打開とカノジョ 1
LOOP:9
Round/Break Out
ここへ落とされ、見えない迷宮を彷徨い始めてからどれくらい経っただろう。
落下地点からはかなり離れたはずだ、それなりに疲れている。
腹も減った、朝ろくに飯を食ってこなかったからな。
そんな俺を励ますように理央は隣を歩いてくれている。
姿は相変わらず見えないから、状況的にそうだろうって推測だが。
寄り添って片腕を俺の背中に回しつつ、もう片方の手で俺の手を取って、例えるなら二人三脚みたいな状態だ。
―――さっきから気晴らしに、ちょっとしたゲームを楽しんでいる。
「りんご」
『ごーすと くおーつ』
「つ、つくね!」
『ねふらいと』
「また『と』かぁ、うーん」
しりとりだ。
俺は口頭で、理央は俺の背中に指で字を書いて、一石二鳥のレクリエーション。
こうしていると楽しいし、ずっと理央がいるって確認できて安心感が増す。
っと、次は右に曲がるのか。
多少歩きづらくはあるが、そんなことは大した問題じゃない。
不便を遥かに上回る精神的安定の方が重要だ。
理央の足を踏まないよう、ぶつかったりしないよう、意識してゆっくり歩く。
体力を温存する目的もある。
脱出を焦ったせいで疲れて動けなくなったら本末転倒だもんな。
この状況で長期戦を想定した対策は必須だ、なにせ俺には目に入ってくる以上の情報は何もない。
「とんかつ!」
『つぁぼらいと』
「なんだそれ? また宝石か?」
『そう』
理央は宝石の名前をたくさん知っていて物知りだ。
俺なんてほぼ食い物なのに、はぁ、腹減った。
「また『と』ねえ、うーん」
何かあったかな。
いや?
この辺で少し賢いところを披露しておきたい。
「よし、当意即妙!」
『おや』
「へへッ」
『うばろばいと』
「また『と』かよ! もーっ!」
宝石の名前って『と』で終わるのが意外と多いんだな。
一つ賢くなったが、俺の作戦は多分失敗した。
そろそろネタが尽きるぞ、と、と、と~?
体に触れている感覚が規則的に揺れる。
きっと理央が笑ってるんだ、可愛い。
「なあ理央、この迷宮ってさ、あとどれくらいあるんだ?」
訊いても仕方ないと分かっているが、ついまた口にした。
これで三度目だ。
俺達は、体感では恐らく数時間は延々と歩き続けている。
理央には迷宮の姿が見えているらしいが、俺の視界に映るものといえばどこまでも広がる薄水色の空と砂の大地だけ。
―――マジで一人で落とされていたら、確実に気が狂っていた。
建物はなく、人も、動物も、植物の一本さえ生えていない。
果てが無いんじゃないかって思うぐらい広々としているのに、唐突に現れる見えない壁のせいで移動もままならない。
そして普通に疲れるし腹も減る。
この場所はある意味地獄だ、最終的に野垂れ死ぬ予感を嫌でも覚えてしまう。
『たぶん』
ん?
理央が俺の背中に指で字を書く。
実はちょっとくすぐったいんだよな。
こう何度も繰り返されると、新しい癖に目覚めてしまいそうだ。
『そろそろ でぐちが みえる はず』
「おっ! マジか?」
『まじ』
理央が『まじ』なんて。
んん~っ、可愛い!
つくづく癒しだ、一緒に居てくれてよかった。
理央への感謝を噛みしめる。
「それって具体的にどれくらいとか説明できそうか?」
『むずかしい』
「そうか、だよな、分かった、ところで疲れてないか?」
『だいじょうぶ』
「抱えて歩いてやれたらいいんだが、お前の案内がないと、俺だけじゃどうにもならないからなあ」
『おきづかい なく きみも むりは するな』
「ん、有難う」
俺の世話を焼くだけに留まらず気遣ってまでくれる。
本当に理央は優しい。
「俺もお前の役に立てたらいいんだが」
不甲斐なくて溜息を吐くと、背中に字が書き込まれる。
『なにを いって いる』
「だって理央に頼りっぱなしだ」
『きに するな』
「でも格好付かないだろ? 彼氏なのに」
間があって『きす するぞ』と書かれた。
あ、そうか。
それはむしろラッキーだな、ヘヘッ!
『それより きみ』
「ん?」
『と だ』
「え?」
『と だよ まだ けっちゃく ついて ない』
む! しりとりか!
そうだった、これじゃ話を逸らして時間稼ぎしたみたいだ。
今度は負けないぞ。
「なあ、でもさ理央、キスは?」
『と だ』
「くそ! ええと、と、と? うーん」
はッ! 天啓閃く!
「トンネル!」
『るべらいと』
「ぎゃーッ! また『と』! ぐぬぬッ、くそぉッ!」
俺に触れている部分がまた小刻みに揺れる。
笑ってるな? こいつめ。
「と、と、と!」
何かないか?
最初に『と』がつく言葉、何か、何かぁ~ッ!
「はっ! トルマリン!」
『ほう』
「あッ!」
『いし だね』
「あうぅッ」
『きみも よく しっている』
意趣返しのつもりが自爆した、よりにもよって~ッ!
また理央は笑ってるし、はあ。
「くそぉ」
理央は俺の背中に『ざんねん』と書き込む。
おのれ、次は負けん!
「なあ理央、もう一回勝負しよう、またしりとりだ」
『いいよ』
「今度は俺が勝つからな」
『それは むり』
「なんでだ、言ってろ! 負けないからな!」
『かかって こい』
「よし!」
勝った理央から先行だ。
背中に何を書き込まれるか待ち構えていると、不意に腰の辺りをパシパシ叩かれる。
「どうした?」
『まえ みて』
前?
なんだ、何が―――って、あ!
さっきまでなかったものがある。
光だ!
地面から少し浮いた場所に、長方形で人が一人通り抜けられそうな大きさの光が見える。
なんだかドアみたいだな。
いや? まさか、あれって!
「あれ、出口か?」
背中に『そうだ』と書き込まれた!




