審判とカノジョ 2
「―――いい加減にして」
不意に声がした。
「ふざけないで!!」
炎の向こうでサラが叫ぶ!
「勝手に綺麗にまとまって、私を済んだ話にしないで! 許さないわッ、絶対に許さない!」
「―――阿男」
ふと真顔になった理央が磐梯を呼ぶ。
こっちを向いて頷いた磐梯の手に、さっき持っていた曲刀がスッと現れる。
「盟主よ、如何に?」
「捕らえろ、殺すな」
「御意」
駆け出した磐梯が曲刀を大きく奮って宙を薙ぐ!
その勢いというか、衝撃で炎の壁がかき消され、杖を持つサラの姿が現れた!
慌てて杖を掲げようとするサラへ理央が告げる。
「抵抗するな、君のためにならない」
冷たい声と表情。
さっきまでとまるで別人だ、俺まで寒気がする。
「サラ・グロウリー、その処分は協会に託そう、だが僕は、次期青天の盟主として不敬の罰をお前に与える」
「な、なによッ! やってみなさいよ!」
殺到した磐梯とサラがまた曲刀と杖で切り結ぶ!
「脅したって無駄だわッ、私は協会から認められている、だから私に楯突くということは、すなわち協会に叛意を示すも同然―――」
ハッとした様子でサラが飛び退いた。
磐梯も何かを察したようにサラから距離を取る。
何だ?
―――サラの持つ杖が小刻みに震えている?
「え、なに?」
サラの表情が青ざめていく。
「どっ、どうして!? いやッ! 魔力が逆流してくるッ、いやッ! やめて!」
理央が「阿男、戻れ」と磐梯を呼ぶ。
戻ってくる磐梯の向こうで、取り残されたサラはその場で必死に杖を振っている。
「離れないッ! どうして!? ねえ嫌よ、嫌ッ! やめて! 離れて! いやぁッ!」
何が起きているんだ?
もしかして、杖が手から離れないのか?
「哀れな」
俺と理央の近くに佇み、磐梯がサラを眺めながら目を細めた。
「どうやら頼みの綱の協会にも見放されたようだな、これ以上の不始末を厭うたか」
「だろうね」
理央も素っ気なく言う。
「この手で罰してやりたかったが、まあ、手間が省けたとしよう」
「然り」
「だが抗議はさせてもらう、このままでは腹の虫がおさまらない」
「な、なあ、理央」
一体何が起きているんだ、俺だけまた蚊帳の外だ。
「サラはどうしたんだ、あれは、いったいどうなるんだ?」
理央は俺を見て、ふと磐梯と顔を見合わせると、またこっちを向いて気の毒そうな表情を浮かべる。
なんだよそれ。
胸に嫌な予感が湧いてくる。
「そうだね、端的に説明すると、あれは罰を受けようとしている」
「罰?」
「ああ、当然の報いさ、私怨による暴走、貸与魔具の不正使用及び貸与魔力の着服横領、そして厳粛に行われるべき裁定を汚し、天ヶ瀬を愚弄した、最早言い逃れは出来ない」
「よく分からないんだが」
「つまりだ、僕らも協会もあれに面子を潰されたということさ、だから償わせる、その身をもってね」
その身をもって?
一体どうする気だ、まさかサラを―――始末するのか?
い、命まで奪ったりしないよな?
「その程度で賄える罪咎ではなかろう、アレの親類縁者共々償わせねば」
「流石にそれは面倒だ、協会の方針はともかく、僕はこれで手を打つ」
「おお、なんと懐の広い!」
「これ以上関わりたくないだけだ、温情などと捉えてもらっては困る」
「し、然り、失礼をした、申し訳ありませぬ」
畏まる磐梯と、無感情にサラを眺める理央に唖然とする。
このままにしていいのか。
サラは、殺されようとしているのか?
