番外編/幕間 初めての…… 2
「ねえ、健太郎」
「ん?」
「―――ところで、この程度で満足してもらっては困るのだが」
「えっ」
理央は不意にニヤリと笑う。
な、なんだ?
「君の婚約者であるこの僕が、たったこれしきの労いで君の偉業を称えるわけがないだろう」
「お、おお?」
「故に、覚悟したまえ」
なんだろう。
随分勿体付けるな。
「本日の晩餐は、カレー尽くしだ」
―――えっ?
―――カレー?
カレー尽くし、だと!?
それはどういうことだ、詳しく!
詳しく話を聞かせてくれ!
「では、予定している内容を伝えよう、心して聞きたまえ」
「ッツ! はい!」
「まず、国産ビーフをふんだんに使い、数時間かけて煮込んだビーフカレー」
「お、おおっ」
「そして定番のチキンカレー、挽きたてのマサラをたっぷり使った本格志向だそうだ」
「おおおおっ!」
「最後にこだわりのサグマトンカレー、君はやはり肉が食べたいだろうからね」
「おおッ、うおおおおおッ!」
「勿論から揚げも用意するよ、ムネ、モモ、ササミ、あとは晩餐までのお楽しみとしよう」
「ま、マジか? マジなのかッ?」
「ああ、マジさ」
やッッッッッたぁぁぁぁぁーッ!!!!!!!
カレーだカレー! カレー祭りだッ、天ヶ瀬邸のシェフが手掛けた美味いカレーを三種類も食える!
うわーどうしようッ、今飯を食ったばかりなのにもう腹が減ってる!
ああッ、楽しみだ、楽しみ過ぎるッ!
早速夜が待ちきれない!
「で、でも、それじゃ俺、夜までこのままお邪魔しないといけないんだけど」
「ああ、ゆっくりしていきたまえ」
有難う理央! 有難う天ヶ瀬邸のシェフ!
俺は世界一の幸せ者だ!
今夜は極上のカレー三種と絶品から揚げで優勝だ! ここはこの世の天国か!
―――しかし、理央と一緒に飯を食うのも四日ぶりなんだよな。
改めて感慨深い。
日常がいつまでも変わらずに続くなんて保証はどこにもないんだ。
俺が期限内に試練を乗り越えられなければ、今ある幸せも当然得られなかった。
理央だって家を追い出されていたかもしれない。
そうなったら、俺はどうしただろう。
あの四日間のことを思い返すと、やっぱり碌なことにはならない気がする。
「その」
また理央がモジモジしている。
今度は何だ?
「僕も、君のためにおにぎりを作ろうかな」
「え!」
やった!
あ、それなら今日は俺も一緒に!
「じゃあ理央、一緒に作ろう」
「え? あ、うん!」
「よし」
バレンタインのチョコは一緒に作れなかったからな。
おにぎりはチョコの代わりにならないが、それでも共同作業だ。
我ながらナイス提案、楽しみが増えた。
―――昼飯の後は、また理央の部屋へ行って二人でのんびり過ごす。
外はいい天気で、理央はさっきからずっと甘えん坊だ。
可愛いし楽しいし、有り余るほどの幸せを噛みしめている。
よかったなあ。
本当に取り戻せてよかった、バンザイ、俺も理央もよく頑張った。
「へぇーっ! 宝石のコレクションか、綺麗だなぁ」
「たいしたことないさ、本物の収集家には遠く及ばない」
「けど金かかってそう、やっぱりお嬢様は趣味も高級なんだな」
「そんなことはないと思うけれど」
「俺の趣味なんて釣りだぞ」
「知っているよ」
あれ、話したことあったっけ?
まあいいか。
「ねえ、僕も釣りをしてみたいな」
「おっ! いいぞ!」
俺の趣味に付き合ってくれるのか。
理央と釣りデート、楽しそうだ。どこへ連れて行こうかな。
「それじゃ、まずは道具だな、行きつけの釣具屋に、いや、取り敢えず俺の竿を貸してやるよ」
「いや、一式購入したい、君といつでも出掛けられるように」
「そうか? だけどちょっと掛かるぞ」
「如何程だい?」
「ものによるかなあ」
「なるほど、釣り具の相場は不明だが、十万程度で足りるだろうか」
今、じゅうまんていど、って言ったか?
「あー、最初からそこまで掛けなくていいよ」
「では如何程だ?」
「一万もあれば十分かな」
「おや、随分とリーズナブルなんだね」
理央、庶民にとって一万は結構な額だぞ。
こういう金銭感覚もアップグレードしていかないとなんだろうな。
あまりせせこましいと理央に恥を掻かせるだろうし、俺だって恥ずかしい思いをしかねない。
だけど庶民にはハードルが高そうだ。
―――徐々に慣れていくか。
理央の宝石コレクションを見せてもらったり、ヴァイオリン演奏を聞かせてもらったり、俺からも室内でできるちょっとした忍術や、演武を見せているうちに、気付けば外はすっかり暗い。
理央が部屋のカーテンを引きに行く。
「健太郎」
「ん?」
「晩餐までまだ時間があるが、小腹が空いたりはしていないだろうか」
「そういえば少し減ったな」
「では厨房へ行こう、君におにぎりを作らねば」
おっ、そうだな!
俺もソファから腰を上げて、理央と一緒に部屋を出る。
案内されて今度は厨房へ。
今日は朝からずっと天ヶ瀬邸に滞在しているが、この屋敷、改めてとんでもなく広い。
敷地面積どれくらいあるんだろう、庭まで含めたら、あの大きさの比較に使われがちな某ドーム十個分くらいの規模がありそうだ。
廊下を進み、角を曲がったところで香ばしい香りが漂ってくる。
この複雑なスパイスのアロマは、間違いなくカレー!
ビーフ! チキン! サグマトン!
ああ、一気に腹が減った、早く食いたい、早く食いたいぃッ!
俺達が厨房を覗き込むと、近くにいたシェフの一人がすぐ気付いて声を掛けてくる。
理央から用件を聞いたシェフは、奥にいる立派な帽子のシェフを呼びに行く。
「これはこれは! 理央様、ごきげんよう、そしてそちらは大磯様でいらっしゃいますな?」
「あ、はい」
「お初にお目にかかります、当家厨房を任せていただいております、岩鹿と申します」
任せていただいている、ということは、この方はもしや料理長!
おお、俺の食神!
理央にも色々とチャレンジさせてくれた、あの料理長か!
「随分と立派な体躯をなさっておられますな、あの食べっぷりも納得がいくというものです」
「あのっ! いつも弁当最高です! 昼の唐揚げも神でしたッ、凄く美味かったです!」
「おお、それは恐れ入ります」
ニコニコして気の良さそうな人だ。
やはり神、格が違う。
「今夜のカレーもすっごく楽しみです、いつも感謝してます、有難うございます!」
「これはこれは、励みになるお言葉、痛み入ります、こちらこそ有難うございます」
料理長と話している間、厨房にいる他のシェフたちも俺達に会釈したり、笑いかけたりしてくれる。
厨房全体の雰囲気がいい、だから料理もあんなに美味いんだな。
やっぱり料理は心、愛情は究極のスパイスとはよく言ったものだ、うんうん。




