喪失とカノジョ 3/後
「大丈夫か?」
天ケ瀬 理央。
どうして?
急に胸がドキドキして苦しい、堪らないような気分が込み上げてくる。
「お前、なんで」
「君の様子が気になってね、ほら、僕に掴まれ、立てるか?」
「あ、ああ、サンキュ」
少し頭痛が和らいだ気が―――うぐッ!?
い、痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッッッ!!
「うぐうぅッ!」
「健太郎!」
えっ、なんで?
どうして俺を、名前で、呼ぶ?
「へ、平気」
「無理をするな」
天ケ瀬は俺の片方の腕を自分の肩に回して担ぎ、支えてくれる。
思いがけず密着した体は柔らかくて細くて、なんだか無性にムラッとする。
だけど同時に頭痛だ、痛いッ、何なんだよマジで、チクショウ!
いい匂いだ、落ち着く匂い。
それなのに頭が痛くて吐き気までする。
クソッ、いい加減にしろ!
「な、なあ、天ヶ瀬」
間を置いて天ヶ瀬は「なんだい?」と訊き返す。
「お前ってさ、いつから俺のこと名前で呼ぶようになったんだっけ?」
「えっ―――さあ? いつからだったかな」
はぐらかした?
いや、でも、俺に覚えはない、はず。
「嫌かい?」
「別に」
「そうか」
名前なんて好きに呼べばいい。
それに天ケ瀬に名前で呼ばれるのは悪くない、むしろ何故か少し嬉しい。
「じゃあ、俺も名前で呼ぶかな」
気晴らしに軽口を叩くと、天ヶ瀬はクスッと笑う。
―――可愛い。
「構わないよ、君ならば」
「そうか? じゃあ」
理央、と名前を口にする。
改めていい響きだ、お前に似合いの―――うぐッ!?
な、なんだ? 頭痛がッ、急に、酷くッ! あッ、あがッ、あああああああああああッ!
痛いいいッッッ!!
あ、あたまが割れるッ、ぐッ! ぐううううううううッ!
「健太郎!」
あがッ、ぐあああッ、あがぁッ!
いたい! いたい! いたい!
いや、だぁッ、お、おもい、だせッ! ぐああッ! あがッ、があああッ!
あがッ! ぎいッ、ぐッ、うぅううッ、ぐううぅぅうーッ!!
「健太郎ッ!」
あ、あま、がせの、声?
いッ、いたい、いたい、いたい。
「ゆっくり息を吸って、吐いて、そうだ、ゆっくり、ゆっくり」
はぁッ、はぁッ、はぁッ!
背中をさする手の感触―――落ち着く。
言われるままに深呼吸を繰り返して、はあーっ、吸って、はあーっ、吐いて、はあーっ。
「そう、落ち着いて、大丈夫だよ、ゆっくり」
はっ、はぁ、はぁ。
―――頭痛が、少し収まってきた。
脂汗が酷い、眩暈もする、かなりグロッキーだ。
「わ、悪い」
「構わなくていいさ、それよりも早く保健室へ行って休もう、歩けるかい?」
「ああ」
天ケ瀬に支えられて歩き出す。
俺より細くて華奢なのに、デカいこの図体をしっかり受け止めてくれる。
優しいな。
そんな義理もないのに授業までサボって、有難う。
「ねえ、健太郎」
「え?」
「焦る必要も、不安になることもないよ」
「うん」
不思議と気分が安らぐようだ。
柔らかくて穏やかな俺を気遣う声、もっと聴いていたい。
「君は大丈夫」
「でも、俺、感染る病気かもしれないんだ、だから」
「構うなと言っただろう」
「あ、ああ」
「僕なら気遣い無用だ、それよりもっとしっかり掴まるといい、保健室はもうすぐだよ」
「悪い」
「謝る必要もない―――頑張れ、健太郎」
その一言がやけに胸に響く。
天ケ瀬の様子を窺うと、どこか傷付いているような、思い詰めているような気配を感じた。
なんでだろう?
気になった拍子に何故か俺の手は天ヶ瀬の目の縁を指で拭っていた。
あれ? え、何やってるんだ?
天ケ瀬は泣いてもいないのに。
ポカンとする俺と、同じように天ヶ瀬もはたとこっちを向いた。
「あ、ええと」
「何?」
「いや、その」
自分でも分からず戸惑っていると、不意に天ヶ瀬が笑う。
柔らかくて優しい―――ああ、まるで花みたいな笑顔だ。
「大丈夫」
呟いて天ヶ瀬は俺を担ぎ直す。
「僕は信じている」
「え?」
「君はいつだって乗り越えてきた、だから、今回も信じる」
「何を?」
「さて、でも君は、いつでも格好いい奴だからね」
「お、おお」
急に褒められた。
嬉しいついでに頭痛もまた和らいだような気がする。
「なあ、天ヶ瀬」
「なんだい?」
「有難う」
どういたしまして、と微笑み返してくれる姿がやけに眩しい。
不思議だ。
こうして天ケ瀬と話して、触れ合っているだけで、すごくしっくりくる。落ち着く。
大丈夫だと言われると本当にそんな気がしてくる。
妙な話だが事実だ、余計なことを考えるまでもなく(そう)なんだと納得がいく。
思いがけず知ったな。
天ケ瀬は、実はすごくいい奴だ。
俺達って案外気が合うのかもしれない―――なんてな。




