審判とカノジョ 4
「きゅ、救急車、を」
喉から声を絞り出す俺の隣に理央がしゃがむ。
伸ばした手でサラに触れた。
ぐじゅ、と濡れた嫌な音がする。
「問題ない、少し待て」
あ、れ?
―――サラの姿が、少しずつ戻っていく?
火傷が治っているわけじゃない。
まるで逆再生だ、炎に包まれる前の姿へ、傷どころか着ている服や髪もどんどん元に戻っていく。
「義兄上」
磐梯が話しかけてくる。
「これが天ヶ瀬の秘技、次期青天の盟主たる、理央の繰る魔法だ」
時を、操る?
そうか、だから俺のこともループさせてくれたのか。
「天ヶ瀬は代々時を操る、当代は御母堂であられるが、理央はいずれ御座を継がれる」
「凄い」
「うむ、人知の及ばぬ力を御身に宿す至高の存在、それが魔女」
さっき炎を防いでくれたのも、やっぱり理央だったのか。
そのうえ、こんなことまで出来るなんて。
本当に理央は魔女なんだな。
俺には到底想像もできない凄い力を持っている。
「ねえ、健太郎」
サラを直しつつ、理央が話しかけてくる。
「どうした?」
「その、やはり僕は怖いかな」
「好きだぞ、理央、最高に格好いい、大好きだ」
理央はこっちを見てちょっと照れ臭そうに笑う。
うん、可愛い。
惚気ている場合じゃないが、俺はいつだってお前に夢中だ。
だから心配するな。
お前が本当はものすごく怖い魔女だったとしても、俺の気持ちは変わらない。
「でも、お前のお母さんも魔女なんだな」
「そこは今更だろう」
「まあ確かに」
つまり天ヶ瀬は代々続く魔女の家系ってことか。
改めて驚きだ、魔女って本当にいたんだな。
しかも俺の彼女だ。
魔女。
魔女ねえ、魔女か。
―――フリフリしたコスチューム、丈の短いスカート。
いや、理央はもっとクラシカルでシックで、ちょっぴりセクシーな路線が似合うだろう。
胸元だけはぜひ大胆にはだけて欲しい。
きっとエッチで可愛いぞ。
「健太郎」
「ん?」
「何を考えているのかな」
えっ、魔女って読心術も使えるのか?
ギクリとする俺を磐梯が不思議そうに見ている、お前は案外純朴だな。
ふと立ち上がった理央が少し下がる。
すっかり元通りになったサラの、閉じていた瞼がゆっくり開いていく。
「わ、たし?」
「気が付いたか!」
おお、凄いぞ、理央!
何が起きたか分からない様子でぼうっとしていたサラは、何度か瞬きを繰り返すうちにハッとして固まった。
「―――どうして?」
「え?」
「なぜ助けたの」
「感謝は僕の健太郎にするといい」
理央が淡々と答える。
「君の助命を協会に請うたのは彼だ、訴えは聞き届けられ、君の処分は一時預かりとなった」
一時預かり、か。
まあそうなんだろう、サラがやったこと自体は帳消しにならない。
でも俺が筋を通せって騒いだから、やむを得ず手を引いたんだ。
「まあ、あちらも天ヶ瀬にこれ以上貸しを作りたくなかったのだろう、相互の利益に基づく判断さ」
どういう意味だ?
理央を見上げると、軽く睨み返される。
「おい、君は僕のものだろう? その君の訴えを無視すれば、僕も当然然るべき対処を取るという意味だ」
「ああ、なるほど」
「もっと自覚を持ちたまえ」
「はい、すいません」
「まったく」
叱られてしまった。
でもそうか、つまり俺と理央は今や一蓮托生ってことか。
へへッ、なんかちょっとくすぐったいな。
「君は運がいい」
改めて理央はサラに告げる。
「これで恩情に縋る余地が生まれた、機会を活かすも殺すも君次第だ」
「天ヶ瀬様」
「だが僕は、君を決して許しはしない」
理央?
「他ならぬ僕の恋人である健太郎の訴えだからね、無論耳を貸そう、しかしそれとこれとは別問題だ」
「理央」
「なにかな健太郎、僕に言いたいことが?」
いいや、ないよ。
首を横に振り返す。
理央の事情は理央だけのことで、俺の事情とは関係ない。
無理に賛同しなくていい、強要するのも違うだろう、そういった意味で俺達はお互いに対等な関係だと思っている。
「分かった」
そう返すと、理央はホッとしたように見えた。
気を遣わせてばかりですまない、どうも俺は上手くやれないな。
それでも、自分なりに納得がいくよう向き合うしかない。
ここが本当の正念場だ。
「許さない、ですって?」
サラがキッと理央を睨みつける。
「それは私の台詞よ、貴方を許さない、こんなことだって頼んでいない!」
途端に理央の顔色が変わった。
うわ、わっ、理央、落ち着け!
慌てて立ち上がって背中を撫でてやる、よしよし!
「勝手にやったことを恩に着ろとでも言うつもり? 図々しいにも程があるわ!」
「貴様」
「ま、待てって!」
理央の背中を撫でて落ち着かせつつ、サラに話しかける。
君も少しは空気を読め、仲良くしろとまでは言わないから、せめて喧嘩を売らないでくれ。
「なあサラ、教えてくれないか? そのために協会とやらに訴えたんだ、だから話を聞いてくれ」
「気安くしないでちょうだい、何様のつもり?」
ああもう、この子は!
理央も落ち着け、よしよし。
「それとも、貴方まさか、まだ私の恋人のつもりでいるの?」
冷笑するサラに「いや、それはない」と返す。
「俺が好きなのは理央だ、全部思い出した、君じゃない」
「あっそう」
急に不機嫌になったな。
逆に理央は持ち直したようで、女の子は分からない。
とにかく話を進めよう。
「でもサラ、そのことなんだが、君はどうして俺に自分を彼女だなんて思い込ませたんだ?」
「は?」
「だって、俺のこと好きじゃないだろ」
「そうね」
うっ、分かっていても若干ショックだ。
まあいい、話を続けよう。
「それならどうして」
「試したのよ」
「俺を?」
「ええ、私は協会の命を受けて、貴方がその魔女に相応しいか試すって言ったでしょう?」
「うーん」
だけど俺と理央を穴に落とす前にサラは言ったんだよな。
『復讐するためにここへ来た』って。
「ひょっとして、理央のへ当てつけだったりしないのか?」
「ばっかじゃないの!?」
「でも、復讐しに来たんだろ」
サラの肩がピクリと震える。
「その理由を話してくれよ、サラ、俺も理央も分からないんだ、だから君をどうすればいいか決められない」
「殺せばいいでしょ、さっきみたいに火あぶりにして! それともナイフで刺し殺す方がお好みかしら?」
「そんなことはしないよ」
赤い瞳が俺を睨む。
「サラは、理央に言いたいことがあるんじゃないか」
「ないわ」
「もう誤魔化すなよ、恨みを晴らしに来たんだろ? だったら丁度ここにいるし、直接ぶつけたらいいじゃないか」
「なによ! 勝手なことを言わないで!」
激高するサラと、理央は呆気に取られた様子で「健太郎」と俺を見る。
まあいいだろ、この際だ。
最後まで付き合ってくれよ。
「今更何を聞いたところで僕の心証は変わらない」
「いいさ、俺は理央の気持ちも大事にしたい」
「まったく」
やっぱり理央は優しい。
改めてサラに話しかける。




