迷宮とカノジョ 3
「なあ、理央」
目の前の何もないように見える空間に話しかける。
傍目に今の俺は大分ヤバい奴だろう、パントマイムだとしても殆ど精神異常者だ。
「お前さ、そこにいるんだよな?」
訊いても返事はない。
「お前は理央なんだよな?」
ふっと手を引く力が消える。
「理央?」
離れたのか?
どこだ、理央。
「り―――」
不意にギュッと抱きしめられた感覚、そして背中に文字が綴られていく。
『ふあん だろう こわい だろう ほんとうに すまない』
「い、いや、それは別に」
『しんじて ほしい』
「ああ」
『ぼくは きみを まもる なにに かえても かならず』
「理央」
同じだ。
俺だってそうだよ、理央。
お前を守る、何があっても。
ギュッと抱きしめる。
疑ってゴメン、信じてやれないなんて、それでお前の彼氏を名乗れるか。
怯えるな、不安になるな、疑う心が鬼を呼ぶんだ。
「ごめん」
不意に唇に何か触れる。
そうか。
謝ったらキスだもんな? 有難う、理央。
『いこう』
「おう!」
また手を引かれて歩き出す。
もう迷いはない。
理央を信じて進むのみだ!
―――しかし、やっぱり妙な感じだな。
俺には遮蔽物の類は一切見えないのに、まっすぐ進んでいたかと思えば急に曲がったり折れたり、確かにここは迷宮だ。
でも目印になりそうなものは何もなくて、進む傍から足跡さえ風に消されていく。
本当に一人だったら間違いなく発狂していただろう。
そう考えるとゾッとしない、理央の手を強く握りしめる。
「なあ、理央」
繋いだ手の先に理央の姿を思い描いて話しかける。
「その、お前に謝りたい、これはキス抜きで、真面目な話だから」
また俺を引っ張る力が消えた。
でも手自体は繋いだままだ、理央が立ち止まったんだろう。
「ごめん」
一歩さがって頭を下げる。
「その、屋上では浮かれて、謝れなかったから」
理央との関係を忘れていたこと、本意でなかったとはいえ浮気したこと。
悲しませて泣かせた、辛い思いをさせた全てを謝りたい。
「許してくれとは言わないが、これは俺のけじめだ、どう受け止めるかはお前に任せる」
サラを彼女だと思い込んでお前を裏切った。
事情なんて関係ない、仕方がなかったなんて言い訳もしたくない。
もしも立場が逆だったら、俺には到底耐えられない。
「最低なことをした、前に浮気したら八つ裂きにするって言ってたよな? お前にそうされても仕方ない、俺は薄情で不誠実だった」
周りの奴らからも白い目で見られた、当然だ。
星野には面と向かって抗議された。
あの子は友達想いのいい子だ、理央を想ってくれて本当に感謝している。
この四日間の最低なクソ野郎だった俺のこと、いくら謝っても到底足りない。
「自惚れていた、舐めていた、バカだったんだ、軽率過ぎて頭にくる」
情けない。
試練を受けた時の俺をぶん殴ってやりたい。
「だから、すまない、こんな彼氏で不甲斐ないよ」
それでも、どうか俺を見限らないでくれ。
自分勝手なことだと思うが。
「なあ理央、いや―――天ヶ瀬 理央さん」
顔を上げる。
「もう一度だけチャンスをください、俺の恋人になってください、お願いします」
許してくれなくても、一生責め続けても構わない。
俺は調子がいいから厚かましく縋ってねだる、お前の情に訴えさせてもらう。
お願いだ、傍にいてくれ。
―――頼む。
手が離れた。
胸の辺りに何かが寄り添ってくる。
そして、背中に文字が綴られていく。
『ぼく こそ すまない』
「お前は謝らなくていい」
『ぼくの せい』
「違う、俺だ、俺が悪い」
『きみに つらい おもいを させた』
「そうじゃないだろ、お前の方がよっぽど」
『くるしむ きみに よりそう ことさえ できなかった』
「理央っ」
それでも何度も手を差し伸べてくれたじゃないか。
薫に殺され続けた時や、磐梯に挑戦された時と同じように。
信じているって言ってくれただろ?
なのに俺は、バレンタイン当日の今日まで思い出せなかった。
『ぼく こそ たのむ』
背中をギュッと握られる。
指先が、理央の想いを書き込んでいく。
『こいびと で いさせて』
ッツ!!
堪らなくて何も無いように見える空間を強く抱きしめる!
理央ッ!
お前がそう言ってくれるなら、俺は!
「好きだ」
沸き起こる想いを吐き出すように伝える。
お前だけに捧げた、俺の全てをどうか受け取ってくれ。
「俺はさ、理央」
『なに』
「その」
鼻を啜る、泣くなんて格好悪い。
でも、どうしてもお前に伝えておきたいんだ。
「身の程知らずでも、難しくても、それでもお前とずっと一緒にいたいんだ、できれば死ぬまで、いや、死んだ後も」
理央は天ヶ瀬財閥の跡取りで、俺はごくありふれた一般家庭の生まれ。
それがどうした?
相応しくなるんだ、だって理央が選んでくれた。
それなら、応えなくちゃだろ。
もっともっと努力して男を磨いて、協会どころか周りの奴ら全部に認めさせてやる。
後夜祭のジンクスを本物にするんだ。
そのために、あの日のあの時を選んで想いを伝えた、俺は願いを必ず叶える。
「まだ子供だから見通しが甘いのは認める、それでも俺は」
全てを差し出す、時間も、人生も。
理央のためなら惜しくない。
「決めてるんだ」
―――だからこそ、ここ数日の俺自身がどうしても許せない。
「だから謝るのはけじめだ、許されたいとは思わない、俺は行動でこの想いが本物だってことを証明する」
実際は目の前に理央がいる。
だけど、ここには何も無いように見えるから、つい熱くなって語ってしまった。
理央は呆れているだろうか。