だとしたら俺は、どうすれば。
「健太郎、聡い君のことだ、既に気付いているかもしれないが」
ふと理央が話しかけてくる。
「僕らが先ほどまで彷徨っていたガラスの迷宮、あれはね、落とした対象の心を殺し、命を奪う刑場なのさ」
刑場?
確かにそう思えるくらいヤバい空間だったが。
「ねえ、君にあの場所はどのように見えていた?」
「えっ」
「教えてくれ、さあ」
「ええと、ずっと遠くまで広がる砂漠と、太陽のない水色の空、それだけしかない空間だった」
「なるほど」
僕にはね、と前置いて、理央は語る。
「高くそびえる煤けた壁と、そこらじゅうに転がる数多の遺骨、そして、その骨が風化して混ざった砂の大地がどこまでも広がって見えていたよ」
「は!?」
「空は赤黒く、壁のあちこちには誰のものとも知れない手形や傷跡が無数に残されていた、薄気味の悪い悪趣味な空間さ」
「そんなッ、嘘だろ」
俺が見ていた光景と全然違うじゃないか!
それに骨が風化して混ざった砂?
お、俺、頭から何度も被ったんだけど? 口にも入ったんだけど?
砂の上を泳いだんだけど??
うわ、わ、どうしよう!
まだ体じゅう砂だらけなんだが!? これって骨も混ざっているのか、うわあああああッ!
「落ち着け健太郎」
血の気が引く。
お前はなんで平気なんだよ、理央!
「病原菌の類なら心配ない、多分」
「そこじゃない! っていうか多分ってなんだよ!」
「まあまあ、今更慌てたって仕方ないさ」
「教えてくれてもいいじゃないか!」
「言ったら君、今のように取り乱しただろう?」
そうだろうけど!
うわーっ!
「僕の読みどおりだったね、やはり黙っておいて正解だった」
「うぅッ、このぉッ」
恨むぞ、得意そうに可愛い顔しやがって。
「とにかく、あれは君に殺意を持っている、故に僕の敵だ、だから相応しい末路を迎える、それだけのことさ」
まあ、理央の言い分はもっともだ。
あれが刑場なら、理央のことも殺そうとしたわけだからな、それなら俺も許せない。
でも、だからって始末するのか?
サラは向こうで杖を手放そうと必死に足掻き続けている。
顔面蒼白で髪を振り乱しながら半狂乱になっている姿は、とてもじゃないが見ていられない。
「なあ、でもさ、俺達は戻って来られたぞ?」
「そうだね」
「なのにサラを始末するのか?」
「そうさ」
「でも」
「迷宮には仕掛けが施されていた、本来あのようなものは無い、あれが貸与された魔力を用いて手を加えたんだろう」
「え?」
「脱出直前、ルートが消失していると伝えたね? 些か時間のかかる解呪を必要とする仕掛けだった、着手すれば僕は作業にかかりきりになり、君に反応できなくなる」
それが?
まあ、あの状況でコミュニケーションが取れなくなるのはキツかっただろうけど。
「一度開始したら終わるまで手が離せない作業になる、君はその間ただ一人きり、あの空間で恐らくは数時間―――耐えられたか?」
そこまで言われてやっと理解できた。
つまり、俺が理央を見失って発狂する様を、理央に見せ付けようとしたのか。
理央には俺の姿も迷宮も見えている。
だけど俺にはどっちも見えない、その状態で、あの何もない空間で、理央の言葉を信じて待っていられたか?
きっと不安になっただろう、途中で挫けない自信が自分でも持てない、恐怖に駆られて暴走したかもしれない。
そして理央も俺を見失い、俺達は分断され、もっと長い時間をあの迷宮で彷徨う羽目になっていたかもしれない。
その間に俺が動けなくなったら?
声も出せなくなっていたら、理央はどうした?
きっと理央は俺を見つけるまで探すだろう。
期待や願望じゃなく、こいつはそういう奴だ、俺は知っている。
だから、場合によっては理央も危なかったってことだ。




