愛に全てを 4
「僕の部屋へ行こう」
「理央の?」
「ああ」
何気に初めてだ、理央の部屋。
付き合い始めてから天ヶ瀬の家には何度か来たことがあるが、通されるのはいつも客間だった。
それは別にいい、俺の家に理央を呼んだ時も主にリビングで過ごすしな。
でも理央の、彼女の部屋か。
―――ゴクリ。
「いいのか?」
「構わないよ」
女の子の部屋自体には何度かお邪魔したことがある。
うちは親父の言いつけで家に女の子を上げられないから、必然的にそうなったって話だ。
だがその子達はただの友達。
理央は彼女。
状況は同じでも前提が違う、つまり俺の期待と興奮も当然違ってくる。
うう~ん、楽しみだ! すっごく楽しみだッ!
理央は俺の生乾きだった髪まで丁寧に乾かしてくれた。
至れり尽くせりってやつだな、愛を感じる。
「さあ、行こう」
俺の手を掴んで理央は歩き出す。
脱衣所を出るとき新しい靴が置かれていたから、それを履いて。
理央はちょっと浮かれて見える、俺も浮かれてるぞ、ドキドキ、ワクワク!
きっとお洒落な感じの部屋だろうな。
うう、早く見たい!
「あ、そう言えば、真央ちゃんは?」
「今週は所用で留守にしている」
「そうか」
真央っていうのは理央の妹だ。
姉の理央に負けず劣らずの美少女で、天真爛漫、元気でヤンチャで、性格的には理央と大分違うタイプの女の子だった。
でも可愛いんだよなあ。
俺のことは(お兄様の親友)ってポジションで懐いてくれた。
―――理央は、実の妹にも本当の性別を隠している。
それって辛いよな。
二人は仲がよさそうだから特に、いずれ真実を知った時、真央ちゃんがどうなるか少し心配だ。
男装を強制され続けている理央の精神的負担も大きいだろう。
俺が少しでも二人の支えになってやれたらいいんだが。
「真央ちゃんにもチョコをあげたかったな」
ぼやくと理央が睨む。
「何故だ」
「え? そりゃ、お前の妹だから」
「ふぅん」
納得いってない顔だな。
またヤキモチか? 可愛い奴め。
「なあ理央、カップチョコだけどさ、本当に配っちゃダメか?」
「ああ」
「でも本当にたくさんあるぞ? 百個ある、勿論お前の分もある」
「ダメだ」
「天ヶ瀬邸の皆さんには世話になってるし、お礼も兼ねた贈答品ってことで認めてくれよ」
拗ねてツンツンする可愛い理央のご機嫌を窺いつつ歩いていると、不意に理央は足を止める。
気付くとドアの前だ。
いつの間にか辿り着いていた。
ここが―――理央の部屋。
理央がドアノブを回してドアを開く。
その先に現れた―――おお、これが、我が麗しの黄金郷!
想像通りというか、とにかくお洒落だ。
全体的に淡い色で統一されていて、醸し出される高級感が半端ない。
大きな窓の傍にある天蓋付きのベッド、重厚な作りのソファにローテーブル、あれは机だな、本棚に小物棚、花まで飾ってある。
化粧机もあるが、女の子にしてはシンプルだ。
タンスの類が見あたらないが、それはあのベッドの脇にあるドアの向こうにでも置いてあるんだろうか。
あれはもしかすると、ウォークインクローゼットのドアかもしれない。
スンスン、なんだかいい匂いがする。
まさに理央って雰囲気の部屋だ、はぁ、いいなここ、好きだ。
「その、どうだろうか?」
「俺、この部屋に住みたい」
「いいよ」
いいの?
ま、まあ、それはさておき、ひとまず深呼吸させてもらおう。
すううううううううっ、くッ、このままッ、理央の部屋の空気で肺を満たし続けていられたらッ!
「何をしているんだ」
理央は呆れながらソファに座るよう促してくる。
おおっ! フッカフカだぁこれ! ソファもいい匂いがしゅる! くんかくんか!
興奮の最中にコンコンと控えめなノックの音が響いた。
理央が「どうぞ」と答えると、ドアが開いてワゴンを押しながら現れたのは―――天馬さんだ!
