審判とカノジョ 3
「だが、彼女は君という人物を完全に見誤っていた、まるで理解していなかったのさ、ご愁傷様だね」
不意にそう言って笑った理央は、呆れた様子で「まさか、迷宮の壁を壊すなんて」と言う。
それを聞いた途端に磐梯が「まことか理央!」と食い付いた。
「ああ、今もその手に嵌めている武具で、殴って木っ端みじんにしたよ」
「おおッ! おおおおおッ! 流石は義兄上! そのご勇姿を是非ともこの目で拝見したかったッ!」
「バカを言え、おかげで迷宮の防衛システムが発動した、だから待てと言ったのに」
防衛システムって、あの砂の巨人のことか?
外見が母さんそっくりだったな、今思い出しても怖すぎる。
「あれは迷宮に組み込まれた術式が、脅威と見做した対象の深層心理を読み取って、最も恐れるモノの姿を砂で形造り襲わせる、実に効果的で厄介な仕掛けさ」
「うえっ!?」
「健太郎、君、存外マザコンの気があったようだね」
「ち、違うって!」
母さんはマジで怖いんだよ!
それにあんな砂の巨人よりもっとずっと強いからな、むしろ偽物で有り難かったくらいだ。
「いやぁッ、助けてッ!」
悲痛な叫び声に振り返る。
気付けばサラは座り込み、手から離れない杖を地面に置いて泣きじゃくっている。
「どうか、どうか助けて、お願いよ許してッ、許してぇッ」
「―――無駄だ」
理央が冷たく告げる。
「精々刻限まで自らの行いを悔やむことだな」
「嫌ぁッ」
震えるサラは、縋るような目を理央に向ける。
「助けて」
理央は答えない、何も応じない。
磐梯も微動だせずサラを見ている。
「お願いッ、します、天ヶ瀬様! どうか、どうかッ! お願いしますッ!」
「図々しい」
「ヒッ!」
引きつるサラから理央は視線を背ける。
入れ替わりで磐梯が「愚かな娘よ」と声を上げる。
「間もなく貴様にふさわしい罰が下ろう、恐れ、慄き、時を待て」
「いやッ! いやよッ、いやぁッ!」
「泣き喚いても遅い!」
「だって私はッ! だって、だってッ!」
一瞬サラが息を呑む。
刹那、何かの気配を感じた。
直後に勢いよく燃え上がった火柱がサラを呑み込む!
「いやあああああああああああああああああああああッ!!」
な、なんだよ、あれ!
嘘だろ?
燃える―――燃えるッ!
サラが燃えるッ!!
「理央!」
慌てて振り返るが、理央は目を伏せるだけだ。
磐梯も俺から視線を逸らす。
冗談じゃない!
こんな火あぶりみたいな真似、中世の魔女狩りじゃないんだ、見過ごせるわけないだろ!
「ア、アア、ア」
炎の中でのたうち回るサラは、それでもまだ生きている。
肉が焦げる生臭さが漂う。
以前の記憶がフラッシュバックして嘔吐きそうになった。
同じ臭いを知っている、まさかまた嗅ぐはめになるなんて。
「サラ」
近付こうとすると腕を掴まれた。
険しい表情の理央が俺を見上げる。
「行くな」
「でもッ」
「君の情の深さはよく知るところだ、しかし場合と相手を見定めたまえ、それに近付けば君もただでは済まない」
「だけど、だって!」
「裁量を越えた施しは自滅を招く、僕は君にそうなって欲しくない」
「だとしても! だってまだ何も聞いてないじゃないか!」
「何?」
「サラがどうしてお前を恨んでいるのか、分からないまま終わらせるなんて俺は嫌だ!」
そうだ、聞いていない。
どうしてあんな真似をしたか、何を許さないのか、サラの恨みの理由が分からない。
「何であれ訳が知りたい、このままじゃしこりが残る」
「しかし」
「罰ならその後だっていいだろ!」
俺はサラに殺された。
二度目は未遂だったが、殺すつもりで迷宮に落とされた。
だが俺を殺した薫も磐梯も生きている。
それなのにサラだけ死ぬなんて違うだろ!
