面教師としての側面も強い。
「そしてその頃、マミィは生活が苦しかったこともあり、体を壊し、お医者様からも恐らく数年の命だろうと余命宣告を受けていたそうです」
人生に何一つとして希望を見出せないまま独りで逝こうとしていたサラの母親の絶望感、悲しみは、こうして話に聞くだけでも想像に難くない。
そこに現れた親父は、まさしく太陽のような存在だったそうだ。
どうか救ってくれと手を伸ばさずにいられないほどの。
しかし親父は、意外にもその願いを一度断ったらしい。
「愛する妻がいる、彼女を裏切ることはできないと、そう告げられたマミィはたまらず町を飛び出して近くの断崖絶壁へと走り―――」
は、何?
唐突に急展開だな。
「そのまま海へ身を投げたそうです」
「えっ!」
「貴方の愛を得られないなら、いっそ死んでしまいたい、と」
わ、わぁ、マジかーッ。
だがサラはこうして生まれているし、親父はそれでやむを得ず関係を持ったのか?
正直とんでもないぞ、命を盾に取って脅されてとか、やり口が完全にヤのつく自由業のそれじゃないか。
さっきの手紙にあった『無理を言って』がまさかそんなとんでもない話だったとは。
「ダディはすぐご自身も海へと飛び込みマミィを助けてくださいました、そして一度限りなら、と、愛を授けてくださったそうです」
隣を見ると、理央も複雑そうな顔で黙り込んでいる。
―――もし俺が親父と同じ状況になったらどうするだろう。
理央以外とそういうことは絶対したくないが、命を盾に迫られたら?
ううッ、結論が出せない。
「そしてマミィは、そのたった一度の愛で私を授かりました」
つくづくとんでもない話だ。
なんて言うか、サラって母親似なんだな。
恋に狂って暴走するところなんかそっくりじゃないか。
「けれど、マミィはそのことをダディにお伝えしませんでした、私さえいればあの夜をいつでも思い出せる、二人だけの素晴らしいひと時を汚すようなことはしたくない、それが理由だったそうです」
どこまでも自己中心的だな。
圧し負けて子作りした親父も親父だが、ひっそり生んだサラの母親もどうなんだ。
流石に無理を言った手前気が引けたのか、騒ぎ立てて思い出を汚したくなかったのか、だが結局こうしてサラは俺の妹として名乗りを上げた。
隠す気が合ったなら最後まで隠し通してくれよ、親のエゴを感じる。
「私が六歳の頃、マミィは大いなる源へと還られました」
亡くなったってことか。
独特な表現だな、しかしサラはたった六歳で天涯孤独になったのか。
「その折に、私達母子を長年支えてくださっていた方が連絡を取ってくださり、私はグロウリー家に引き取られることになりました」
そしてサラはグロウリー家で魔女としての修行を積んだらしい。
「確かイタリアの、黄に連なる家系だったか」
「はい」
理央は知っているんだな。
そう言えば天ヶ瀬家は青天の盟主とか呼ばれていたが、魔女ってもしかして色分けされているのか?
まあ、取り敢えずそれはいい。今はサラの話を聞こう。
「グロウリー家は随分前から跡継ぎに恵まれず、最早魔女の家系とは名ばかりの、実質的には魔術師に落ちぶれた家となっており、私は魔女として一族の復興を託されたのです」
「君如きの魔女に?」
理央の言葉にサラは「そうですね」と苦笑する。
魔女、魔術師、何か違いがあるのか。
そういった全般とこれまで無関係に生きてきた俺からすれば、どのみちとんでもない話だ。
「しかし、今回の一件で私も一族を追放されてしまいました、天ヶ瀬様に楯突く愚か者に跡目は継がせられないそうです」
「なるほど、落ちぶれるわけだな、その話であらかた程度が知れる」
「ふふ、耳の痛い話ですが、私も元よりグロウリーを再興する意思などありませんでしたので」
「君も君だ、くだらない」
「はい、仰る通りです」
俺は少しだけ同情する。
だけどサラのやらかしや、娘を追い出すような家に肩入れする気もない。
結局が成るように成ったってことなんだろうか、よく分からないな。




