審判とカノジョ 5
「このままじゃ君はただ八つ当たりをしに来ただけだ、正当性もなく、俺達には迷惑を掛けられたって記憶しか残らない」
「なによ、それ」
「訴えたいことがあるなら話してくれ、言ってくれなきゃ分からないぞ」
「そんなの!」
「じゃあサラは、理央に嫌われてお終いでいいのか?」
「ッツ!」
あからさまに動揺したサラの目が泳ぐ。
「だ、だって、だって!」
そのイチゴみたいな赤い瞳に、急にブワッと涙が浮かんだ。
ずっと堪えていた堰が切れて溢れ出すように、悔しそうに泣き叫ぶ。
「貴方は嘘を吐いたじゃない! 私を騙して裏切ったじゃない!」
「―――僕に覚えはない」
理央は困惑気味だ。
俺も理央がそんな真似をするとは思えない。
やっぱり逆恨みなのか?
でも原因になった出来事があるはずだ、それは一体なんだ?
「は、初恋だったの」
しゃくり上げるサラの頬を幾筋もの涙が伝い落ちていく。
初恋?
「私が好きになったのは、とても素敵なお方、さる名家のご長男で、家督を継ぐ立場にこそなかったけれど」
何の話だ?
それと理央とどういう関係が―――
「卑屈にならず、むしろいつも堂々となさっていて、そのご様子が本当に眩しかった、他の子達もみんな彼に夢中だった」
理央がサラから視線を逸らす。
なんだか気まずそう、って、まさか。
「でも、ある日のパーティーで、その方はたった一人、テラスで星を見ていらした」
サラは自分の胸にそっと手を置く。
「そのお姿が寂しげで、儚げで、私はここが締め付けられるように感じた」
大切な宝物に触れるようにサラは語る。
―――ああ、そうか。
その、初恋の相手。
きっと理央のことだ。
そしてサラは今も理央が好きなのか。
でも、その理央は今ここにいる理央じゃない。
表向きの、性別を偽っている『男』の理央だ。
「私が支えて差し上げたいと強く想った、貴方は私のことなんてご存じないだろうけれど、私は、何度も貴方を夢に見て、何度も何度も想って、その度に切なくて苦しくて、けれど仄かに幸せな心地もして、甘くて、切なくて、苦くて、こんな私にどうか気付いて欲しい、いつか見つけて欲しいって、ずっと願って、願っていたのよ」
だけど、とサラの声色が変わる。
赤い瞳の奥がギラリと燃え上がる。
「真実は違っていた、その方は紛れもなくお世継ぎでいらしたの! 私と同じ、魔女だったのよ!」
確かに理央は天ヶ瀬の跡継ぎだ。
本人もそう言ってるし、周りもそういう扱いをしている。
でも今の話だと、もし本当に男だったら後継者じゃなかったってことらしい。
つまり、天ヶ瀬は女系の一族なのか? 魔女だから?
理央が男のフリをさせられているのも、ひょっとするとその辺りに原因があるかもしれない。
やんごとなき身分のご令嬢だから護身のため、ってわけじゃなかったのか。
まあそれでも若干腑に落ちないところはあるが。
「あの方は幻想だった、虚構でしかなかった、私がどれほど恋焦がれ、どれほどお慕いしても、貴方は彼方の星と同じ、この手を幾ら伸ばしたって決して届かない、むしろそうして地上で苦しむ私達を見下しながら嘲笑っていらしたのかしら?」
そんなことは、と理央が呟く。
―――今のサラと理央の姿に、あの日の薫と俺が重なって見える。
同じだ。
俺だって傷つけたくなかった、でもあいつの気持ちを受け止めてやれなかった。
何度も、何度も俺を殺すくらい本気で必死だったのに。
終わらない恋はきっと呪いになるんだ。
だから薫は俺を殺した。
その呪いを解いてやらない限り、サラだって前に進めない。
俺がそうだったように、自分も周りも不幸になる道しか選べない。
「なのに貴方は! 好きになった人と結ばれて! 幸せになって! それを知った私の気持ちが貴方に分かる!?」
やっぱりこれは八つ当たりなんだな。
かなり過激だったが、根っこの部分は至極単純だ。
「許せないッ、許せないわよ! 私は騙されたのに! 想いは叶わなかったのに! 貴方はどうしてッ、ズルいじゃないッ!」
また泣きじゃくるサラを見詰める。
「嘘吐き! 嘘吐き! 私の心を弄んで! こんなに私は辛いのに!」
この呪いを解いてやらないと。
サラはきっと俺に同情されたくない。
でも元彼氏として、これだけは片をつけてやらないと。
「騙していたならどうして、どうして優しくしてくださったの? 微笑んでくださったの? そうじゃなければ私ッ、こんなことにはならなかったのに!」
サラの赤い目の、縁まで赤く腫れている。
理央を睨み続けるその瞳に映るのは言いようのない感情の渦だ。
サラ自身呑み込まれて自分を見失っている。
「惨めよ、とても惨めだわッ!」
「それで僕を恨むのか」
「ええ、そうよ!」
理央はゆっくり息を吐く。
「愚かだな」
ショックを受けた表情を浮かべたサラは、だけど強がるように微笑んだ。
「よかった、貴方が同情してくれなくて、私を愚かと誹ってくれて」
そして俺を見る。
赤い瞳が濡れて仄かに輝いている。
「貴方は嫌い、私から大切な星を奪った憎い人、大嫌い」
「そうか」
「でも、バカよ、人がいいにも程があるわ、付き合いきれない」
そこは俺にもどうしようもない。
紳士たれと育てられたからな、女の子にはどうしても甘くなる。
「たった四日で試練を乗り越えてしまうなんて、本当に最悪」
いや、四日も掛かっちまった。
他にもこの試練を受けた奴はいるんだろうか、平均値が知りたい。
それで何が変わるってわけでもないが、多少は後悔が薄れるかもしれないからな。
「貴方達なんて大嫌い、だけど今の自分が一番嫌い、情けなくて腹が立つ」
「サラ」
「気安く呼ばないでって言ったでしょう」
サラは唇を噛む。
―――よし。
呪いを解こう。
薫の時もそうだった。
終わらせないと終わらない、これはそういう恋だ。
「理央」
隣にいる理央に声を掛ける。
「頼みがある」
「なんだい?」
「サラのこと、ちゃんと振ってやってくれないか」
思いがけない様子の理央と同じように、サラも「は?」と呆気に取られた声を上げた。
「お前にしかできないことだ、頼む」
「健太郎」
「な、なによそれ、何を勝手に言っているのよ、ねえ!」
残酷で非情な現実なんか、誰も理解したくない。
でもそれを突きつけられない限り、自力では終わらせられないこともある。
だから俺は何度も殺された。
同じ目に理央を遭わせるわけにはいかないが、命なら俺が懸けるから。
「サラ、悪いが君に、俺の理央を譲れない」
「なッ!」
「だから諦めて欲しい」
「どういうつもり? 嫌がらせ? でもお生憎様ね、私は!」
「いいや違う、君に理央を諦めてもらうためだ、俺の利己的な要求だよ」
「ふ、ふざけないで!」
「本気だ、それを理央からはっきり告げてもらう」




