愛に全てを6
「あのな理央、お前はちょっと自惚れが過ぎる」
「え?」
これは言っておくべきだろう。
「俺だって今知ったばかりの事実に衝撃を受けてるよ、家を追い出されるかもしれなかったとか、魔女じゃなくなるかもしれなかったとか、お前の方がよっぽどだろ」
「それは、僕は自業自得だから」
「そういうところだぞ」
まったく。
俺を気遣ってくれる割に、俺のことをろくに見ていない。
分かり合うのって難しいな、俺も理央の気持ちが全然見えていなかった。
「俺はお前が思うほど単純じゃないしお気楽でもない、つり橋効果ごときでここまで惚れるか、バカにするな」
「ッツ! す、すまない」
「いや、今のは言い方が悪かった、俺もごめん、でもな、理央」
「うん」
握り締めたままの理央の両手を、俺の両手で包むようにする。
少し冷たい、不安になんかならなくていいんだ。
「俺はずっとお前を見て、お前と話して、その上でお前を好きになった、お前だって俺に一目惚れしたって言っていたが、その後に幻滅する可能性がなかったとは言えないだろ?」
「そう、だね」
「だから俺達は、お互いに惹かれあって結ばれたんだ、何も後ろめたく思う必要なんかないし、お前のそういう気持ちを俺にも分けて欲しい」
「健太郎」
「一人で抱え込んで決めつけないでくれよ、俺達で築いてきたものを、もっと信じてくれ」
「ッツ!」
うん、と理央が抱きついてくる。
受け止めて、背中をゆっくり撫でた。
理央は案外臆病で悲観的なのかもしれない。
「僕は」
「ん?」
「君と出会えて、よかった」
「俺もだよ、理央」
ここから二人でもっと幸せになろう。
なんでもお前と分かち合うって、俺も約束するよ。
「なあ、だけどさ、理央」
「なんだい?」
腕の中から俺を見上げて、理央はスンと鼻を啜る。
泣いちゃったのか? しょうがないな。
「それなら尚更、俺でよかったのか? その、さっきから伴侶とか凄いこと言ってるけど」
「君はもう僕の婚約者だよ、両家の挨拶はまだだけど」
「うっ!」
へ、平然と断言されてしまった。
俺としては願ったり叶ったりだが、本当にいいのか?
うちはともかく、理央の親御さんは納得してくれるんだろうか。
「その、俺、割と普通の男だけど」
「君は普通じゃないだろ」
「ええっ! いやいや、結構その辺にいるタイプだと思うぞ? まあ顔はイケてると思うが」
「その自尊心も称賛に値する、君は愛されて育ったようだね」
「まあな、ばあちゃんにすげえ可愛がってもらったから」
「君のお婆様がご存命だった頃にお会いしたかったよ」
そうだな。
ばあちゃん熱狂的なヅカファンだったから、確実に理央のこと気に入っただろう。
俺も会わせてやりたかった。
「僕こそ君に問いたい、魔女の伴侶になる覚悟はあるかい?」
理央から訊き返される。
そうか、この話は水掛け論だ。
結局はお互い同じ答えに辿り着く。
「それこそ今更だ」
クスッと笑う理央に、俺も笑う。
始まりや切っ掛けが何であれ大事なのは今だ。
今を積み重ねて未来が作られていくなら、俺は今、理央が好きで、理央も俺を好きでいてくれる、それだけで十分。
過去はひとまず置いておいて、たまに思い返すくらいで丁度いい。
「理央」
「なんだい、健太郎」
「これからもよろしく」
「こちらこそ、末永くよろしく」
やっぱりちょっとくすぐったい。
―――そういえば、理央は天ヶ瀬財閥の跡取りだから、俺が婿入りするんだよな。
そんな話を前もしたような気がする。
俺の家は代々続く由緒正しい家柄じゃないし、一人息子の苗字が変わったところで問題ないと思うが。
「そうか、俺はいずれ天ヶ瀬の姓を名乗ることになるのか」
天ヶ瀬 健太郎。
ちょっと画数多いか?
でも格好いいよな、書道家とか日本画家にいそうな名前だ。
「苗字に思い入れがあるのかい?」
「ないよ」
「おや」
母さんの旧姓は珍しいから、そっちを名乗っていたら惜しかったかもしれないが。
「じゃあ白無垢、いや、ウェディングドレスを着るのも俺?」
「何故?」
「だって婿に入るから」
「そうだね、僕は愉しいけれど、君は恐らく死ぬまで変態の汚名を免れないだろう」
「そういうこと言うなよ」
冗談なのに。
それに俺は理央の白無垢やウェディングドレス姿が見たい。
きっと綺麗だろうな、今から楽しみだ。
「健太郎」
「ん?」
理央が体を摺り寄せてくる。
仕草がまるで可愛いネコちゃんだ。
「君は本当に大きな人だ」
「まあな」
「僕を易々と受け入れてしまうその器、普通なものか、もっと誇りたまえ」
「なるほど、そういうことなら自慢しとくか」
お前が言うなら、俺は実は凄い奴なのかもしれない。
なんてな。
はぁ、幸せだな。
「理央」
「ん?」
ふと思いついて訊いてみる。
「実際のところさ」
「うん」
「俺を選んでみて、どう?」
クスクス笑う理央の体も規則的に揺れる。
何となく迷宮でのことを思い出す。
「では、先に僕から聞かせてもらおう」
「え?」
「君は僕を選んでどうだい? 率直な感想をどうぞ」
俺か。
そうだな。
「最高」
囁いて理央にキスした。
仄かに感じるコーヒークリームとチョコレートの香り、オペラ味のキスだ。
「お前は?」
「僕もさ」
理央からもキスが返ってくる。
―――俺達は幸せだ。
この先も二人なら、ずっと、ずーっと幸せだ。
理央の部屋中にチョコレートの甘い香りが漂っている。
今年のバレンタインは俺達にとって、文字通り忘れられない思い出になった。




