迷宮とカノジョ 1
LOOP:8
Round/Glass Labyrinth
―――落ちて、落ち続けて、どれくらい経っただろう。
理央を抱きしめながら固く閉じていた瞼の裏に光を感じる。
ハッと目を開くと、視界一杯に広がる薄水色が飛び込んできた!
「理央ッ」
腕の中を覗き込むと、顔を上げた理央が「健太郎」と見つめ返してくる。
不安そうな表情だが落ち着いているな。
流石は理央、でも、ここは一体?
体を捻って見える範囲を確認すると、落ちていく方には薄茶色の大地が広がっている。
あれは、砂、か?
距離は多分あと数十メートル。
受け身を取らないと!
俺がクッションになって衝撃を引き受ける、流石に全部は無理だろうが幾らか軽減できるはずだ。
自分が下になるよう体の位置を入れ替える。
密着して、理央の頭を胸にしっかり抱え込んだ。
あとはタイミング、八、七、六!
「けん」
「黙って!」
舌を噛むッ、三、二、来る!
強い衝撃と同時に体がバウンドした!
そのまま理央を抱えて転がるッ、痛い! 苦しいッ、くそ、堪えろッ!
ようやく体が止まった。
同時に咽つつ目を開ける。
これは、鋤骨をやったかもしれない。
折れてはなさそうだが、ヒビくらいは入ったかもな、でもあの高さから落ちてこの程度なら奇跡だ。
他は痛むくらいで問題なく動く。
「だ、大丈夫か、理央?」
声を掛けつつ腕を解くと、顔を上げた理央がゆっくり体を起こした。
砂まみれだな。
俺も、いてッ、いてぇ。
肺の痛みに打撲に擦り傷、なかなかの状態だ。
しかしここはどこだ?
あの空から落ちてきたんだよな、一体どうなってる?
頭上に広がるのは雲一つない薄水色の空。
俺達が落とされた穴の痕跡さえ見えない、ぼんやりとしたただの空だ。
「すまない」
起きて胡坐をかく俺に寄り添う理央が謝ってくる。
「え?」
「僕のせいで」
ああ、もしかして庇ったことか。
お前に怪我が無いならそれでいい、勝手にやったことだ。
「いいって、俺、傷とか治るの早いし」
「え? ああ」
「ん?」
「いや、そのことにも感謝しているが、この状況の原因を作ったのは僕だから」
サラに落とされたことか。
それこそ理央の責任じゃないだろう、どう考えても俺達は被害者だ。
「すまない」
「謝るなって、お前のせいじゃない」
俯く理央の可愛いほっぺにチュッとキスする。
「お互い無事だったし、切り替えていこうぜ」
「だが」
「じゃあ今から謝るの禁止、ごめんって言うたびキスするぞ」
ポカンとした理央はクスクス笑いだす。
「なんだい、それ」
「口にだからな」
「はいはい、まったくもう、君って奴は」
やっぱり理央は笑っている方がいい。
それに、お前と二人ならこの状況だってどうにかなると思える。
理央のために頑張るぞ!
むしろ見せ場ってヤツだ、格好良くて頼れる彼氏だって惚れ直させてやる。
「しかし、どこなんだここ?」
辺りをぐるっと見渡した。
端的に表現するなら―――何もない、どこまでも続く砂の世界だ。
薄水色の空は明るいのに太陽が見あたらない。
そして地面は砂、ずーっと平坦な砂だ、地平線はあるが建物の類も、植物も、人影や動物の姿さえ見えない。
下が砂でよかったな。
これが硬い岩や土だったら落下の衝撃で骨が砕けていた。
気候は暑くもなく寒くもなく、とにかく違和感と言うか、虚無って雰囲気の空間だ。
俺達って天ヶ瀬邸の庭に開いた穴に落とされたんだよな?
それでこの空間に辿り着いたのか。
地下世界、なわけがない、ここはどこなんだ。
「ったく」
砂を払って立ち上がろうとすると、理央が不意に「あっ」と声を上げる。
どうした? 離れるのが怖いのか?
よしよしと頭を撫でて、ついでに軽くキスしてから腰を上げる。
まあ、とにかく少し歩くか。
移動すれば何か見つかるかもしれない。
「いて!」
数歩進んだあたりで何かにぶつかる。
は?
なんだこれ、壁?
透明な壁があるぞ、しかも結構デカそうだ。
「おい理央! ここ、壁が―――」
話しかけつつ振り返って固まった。
―――いない。
理央の姿がどこにも見えない。
「理央?」
辺りを見渡す。
何度も確認するが、いない。
消えた?
途端に―――心臓がバクバクと鳴り始める、嘘だろ、おい!
「理央ッ!」
どこだ理央ッ! 理央ッ!
「りおーーーーーーーーーッ!!」
叫ぶ!
こんな場所でお前を見失ったら、俺は!
「りッ」
もう一度叫ぼうとした時、背中に何か触れた。
「理央ッ!」
振り返るが誰もいない。
呆然としていると、また背中に何かが触れる。
「理央?」
もしかして、お前なのか?
でも姿は見えない。
また背中に何か触れる、グイグイッと押されて、ギュッと抓られた。
この感じ、分かる、分かるぞ!
理央の手だ、間違いない!
「理央なのか?」
いるならこの辺りだろうか、手探りすると不意に手が止まった。
感触はない。
だけどそれ以上手を進められない、何かに遮られて動かせない。
何か、形がある?
両手でゆっくりなぞっていく、細くてしなやかで、これは腕、肩か?
だとするとこの辺りは首。
そこから前へ下がって、パツッとした張りのある、だけど仄かに膨らんでいるようなこの形は―――あいててッ!
て、手の甲を抓られた。
今のは、いや! 間違いない、これは理央だ!
でもどうして見えない?
多分声も聞こえなくなっている、一体どういうことだ。
「理央」
試しに両腕を大きく広げてみる。
何かが胸の辺りにそっと寄り添ってきたように感じた。
ゆっくり抱いてみると、相変わらず何の感触もないが確かにいる。
これは透明な理央だ。
見えないけれど、俺の腕の中に納まっている。
「お前の姿も見えないし、声も聞こえないが、いるんだな、理央?」
また背中に何かが触れた。
この感じは指? そして何かを書き込んでいる?
あ、文字だ!
理央が文字で何か伝えようといている!
『い』『る』『よ』
たった三文字。
だがそれで心底ホッとした。
理央はここに居る、どうして見えなくなったか、声も聞こえないのか分からないが、とにかくよかった。
「なあ、何があった? 怪我してないよな? どこか痛めたりとか、大丈夫なのか?」
矢継ぎ早に尋ねると、間を置いて『だいじょうぶ』と背中に書き込まれた。
状況的にはまったく大丈夫じゃないが、俺から理央の姿が見えない、声が聞こえないだけってことのようだ。
は? 待て。
それって大問題だろう、今この場における唯一無二の癒しの恩恵を受けられないってことじゃないか!
くぅッ! 辛過ぎる!
訳も分からず穴に落とされた上にこの仕打ち! 流石に恨むぞサラ! それから協会とやらも!




