愛に全てを 3
ふう、すっかり温まった、そろそろ上がるとしよう。
朝から豪勢な風呂を堪能させてもらって大満足だ。
理央も風呂から上がったかな?
取り敢えず救急箱を借りて、傷の手当てをしてから会いに行こう。
全身からホカホカと湯気を昇らせつつ取っ手に指をかけ、浴室と脱衣所を仕切るドアをスライドさせる。
「やあ」
「は? り、理央!?」
いる!
何でいる!?
っていうか裸ッ、俺、また裸ッ! 見られたッ、うおおおッ、タオルタオル!
「なんでいるんだよッ、お前、風呂は!」
「済ませたさ、君の様子を見に来たんだ」
「ああもう!」
「それに怪我をしているだろう、手当ても兼ねてね」
「気遣ってくれて有難う! でも俺の都合もちょっとは考えてくれ!」
ぐうう、恥ずかしい。
背中にものすごく視線を感じる。
えーっと、俺の服、服は、これか?
新しいヤツだ、用意してくれたんだな、触った瞬間ハッとした。
これ、絶対に高い。
一緒に置いてある肌着もパンツも滑らかで肌触りが良くて、おまけにデザインまでCOOL! くぅッ、複雑!
「健太郎、服はまだ着ないでくれ、先に手当てしよう」
「あ、ああ、そうだな」
やむを得ずパンツ一枚の格好で木製のベンチにそろそろと腰を下ろす。
理央は隣に座ると、早速俺の手当てを始めた。
手つきはぎこちないが一生懸命だ。
可愛い。
世に名だたる天ヶ瀬財閥の令嬢手づから手当てしてもらえる幸せ者なんて、世界広しと言えど俺くらいなものだろう。
「ねえ、健太郎」
絆創膏を張りながら理央が話しかけてくる。
「君はどうして僕を選んでくれたのかな」
「え?」
「実を言うとね、僕はずっと前から君を見ていたんだ、それこそ、僕達が親しくなる以前から、ずっと」
そうだったのか。
まあ、ループの前は俺達たまに話すくらいだったもんな。
「だから後夜祭で君から想いを告げられた時、天にも昇る心地がしたよ」
「ハハッ」
「僕はね、健太郎、多分君に一目惚れをしたんだ」
「そうなのか?」
思いがけず驚くと、理央ははにかんで微笑む。
可愛い。
「僕自身も最初はそんなつもりなかった、でも、君にだけはどうしても話しかけられなくて」
「なんで? 別に普通でよかったぞ」
「それができなかったのさ」
苦笑する理央を見詰める。
「僕は天ヶ瀬の後継として社交術も当然嗜んでいる、君以外と話すことは容易い、だが君にだけは難しかった」
「どうして?」
「緊張してしまうからかな、普段通りに振舞えなくなってしまう、それで何度も機会を逃したよ」
だけど俺の記憶にあるループ以前のこいつは、見下してこそこないがスカした野郎で、いつも周りに女の子を侍らせていて、男には基本素っ気なかった。
俺だって例外じゃなかった気がする。
それに、薫に二度殺された後、公園で最初に話しかけてきた時もそうだ。
自分も被害者だって雰囲気で、若干迷惑そうですらあったよな。
あれは全部芝居だったのか。
凄いな理央は、流石は大財閥の跡取り、相手に弱みを見せない術がしっかり身についているんだ。
「―――君と、初めてまともに話せた時のことを、今でもよく覚えている」
「あ、もしかしてあれだろ? 校内清掃の時だろ?」
理央の目がまん丸く見開かれる。
驚いたか? ふふッ!
「どうして」
「だってさ」
懐かしいなあ、お前も覚えていてくれたのか。
「いかにも扱い慣れてませんって感じな割に、一生懸命箒で落ち葉を掃く姿がちょっと可愛かったんだよな」
でも、あの頃はまだ理央を男だと思っていたから、それだけだったが。
俺も前からお前が気になっていたんだ。
なにせ本当に顔が好みなのに男で、おまけに俺よりモテて、それが惜しいやら悔しいやらで仕方なかったからな。
「あと、あの日寒かっただろ? くしゃみしたお前のこと可愛いなって思ったんだ、掃除も頑張ってたし、真面目でいい奴だなって」
「だから僕に、温かなミルクティを?」
「お互いの仕事ぶりを労っただけだって」
たいしたことじゃない、ペットボトル一本くらい。
って、ええッ!?
