審判とカノジョ 6/前
―――理央、頼む。
目が合うと理央は頷いて、改めてサラに向かい合う。
「い、いや」
サラは座ったまま後退りをする。
体を小刻みに震わせて、また目にいっぱい涙を湛えながらいやいやと首を振る。
「サラ・グロウリー」
「やめて、聞きたくない」
「僕は」
「やめて! もう分かっているから言わないで!」
「君の想いに」
「やめて!」
「応えることはできない」
赤い瞳から大粒の涙がポロっと零れて落ちる。
「―――どうして?」
「好きな人がいる」
振り返って「彼だ」と言った。
俺と見詰め合った理央は、またサラに向き直る。
「愛している、心から」
「そんな、りお、さま」
「故に、すまない」
「あ、あああっ!」
サラは地面に突っ伏して大声で泣き出した。
まるで小さな女の子だ。
形振り構わず、悲しみを、絶望を、力の限り叫び続ける。
傍へ行って慰めてやりたいが、俺にその資格はない。
この場の誰も今のサラと想いを共有することは許されない。
きっとサラが許さない。
涙も悲しみも含めてサラの恋だった。
―――薫も、そうだったから。
だから俺はせめて、この悲しくて残酷な光景を胸に焼き付けておこう。
薫とサラと、二人の涙を忘れない。
それが俺に出来るせめてものことだ。
「健太郎」
振り返った理央が、これでよかったのか? と目で訴えてくる。
無言で頷き返した。
お前にも酷いことをさせてごめん、そっと手を握る。
理央は瞳を伏せて、それから、サラへ労わるような視線を向けた。
やっぱり優しい奴だな。
「ひっ、ぐぅっ、うッ、うぅッ」
散々泣いたサラは、やがて両手で涙を拭う。
改めて俺達を見ると、ゆっくり立ち上がった。
「最悪だわ」
ヒック、とまたしゃくり上げる。
「今日は私の人生で一番最悪な日よ」
「サラ」
「貴方なんて大っ嫌い」
「ああ」
「―――忘れないから」
俺も忘れないよ、サラ。
「バカみたい」
サラは鼻を啜って笑う。
「それで、私をどうするつもり?」
「え?」
「なによ、協会から私の身柄を引き受けたんでしょう?」
「そうだね」と隣で理央まで頷いた。
えーっと?
「正確には君と天ヶ瀬での預かりだ、けれど僕は、君の裁定に委ねるよ」
「それって、どういう」
「つまり、彼女の処遇は君次第ってことさ」
俺が決めていいのか?
「もっとも、それとは別に協会からも沙汰が下るだろうが、前提として君の意思が尊重される」
「もう殺されないってことか?」
「そうだね、君が望むなら、協会も命まで奪いはしないだろう」
「―――義兄上」
磐梯がいつになく真剣な様子で話しかけてくる。
「此度のこと、俺は部外者故に分不相応と承知で申し上げるが、何卒寛大なご措置を願い奉る」
「なんだよ急に」
「その娘の切なる想い、わが身にも些かの覚えこそあらば、故に無碍にはできぬ、どうかお頼み申す」
人ごとじゃないってわけか。
お前とも理央を賭けて殴り合ったもんな。
まあ、負け犬の同情心なんてどうでもいいが。
「でも、そんな重要なことを俺の一存で決めていいのか?」
「重要だからこそさ」
理央はサラを見る。
「僕の彼女に対する心証は変わらない、だから君が決めてくれ、それが僕からの、せめてもの恩情だ」
そうか。
―――分かった。
「俺は」
理央、サラ、そして磐梯が、俺の言葉をじっと待つ。
「サラに、やり直して欲しいと思う」
それが俺の、今回の出来事に対して下す裁定だ。
どこかで見聞きしているだろう協会とやら、だからサラを殺すな。
俺達はまだ子供だ。
幾らでも間違えるし、だからこそやり直せる。
取り返しのつかないことはあるかもしれないが、今回に限ってはそうじゃない。
何故なら、俺は生きている。
理央のおかげだ。
全部取り戻して、こうしてここにいる。
大人や組織の面子ごとき知ったことか、まだ十七歳、まだ子供だからな。
だから、子供の領分で決めさせてもらう!
「俺は許す、だから、どうかサラに機会を与えてやってくれ!」
きっとサラなら乗り越えられるさ。
薫も今は海外で元気にやっているんだ、磐梯は相変わらず鬱陶しいが、すっかり大人しくなった。
だから君のことも信じるよ、サラ。
きっと大丈夫だ。
そのガッツをこれからは前向きに活かしてくれ。
「バカね」
サラが呆れたように呟く。
「貴方って、どこまで甘いの」
それはまあ、俺は女の子には甘いから。
女性に優しく、それが信条だ。
「でも、羨ましいわ」
何がだ?
隣で理央が溜息を吐く。
「まあ、君ならそう言うだろうと思っていたさ」
「おう!」
「あッ、義兄上ぇ~ッ!」
うわっ、なに泣いてるんだ磐梯!
男の涙なんて鬱陶しいだけだ、あっちに行け、シッシ!
「なんという御心の広さよッ、おお! 我は感動いたしましたぞぉ~ッ!」
「うるさい、黙れッ」
「義兄上ぇ~ッ!」
ったく。
お前に関しては何一つ許す気はないからな。
自分もサラと同じだなんて思うなよ。
「―――はぁ、もう」
不意にサラが手を振る。
するとまた杖が現れた、今度は短くて扱い易そうな長さの木でできた杖だ。
先端に赤く透き通る石が嵌っている。
「貴方って本当に嫌な人ね、このお節介焼き」




