打開とカノジョ 2
『だが』
「ん?」
『このさき みちが ない』
は?
思わず理央がいるだろう辺りを見る。
道がないってどういうことだ?
『るーとは あっていた おかしい』
「な、なんで?」
『わからない』
どうしよう。
鼓動がバクバクと早くなる、あそこに出口があるのに、見えているのに、行けないってことか?
そんな話があるか!
俺達がここまで、どれだけの距離を歩いてきたと思っている。
流石に無理だ、体力だけじゃなくメンタル的にも、このまま手を拱いているだけなんて耐えられない。
―――そういえば母さんが言っていた。
悲しいより悲しいことは、ぬか喜びだって。
理央の手を離すと、両手を前に突き出しながら進む。
すぐ何かに触れた。
壁だ。
俺には見えない壁、叩いても音さえしない。
体の向きを九十度変えて進むと、その先にも壁がある。
今度は慎重に百八十度反転して進む、こっちにも壁だ。
そこから逆に九十度向きを変えて進もうとすると、不意に腕を掴まれる感覚があった。
少し間があって、背中に文字が書き込まれる。
『そっちは きたほう』
あ、そうか、逆だな。
でも妙だ。
俺が向かう方に常に光がある、なんでだ?
ここはガラスの迷宮。
そしてあれは出口の光。
―――さっきまではどこを目指して、どう進めばいいか、まったく分からなかった。
でも、今は出口が見えている。
そして常に俺が進む方に現れるなら、つまり、まっすぐ向かえばいい!
それじゃいよいよ奥の手を使うか。
ここぞという時のために温存していたが、ついに俺の出番だ!
「なあ理央、この迷宮の壁って厚いか?」
返事がない。
多分質問の意図を量りかねて戸惑っているんだろう。
「こんな訳の分からない場所なら、俺の無茶だって通用するよな?」
『なに』
「ガラスなら、殴れば壊せる」
ポケットを探って道具を取り出した。
じゃじゃーん! 万が一に備えて拝借してきた、母さん愛用のナックルダスターだ!
手に嵌めて握るとしっくりくる。
確かオリハルコン製だとか言ってたな、それってゲームの話じゃないかと聞いた時には思ったが、ここは尊敬する母さんの威光に賭けよう。
背中に『よせ』と書かれた。
大丈夫だ、理央。
母さん曰く、威力があり過ぎて普段使いには向かないが、ここぞという時の頼れる相棒だったそうだ。
話を聞いた時(ナックルダスターの普段使いって何?)と思ったが怖くて訊けなかった。
それと、一度だけこいつで母さんが親父をボコボコにするのを見たことがある。
あの威力なら、厚さ二十センチくらいのガラスまでならどうにかなりそうだ。
「さて」
構えると今度は腕をぐいぐい引っ張られる。
止めようとしているのか?
心配するなって、俺も壊せたらラッキーくらいにしか考えてないし、まあ一発で無理でも何発か叩き込めばどうにかなるだろう。
ガラスの破片で怪我したとしても、傷の治りが早いのが俺のウリだ。
大体、こんな場所にいつまでも居られるか。
早くお前とちゃんと目を合わせて、声を聞いて話がしたんだよ、理央。
そのためなら多少の無茶くらいやってやる、最早俺を阻むことなど何人たりとも出来はしない!
「よぉしッ、いっくぞぉーッ!」
理央の手が離れた。
その辺りにいるだろうと仮定して「少し離れてろ」と注意を促す。
―――念じろ。
これはガラスだ、殴れば割れる。
何事も集中!
息を吸って、吐いて、丹田でよく気を練り拳へ回す!
うおおおおおおッ! 自分を信じろッ!
喰らわせてやるッ、俺の覚悟と愛を!
そぅりゃああああああぁッ!!
見えない壁に渾身の一撃を叩き込んだ瞬間―――ガッシャーンと何かが割れる物凄い音が響き渡る!
手ごたえあり!
やった、割れた! 確実にそうだ、ガラスの壁が砕けた!
息をゆっくり吐いて整え、振り返って「理央」と呼ぶ。
まあ見えないんだが。
ついでに砕いた壁も見えないから、今の状況が知りたい。
『われた』
背中に文字が書き込まれる。
よしっ、やっぱり何事も為せば成るだな! 恐れ入ったか!
「どのくらい割れた? って言うかお前、怪我してないか?」
『だいじょうぶ』
「そうか」
『かべ は しょうめつ』
「え、マジ?」
『しんじ られない』
改めて殴った辺りを見て、慎重に足を運ぶ。
―――いける。
通れた、何かに足を取られたり躓いたりすることもなく、ぶつかりさえしなかった。
普通に歩いて通り抜けられるぞ!
「おお」
出口の光も少し近付いた。
よーし! この調子で壁をブッ壊しながら進めばすぐだな!
いよいよ出られるぞ、理央!
「この先は俺が殴って壁を壊す、お前はついてきてくれ」
振り返って話しかけるが反応はない。
あれ?
「理央、聞いてるか?」
背中に『だいじょうぶ』と書き込まれる。
「おお、そうか」
『だが せんどうは ぼくが する』
「えっ?」
『かべが あったら おしえる』
なるほど、確かにそうだな。
俺だとぶつかるまで壁の位置が分からない、理央に教えてもらった方が効率的だ。
「分かった、よろしく頼む」
ふっと息遣いを感じる。
―――今の、理央か?
もしかして出口が近いから、認識できるようになりつつあるのか!
それなら早く行こう!
お前がいると分かっていても、姿は見えない、声も聞こえないじゃ、やっぱり辛い。
早く俺の理央を取り戻して力いっぱい愛でまくりたい!
また手を引かれて歩き出す。
だけどここからは、俺も理央の役に立てる。
暫くすると手を引く力が消えて、背中に『かべ』と書き込まれた。
出番ってわけだな、よーし!
「いくぞぉッ、せいッ!」
位置を確認してナックルダスターを装着した拳を叩き込む!
同時にガラスが砕ける音がまた派手に鳴り響いた、今度も成功!
「割れたな、行くぞ、理央!」
間があって手を引かれる。
これは効率がいい、出口の光にどんどん近付いていく。
きっともうすぐだ。
この謎空間から出られる、やっとだ、長かった。
「それにしても、結構簡単に壊せたんだな」
呟いたら手が離れた。
少し待つと背中に文字が書き込まれる。
『むちゃ』
「まあ、その辺は大目に見てくれよ」
『そもそも おかしい』
「え?」
『きみは いじょうだ なぜ こんなことが できる』
そう言われても、できるものはできるんだから、できたんだな?
多分、愛の力じゃないかな。
俺は理央と助かりたいし、ここで死ぬつもりもない。
それに理央のためなら不可能を可能にだってしてみせる、それが俺の覚悟とお前への想いだ。
「まあ愛だな、きっと」
『いみ ふめい』
「そんな言い方するなよ」
『だけど』
ん?
『かっこう いい よ』
おっ? やったぜ! 理央に褒められた。
それならガンガン壊していこう、頼れる姿を見せつけるぞ!
理央の先導で進んで、立ち止まった場所の行く手を塞ぐ壁を俺が殴ってぶっ壊して。
それを何度か繰り返しているうち、ふと足元が小刻みに振動し始めた。
なんだ、地震?
揺れはだんだん大きく、激しくなっていく!




