愛に全てを 1
LOOP:×××
Round/All or Nothing
さて、と理央を振り返る。
「あのさ」
「その前に、少々待ちたまえ」
「えっ、何?」
どうした?
理央は俺達の後方、何故かボーッと突っ立っている黒服の警備員たちと燕尾服姿の初老の男の方へ視線を移す。
そういえばいたな。
あの様子、さっきまで繰り広げられていた一大スペクタクルに度肝を抜かれている、って雰囲気でもなさそうだが、どうしたんだろう。
「お前達!」
理央が大声で呼んだ途端、全員が夢から覚めたようにハッとなって辺りをキョロキョロと見回し始める。
もしかして、前に磐梯が使っていた魅了の術のようなものを掛けられて、我を忘れていたんだろうか。
「ば、磐梯様!」
そのうち燕尾服姿の初老の男が俺の足元に転がっている磐梯に気付き、血相を変えて走ってくる!
一緒に黒服たちも来た!
「そのお怪我は一体ッ!?」
「不慮の事故だ、手当てを頼む」
「しょ、承知いたしました!」
「それと」
動転している燕尾服姿の男と黒服たちを一瞥して、理央は片手の指を一本だけ立てると、それを頭上へゆっくり掲げていく。
なんだ?
俺も皆と一緒にその指をつい目で追う。
「聞け」
理央の、声が―――あたまのなかに、波紋のように広がって、いく。
「お前達は何も『観なかった』『聞かなかった』故に『知らない』―――僕の言葉のみが真実だ、いいな?」
はい、ってあれ?
でも俺、さっきサラを見送って―――っわ! パチンと目の前で音が弾けた!
理央が俺の顔の前で指を鳴らしたのか。
ポカンとすると鼻を摘ままれる。
「ふがッ?」
「まったく、君はいいよ、もう少し抵抗力をつけてやらなければね」
「へ?」
「さて、それよりお前達、早く阿男を屋敷へ」
パンパンと理央が手を打ち鳴らすと、黒服たちが磐梯を担いで、燕尾服姿の男の号令に合わせながら屋敷へ運んでいく。
その様子を暫く見送ってから、改めて庭を眺めた。
本当に何の痕跡もない。
あの炎の跡も、俺達が落ちた穴さえなくて、どこをどう見ても綺麗に整えられた見事な庭だ。
ひゅうッと風が吹き抜けてくしゃみがでる。
さ、寒い。
俺もそろそろ、屋敷に入らせてもらいたい。
「健太郎」
振り返ると不意に猫の鳴き声がした。
「おや」
理央の足元にいつの間にか猫がいる。
綺麗な黒猫だ。
長い尻尾を理央の足に巻きつけながら、甘えるように体を摺り寄せる仕草が可愛い。
「やあ、クレオパトラ」
「クレオパトラ?」
理央は黒猫を抱えて「この子の名前だよ」と微笑んだ。
「以前君に助けられた、僕の大切な友人さ」
「ああ、あの時の!」
クレオパトラがニャーンと鳴く。
猫も理央も可愛い。
ゆっくり毛を撫でられながら、クレオパトラは喉をゴロゴロ鳴らしている。
「改めて、その節は大変世話になった、クレオパトラ共々、恩人の君に感謝を捧げよう」
「いいってそんなの、たいしたことじゃない」
「フフ、クレオパトラも君にまた会えて嬉しいようだよ」
理央から渡されてクレオパトラを受け取る。
おお、フワフワだ、金色の目が綺麗だな、名前通りの高貴な猫だ。
「お前、いや、君は女の子だったな」
クレオパトラはニャーンと答える。
「ご主人様に引けを取らない美人じゃないか、また会えて俺も嬉しいよ、元気そうで何よりだ」
喉をゴロゴロ鳴らして、俺の鼻に鼻をチョンッとくっつけてきた。
これって猫の挨拶だよな?
よしよし、俺からも鼻チョンをお返しだ、これからよろしく。
「君達」
理央が腕組みして、なんだか恨めしげに見てくる。
「そう親密な様子を見せつけられては、恋人として些かならず心外なのだが」
「え?」
またニャーンと鳴いたクレオパトラが、俺の腕を抜け出してピョンッと飛び降りた。
そのまま理央の傍まで行くと、顔を見上げてニャオンと鳴いて、気ままに走り去っていく。
「ふむ」
「ふがッ!」
ま、また理央に鼻を摘ままれたぞ!
「ふががッ」
「彼女からの謝罪もあったことだし、これで許してやろう」
そう言って指を放してくれたが、摘ままれた辺りがまだちょっと痛い。
なんだったんだ。
「さて、改めてだが、健太郎」
「おう」
「お疲れ様、お互い大変な目に遭ったね」
「そうだな」
急にドッと疲れが押し寄せてくる。
やっと終わったんだな。
協会から与えられた試練、サラの確執、本当に大変だった、二度とごめんだ。
「流石の君も疲労困ぱいかな? それと、流石に今の姿は目に余るね」
ま、まあな。
砂まみれで襤褸をまとった大男なんて殆ど変質者の類だろう。
理央は俺よりずっとマシだが、それでも普段と比べると大分ボロボロだ。
「そういや、さっきの黒服と燕尾服の奴ら、俺達には何も言ってこなかったな」
「目くらましをしておいた、こちらにまで言及されては厄介だからね」
「なるほど」
とんでもないことをさらっと言ってのける、流石は魔女。
歩き出す理央について行きながら、空を見上げて「今何時だろう?」と尋ねるでもなく呟いた。
太陽の位置的に午前なのは間違いないが、俺が家を出てから逆算して、多分まだ一桁台の時刻だろう。
「そうだね、君が我が家に不法侵入を果たし、警備の者達と乱闘騒ぎを起こしてから、然程も経っていないだろうよ」
今、チクッと責められたな。
そこは本当にすいません、反省してます。
二度とやらないのでそろそろ勘弁してください。
「でも俺達、あのガラスの迷宮って場所を結構長いこと歩いただろ? 体感的に半日くらい経った気がしていたんだが」
「あの場所はこちらと位相が異なる、分かりやすく言うと異次元というやつだ、故にこちらと時間的な接続を持たないのさ」
「マジか!」
すごいな、つくづく俺の知らない世界だ。
でも、今日がバレンタイン当日ってことには変わりない。
よーし!
「なあ理央、俺さ、一旦家に帰りたいんだけど」
理央は歩きながら「どうして?」と尋ねてくる。
「冷蔵庫にオペラがあるんだ、話しただろ?」
「ああ、そうか」
「理央のチョコも欲しいし、一緒に食べようぜ」
クスクスと嬉しそうに笑う理央の様子に、俺もちょっとくすぐったい。
「だが君、その姿で表を歩けば、たちどころに逮捕されてしまうよ」
「あ」
「天馬に取ってこさせよう、家の鍵を預からせてくれ」
「でも」
「君さえ構わなければ気遣いは無用さ」
個人的な手間を頼むのは申し訳ないが、ついでに家から俺の服と靴も持ってきてもらおう。
下着は、女の人に頼むのはちょっと後ろめたいから我慢する。
ポケットを探って理央に家の鍵を託した。
―――失くしてなくてよかった。