り、理央、なんで泣いてる?
なんでだ? 今どこに泣くポイントがあった!?
「理央?」
「あ、すまない、違うんだ、その」
「よく分からないけどゴメン」
「違う、僕こそ困らせてすまない」
「いいって! 俺が悪いに決まってるだろ、だからマジでゴメン!」
ああ~っ、泣かないでくれぇ!
抱き寄せると理央は俺の腕の中でスンスンと鼻を啜る。
きゃわいい。
でも泣くのは勘弁してくれ、どうすればいいか分からなくなる。
なにが原因だ?
発言がちょっと上から目線っぽかったから? どこか癇に障るような部分があったかな、箒が扱い慣れてなさそうだったとか、うーん、分からん。
「ねえ」
「ん、なに?」
理央は俺の胸に顔を埋めたまま話す。
「あの日から、時折話すようになったね」
「そうだな」
「食堂で一緒にランチを取った時のことは憶えているかい?」
「学園見学に来た外部の奴らで席が埋まって、相席した時のことか?」
「ああ」
なんだか声が嬉しそうだ。
泣き止んでくれたのかな、それならいいが。
女の子はやっぱり難しい。
そっと理央の髪を撫でて、髪の上から軽くキスする。
クスクスと聞こえてくる笑い声に、俺もつられて笑う。
「ねえ、それじゃ、僕が図書室の隅で寝ていた時のことは?」
「あれな! 寝顔可愛かったよなぁ、疲れてたのか?」
「やっぱり見ていたのか、君、あの時は嘘を吐いたな」
「えーっと、ごめん」
だけどメチャクチャ可愛い寝顔だった。
あの時は男だと思っていてもヤバかった、夜に思い出してムラムラしたことまでは流石に言えない。
「それなら、僕がノートを運ぶよう言われた時のことは?」
「覚えてるよ、たまたま通りがかってよかった」
「君が殆ど持ってくれたね」
「まあな、俺は力持ちだから」
実はあの後、実際にノートを運ぶよう言われていた奴らが理央に仕事を押し付けてやったって笑っているのをたまたま見かけて、軽く〆ておいたんだよな。
卑怯者には折檻だ、何であれそういうのは許せん。
「ふふ、それじゃ、僕が絡まれた時のことは?」
「あれなぁ、お前も大変だよな、目立つのも考えものだ」
「君がそれを言うのか」
「え?」
理央に溜息吐かれた。
それはともかく、今更だが男として振舞っているとはいえ、この見目麗しい理央の胸ぐらをいきなり掴むとは何事だ。
俺が間に割って入ったら大人しくなったから、もうあんな真似しないだろうと思うが、二度と同じ目に遭わせないためにも改めて目を光らせておかないとだな。
しかし、どれも他愛ない出来事なのに、理央も覚えていてくれたのか。
なんだかちょっと嬉しい、くすぐったいような気分だ。
本当にずっと俺を見ていたんだな。
「ふふ、うふふ」
理央の機嫌もすっかり直ったようだ。
流石にパンイチのままじゃ落ち着かなくなってきたから、そろそろ服を着ていいか訊いてみよう。手当てもこれ、終わってるよな?
「あ、すまない、構わないよ、手当ては済んだ、寒かったかい?」
「平気、お前がくっついてたから」
また照れ臭そうにする理央の可愛い様子を堪能して、立ち上がり服を着る。
白いシャツにベージュのズボン、俺にしては落ち着いた雰囲気だ。
普段はもっとラフな格好だからな、でもサイズはピッタリで着心地もいい、デザインもお洒落だ。
さっきの採寸から急ぎで手配してくれたんだろう、有難い。
「似合うね」
理央は俺を見上げて満足そうに微笑む。
「そうだ、天馬が君の家から戻っているよ」
「おっ、そうか!」
俺のオペラとカップチョコを持ってきてくれたんだな。
後で礼を言わないと。