「お久しぶりです、天馬さん!」
「大磯様、お久しぶりでございます、お元気そうで何よりです」
「はい!」
「こちら、ご自宅よりお持ちいたしましたオペラを切り分けさせていただきました、勝手をお詫び申し上げます」
「いえ、助かります」
「恐れ入ります、理央様がお作りになられたお菓子と、大磯様のもう一つのお菓子もお持ちいたしました」
ワゴンの上のケーキスタンドには、下の段に俺が作ったカップチョコ、中の段に切り分けられたオペラ、そして一番上の段には綺麗にラッピングされた小箱が置いてある。
あの箱、憶えてるぞ!
ループ前に理央から貰った、手作りのチョコが入っている箱だ!
「乗り切らなかったお菓子は厨房にてお預かりしております、お召し上がりの際はお申し付けください」
「有難うございます!」
「それでは、紅茶を淹れさせていただきます」
天馬さんはソファの手前にあるローテーブルに俺と理央の分の紅茶を用意して、ケーキスタンドと取り皿、カトラリーをセットすると、礼をして部屋を出ていく。
優雅なティータイムだ。
散々歩いて動き回ってすっかり腹も減っている、最高のコンディションで理央のチョコを味わえるぞ!
「ではまず、君が作ってくれたオペラを頂こうか」
「おう!」
取り皿にケーキスタンドからオペラを移して理央に渡す。
綺麗に切ってくれたな、断面が滑らかだ。
その断面の層についてはまあ、あまり言及しないで欲しい。所詮は素人の手作りだ。
理央は俺のオペラに丁寧にフォークを入れ、一口大に切り分けて、ぱくりと食べる。
その一口は相変わらず小さい、上品だなあ。
口の中でじっくり味わうようにして、コクンと呑み込んだ。
ど、どうだ?
俺としては上出来だと思うんだが、理央の口には合ったのか?
「美味しい」
ニコッと笑う理央にガッツポーズを決める!
よし、やった!
「風味がとても上品だね、コーヒークリームも香り高い、舌触りが滑らかだ、魅力的な味わいだよ、有難う、健太郎」
「どういたしまして! レシピと材料はアンジェロのおかげなんだ」
「アンジェロ?」
首を傾げる理央に説明する。
酒屋のアンジェロ、薫の信者、本当に助かったよ、有難う!
ホワイトデーには理央も連れて行くからな、待ってろよ。
「へえ、藤峰君は凄いね、しかし商店街にそんな店があったとは」
「ホワイトデーの時期になったら一緒に手作りの材料を買いに行こうぜ」
「そうだね」
ニコニコする理央に、次はカップチョコを取ってやる。
ラッピングしたまま出してくれるあたり憎いな、このラッピングも数が多くて苦労したんだ。
アンジェロ曰く、生チョコモドキくらいの状態で作った方が食べ易いだとかで、気持ち程度の生クリームを混ぜ込んである。
香り付けに洋酒も使った、上のトッピングは何種類かあるが、これは砂糖菓子とナッツのヤツだな。
ラッピングを開き、取り出したカップの縁に爪をひっかけるとパリパリと簡単にカップがはがれていく。
チョコをパクッと口に入れた理央の様子をまた緊張しつつ窺う。
こっちはどうだ? 気に入ってもらえそうか?
「こちらも美味しいね、素朴な味わいだ」
よーし! どっちも喜んでもらえたぞ!
ただ、カップチョコは本当に量がある。
流石に二人で食べるのは無理だ、生クリームが入っているから日持ちしないし、配ったらダメだろうか?
せめて天馬さんには贈らせて欲しい、普段から一番世話になっている人だ。
「なあ理央、カップチョコだけどさ、やっぱり」
「君が許可するなら、屋敷の者達に配らせよう」
「え?」
「君手づから配るのであれば容認できない」
「俺から渡すのはダメってこと?」
「そうだ」
なんだそれ、お前って本当に可愛いな。
もう一つカップチョコを口にポイッと放り込んで、モグモグしながら理央はじっと俺の反応を見ている。