協会や天ヶ瀬の面子なんぞ知るもんかッ。
俺だって被害者なのに、俺だけずっと蚊帳の外で、勝手に話を進められて、全然納得いかない!
お前達がサラを裁くなら、俺にもその権利はあるだ!
最終的にどうするか決めるのは、筋を全部通してからにしろ!
「君の意図は理解できる」
理央は少し困ったように言う。
「だが、もう遅い」
「理央!」
「ここで異議を唱えても協会が聞き入れるとは思えない、干渉を強行すれば僕らにも類が及ぶ可能性がある」
そうか、なるほど。
―――先に教えてくれてよかった。
だったら理央には頼まない、関わらなくていい。
これは俺の問題だ。
改めて炎の中でまだ苦しんでいるサラを見る。
可哀想に。
女の子なのに、あんなに焼け爛れて、長くて綺麗だった髪はもう見る影もない。
魔女は火あぶりなんて野蛮な思想の旧態依然的な刑罰だ。
そんなものを俺は認めない。
納得いかないから、声を上げさせてもらう!
「やめてくれ!」
どこへ向けて訴えればいいか分からないから、とにかく叫ぶ!
「こんなことを俺は望まない! サラを罰するのは早過ぎる!」
「健太郎?」
「あ、義兄上ッ!」
理央も磐梯も驚いている。
―――俺はもう、サラを彼女だと思っていないし、そういう意味で好きでもない。
思い返せばこの四日間、一度でもサラに対して恋愛感情を抱いたかさえ今となっては怪しい。
だがこの結末は受け入れられない。
訳を知りたいんだ。
サラが理央を憎む訳、俺を殺した訳、俺達を殺そうとした、そこに至るまでの理由を知っておきたい。
何も分からず巻き込まれて、殺されて、殺されかけて、俺だけとんだとばっちりじゃないか、試練はともかく散々だろ。
だからサラに答えてもらう。
それまでは殺させない。
「俺も被害者だ、なのに俺だけ蔑ろにするのか! それは筋が通らないんじゃないか!?」
サラを包む炎の勢いは一向に衰えない。
早くしないと灰になってしまう!
「お前達が体面を重んじるなら誠意を見せろ、俺の意見も聞き入れろ! そうしないなら俺は!」
取り返しがつかなくなる前に!
「お前達を絶対に、許さないからな!」
―――意外にも、理央も磐梯も無茶している俺を止めようとしない。
無駄だと思っているのか、呆れているのか、それとも俺の意を酌んで見守る選択をしてくれたのか。
分からないが、多分理央には迷惑を掛ける。
それはごめん。
でも、だからって俺はこの結末を受け入れて、後悔なんかしたくないんだ!
「だから罰は待ってくれ! サラと話をさせてくれ、頼む!」
まだ炎は消えない、押しが足りないのか?
だったら!
「俺はサラを許す!」
だから早く火を消せ!
「お前達にも、サラに関することは全て水に流す! だから火を消してくれ! サラを開放しろ!」
サラが死んでしまうッ!
もう間に合わないかもしれない、サラ!
あっと理央が声を上げる。
―――炎が、消えた。
焼け焦げたサラの姿が崩れるように倒れた。
「サラ!」
駆け寄る!
酷い臭いだ、ぐったりと動かない、まさかサラは、もう。
「うっ!」
背後で追ってきたらしい磐梯が呻く。
「これは」
焼け爛れた無残な姿。
胃からすっぱいものが込み上げる。
あんなに可愛かったのに、もう見る影もない、何もかもが炭だ、あちこちひび割れた個所から赤いものがジュクジュクと覗いている。
息は、まだある。
でもこれじゃ、たとえ助かったとしても。




