番外編/幕間 初めての…… 4
「カレーいい匂いだったなあ」
「だが君、味見を断っていただろう」
「そりゃやっぱり楽しみは取っておきたいからな、後の感動のために我慢したんだ」
「なるほど、高尚だね、君にとってカレーとはそれほど価値のある料理なのか」
「もっちろん!」
「僕も君に作ってやれたらな」
ちょっとシュンとなる理央を見て、俺も切ない。
カレーは火も刃物も使うからなあ。
「じゃあ今度、俺の家で一緒に作ろう」
「えっ」
「危ないところは俺がやるからさ」
「いいのか?」
「勿論」
途端に理央は瞳をキラキラと輝かせて「では是非!」と嬉しそうにする。
可愛い、俺も一緒に作るの楽しみだ。
何ならニンジンは星形にカットしてやろう、驚く理央の顔が目に浮かぶぞ。
部屋に戻る途中でメイドさんに声を掛けられて、理央の部屋じゃなく食堂に近い客間でおにぎりを食べることにした。
俺達がテーブルに着くと、メイドさんはお茶を淹れてくれる。
「さて、食うか」
「ああ」
俺は理央が握ったおにぎりを、理央は俺が握ったおにぎりを、お互い手に取る。
―――あれ?
理央のおにぎり、いつもよりデカい気がする。
「おっ、これ具が二種類入ってる」
「驚いたかい?」
「ああ」
「おにぎりの中に具が一つという固定概念を覆してみたのさ、我ながら意欲作だよ」
「へえ、斬新だな」
理央は爆弾おにぎりの存在を知らないのか。
得意そうな顔が可愛いから、このことは俺の胸にしまっておこう。
おにぎりを食べ終えて、お茶を飲みつつ喋っていると、メイドさんが晩飯の用意ができたと呼びに来てくれた。
いよいよ神のカレーか!
そして理央と一緒に作ったサラダも! 唐揚げも!
全部楽しみ過ぎてワクワクが抑えられないッ!
早く食べたい~ッ!
廊下に出ると辺りは既にスパイスの堪らない香りで満たされていて、食堂に入った途端、俺の意識は悠久の歴史の如きガンジスの流れに飲み込まれる。
おお、これぞ夢にまで見たガンダーラ!
テーブルの脇に置かれたカートの上に整然と並ぶ三つの寸胴。
俺達が席に着くと、メイドさんが真っ白な皿に香り高いサフランライスを盛ってくれる。
焼きたてのナンもあるのか、最高!
そして寸胴からソースポットに注がれて置かれる三種のカレー!
併せて次々と並べられる揚げ物の皿!
唐揚げ! とんかつ? エビフライ!? こ、こんな贅沢いいのかよ!
そして俺と理央が作ったサラダ。
全部美味そう!
あ、圧倒的感謝ぁッ!
有難う料理長! 有難う理央! そして有難う遥かなるインディア!
「いただきます!」
両手をバチンと打ち鳴らす!
さーて何から行くか?
ラッキョウと福神漬けまで用意してあるあたり、完璧なホスピタリティだな。
生きててよかった。
数多の命の幸せをカレーと一緒に噛みしめようッ!
「大磯様、どうぞ、ラッシーでございます」
「おお、有難うございます!」
ラッシーまで出てきた、神か!
「どちらのカレーからお召し上がりになられますか?」
「えッ!」
理央を見ると、メイドさんがサフランライスにカレーをよそっている。
なるほど、セレブは自分で注がないんだな。
「あ、それじゃ」
お言葉に甘えて。
理央と作ったサラダを指す。
「そのキャベツのサラダをお願いします」
「えっ」
メイドさんと、理央まで驚いたように俺を見る。
まず最初はこれだろ?
だって俺の好物だ、一番に食べたいじゃないか。
「健太郎、君」
理央の視線を感じつつ、取り分けてもらったサラダを食べる。
「ん! んまい! んまいふぉふぉれぇ、りお!」
「口に入れて喋るなと言っているだろう」
「ふぉ」
モグモグ、ゴクン。
はー美味い。
キャベツに味がしっかり染みてて最高だな、幾らでも食えそうだ。
「まったく」
理央は嬉しそうにニコニコしている。
俺も嬉しい、さて! 次はいよいよカレーを食うぞ!
まずチキン、そしてビーフ、サグマトン。
サグカレーって日本では主にほうれん草のカレーを指して言うが、サグは北インドでからし菜のことだ。
このカレーにはホウレンソウが入っていないから、恐らくからし菜を炒めてペースト状にしたものを使っているんだろう。
本格的で美味い!
ビーフはごろっとしたデカい肉がたくさん入っていて最高、チキンは優しい辛さの中に風味とコクがあってクセになる。
ああ、どれも美味過ぎる。
唐揚げも美味い、ジューシーなモモ肉、さっぱりしたムネ肉、そして食べやすいササミ。
とんかつは肉汁たっぷりで衣はサクサクだ!
このエビフライでか過ぎじゃないか? えっタルタルソースも用意してある、大きめに刻んだピクルスの食感がいい!
はわ、はわわっ、はわわわわわ~~~~~ッッッ!
ラッシーも冷たくてさっぱりして美味しい。
理央のサラダは勿論美味いし、満たされ過ぎて解脱してしまう。
ああ、心は彼方の天竺へ―――極楽浄土が見えてきた。
圧倒的な幸福感に包まれつつ、気付けば腹も膨れてすっかり満たされた。
凄いな、理央の労い。
改めて俺は幸せ者だ、本当に有難う。
「その様子だと満足したようだね?」
いつの間にか傍に来ていた理央が俺を覗き込む。
「しかし、あの量のカレーと揚げ物をほぼ食べてしまうとは、恐れ入る」
「理央のサラダが一番美味しかった」
「まったく、君って奴は」
ちょっと照れた顔が可愛い。
「さて、動けるかい? 別室で少し休もう」
「うん」
椅子から立ち上がり、膨れた腹をさすりつつ理央と一緒に近くの客室へ移動する。
ソファに掛けて何気なく窓を眺めると、暗い窓ガラスに室内と俺達の姿が映り込んで見えた。
「今、何時くらいかな」
「時刻が気になるのかい?」
「ああ」
「何故?」
「そろそろ帰らないと、こんな暗くまで女の子の家にいるのは失礼だ」
俺は男だから不謹慎だしな。
多少腹がこなれてきたら、名残惜しいが帰るとしよう。




