迷宮とカノジョ 2
「ううっ、なんだよ、もう」
悲し過ぎて見えない理央の肩の辺りに顔を埋める。
相変わらず温もりさえ感じられない、辛い。
もしかするとこの場所のせいかもしれない、訳の分からない空間に認知まで歪められているんだ。
早く出よう。
とは言え、見渡す限り辺りは砂の海。
何を目指せばいいか、どこへ向かえばいいか、まったく見当がつかない。
「ん?」
背中にまた文字を書き込まれる。
ちょっとくすぐったいが、理央が俺に抱きつく格好で書いているのかと思うと萌える。
可愛い、キスしたいなあ。
『ごめん』
「あっ」
謝ったな?
「こら理央、キスするって言っただろ?」
不意に唇に何か触れた感じがした。
え、今のって、キス?
驚いているとまた背中に文字を書き込まれる。
『した』
「お、おお、よし」
『げんき だして』
もしかして、俺を励ますためにわざとやったのか?
―――理央。
「有難う、ごめんな、気を遣わせて」
『きみも あやまった』
「ん?」
また唇に何かが触れる。
おお、俺が謝ってもキスされるのか!
いいなこのシステム、考えた奴は天才じゃないか?
「いやーっ、ほんっとごめんなぁ? ごめん! 申し訳ない! マジですいませんでしたぁッ!」
これで何回キスしてもらえるだろう、ワクワク!
ってちょッ! い、いたたたッ! 両頬を引っ張られてるぞこれ! 痛い痛いッ!
「ごッ、ごふぇんっ! いひゃいッ!」
ジタバタしていると不意に痛みが消える。
はあ、策士策に溺れるとはこのことか、反省しよう。
「はぁ、だけどさ」
改めて周囲を見渡す。
「ここ、どこなんだ? お前の家の下って異世界だったりする?」
まさかブラジル? じゃないよな。
陽気なサンバのリズムも聞こえない、こんな寂しい場所がブラジルであってたまるか。
しかし、何なんだろう?
磐梯の野郎も魔法を使っていたが、まさかサラもそっち系だったとは、思いも寄らなかった。
まあ、かく言う俺自身が死んでループしてなんて超常現象を経験済みだ、今更あり得ないとは言わないが。
『ここは がらす の めいきゅう』
理央が俺の背中に文字を書き込む。
ガラスの迷宮?
『ぬけだす ためには せいきの るーとを たどるしか ない』
マジか。
ガラスの迷宮、ってことは、さっきぶつかったような見えない壁がそこらじゅうにあるってことか?
この見渡す限りの砂漠に透明な迷宮が展開されている、そういう話だよな。
―――洒落にならないぞ。
本物のガラスを使った迷宮なら、恐らくは判別がつく。
どれだけピカピカに磨かれていたってガラスはガラスだ、砂のせいで汚れて曇るだろうし、接合面は屈折率の関係で色がつく。
それに砂の寄り方で形状を把握することも可能だ、厚み次第ではブッ壊せるだろう。
だが、俺の目に映るのは果てしなく広がる砂の大地と空だけ。
つまり視認は不可能、そのうえ規模も分からない。
片手を壁につけて歩くったって限度がある、流石に丸一日続けたら幾らタフな俺でもバテる。
透明な理央を背負って歩くのも難しいだろう。
「なあ、壁に登ったりとかはできないのか? 二メートルくらいならどうにかなるんだが」
進んだ先が袋小路なら壁を乗り越えて進む。
それが出来れば多少はまだ望みが持てる。
『むり』
「そうか」
『かべは じょうげん が ない』
マジかよ。
『それに きぼてき に ふかのう』
うーん、まいった。
―――というか、あれ?
「なあ理央、お前さ、やけに詳しいな?」
ガラスの迷宮だの、壁に上限が無いだのと。
知識があって状況が見えているような言い草だ。
『うん』
少し間があって、背中に文字が書き込まれる。
『みえて いる』
「マジか!」
やっぱりそうか。
何故かはこの際構わない、今重要なのはここから出ること、それだけだ。
『けん』
「ん?」
『ぼくは ただしい るーとも わかる』
「おお!」
凄いぞ理央!
流石だな、頼りになる!
美人で可愛いだけじゃないんだよなぁ。
俺の彼女、最高かよ。
世界中に自慢したいぜ。
「有難う理央、お礼にハグしたいんだけど、いいか?」
両腕を広げて待つと、何かがギュッと抱きついてくる。
くッ、可愛い。
俺からも腕を回して、そのまま体のラインを掌で確かめていく。
ここは背中。
ゆっくり下がって腰、そしてここは、ムフ! お尻。
おっと、いかんいかん! ええと、脇腹、腕、肩、首、そして顔だ。
頭に理央の綺麗な顔を思い浮かべながら、指で顎のラインを確かめてあたりを付ける。
この辺りが唇。
試しにチュッとしてみた。
どうだ? キスできたような気が、って痛! 脇腹抓られた!
『なに する』
「ご、ごめん、驚かせて、だけどちゃんとキスできた?」
またギューッと抓られる、いてて!
『できた』
「あ、そう」
恥ずかしがり屋さんだなあ。
俺の可愛い子猫ちゃんめ。
「いやーごめん」
『しんぱい いらない』
「え?」
『いるよ』
―――バレた。
本音は不安だった、だから確かめた、でも見抜かれたな。
理央はここに居る。
俺の腕の中に、ちゃんといる。
『けん』
「どうした?」
『ここ でよう』
「そうだな」
このおかしな空間から抜け出せたら、きっとまた理央が見えるようになるし、声も聞こえるはず。
腕の中の質感が消えて、手をグイグイと引っ張られた。
促されて歩き出す。
砂の上を一歩一歩、理央に導かれるまま進んでいく。
理央は、足跡さえ見えない。
聞こえるのも俺の靴底が砂を踏む音だけ、握られているはずの手にはその感触がない。
俺は理央と歩いているんだよな?
本当はここに独りきりで、全部幻―――なんてことはないよな?




