落下とカノジョ 4
「なによ」
サラは銀色の杖をギュッと握りしめる。
「なによッ! なによッ! なによッ!」
悔しそうに叫ぶと、赤い瞳にまたギラギラした怒りを灯して理央を睨む。
「いいわ! だったら本当のことを教えてあげる!」
そう言い放ち、銀色の杖の尻を強く地面に打ち付ける!
唐突に強い風が吹いた。
なんだか嫌な予感だ、咄嗟に理央の手を掴んでいた。
「私はね―――天ヶ瀬 理央!」
サラは空いている方の手で理央に指先を突きつける。
「貴方に復讐するために、ここへ来たのよ!」
だから、それは何でだよ。
困惑する俺と同様に、理央も訳が分からない様子だ。
「貴方が苦しんで! 嘆いて! なにもかもを失い絶望する様をあざ笑ってやりたかったの! どう? ご納得いただけたかしら!」
高笑いするサラを唖然と眺める。
こっちは訳を知りたい、理央にも思い当たる節はなさそうだ。
それなら逆恨み?
だとすれば取り付く島がないぞ、この状況をどうやって収拾させたらいい。
「ただ、その男に本当に資質があったことだけは想定外だったけれど」
俺か?
資質って何だ、相変わらず意味不明だ。
こっちは巻き込まれたんだ、少しは情報を開示してくれ。さっきからずっと蚊帳の外じゃないか。
「魔女に誑かされているだけの、愚鈍な豚じゃなかったようね」
豚呼ばわりかよ、というか魔女って。
俺にも多少ならず縁のある存在だ。
そんなものに理央を例えたところで何とも思わない、むしろ恩人だからな、感謝したいくらいだ。
「流石、青天の次期宗主が入れ込むだけのことはある」
さっきから謎ばかり増えていく。
でも青天の宗主って言葉は、確か前に磐梯も言っていたような気がする。
「だからこそ」
不意にサラが杖を振るう。
「貴方に弄ばれた恨みを、私は晴らさなくてはならないの!」
も、弄ばれた!?
咄嗟に理央を見る。
気付いた理央に睨み返される、ごめん! 疑ったわけじゃない!
だが、どういう意味だ?
サラは何かを誤解して、そうだと思い込んでいるのか。
「だからね、貴方が守ろうとしている大切なものを、奪ってあげる」
赤い瞳が俺に向けられる。
同時に心臓を射抜かれたように、鼓動がドクリと震える。
「そうすれば釣り合いが取れるでしょう?」
―――刹那、気配を覚えて理央を抱え飛び退いた!
俺の脇腹辺りを何かが掠めて飛んでいく。
ナイフか?
どこに仕込んであった、ギリギリ躱せたが、あれはナイフだったのか?
「あら! 反応がいいのね、驚いたわ!」
「健太郎ッ、大丈夫か、怪我は?」
「平気」
服が少し破けた、血も滲んでいるがたいしたことはない。
この程度ならすぐ治る。
「だが、血の臭いがする」
「大丈夫だって、お前こそ痛いところはないか?」
「僕は問題ない」
理央はサラを睨んで「貴様」と唸る。
ハッとなったサラは両手で杖を握った。
「よくもッ」
「だっ、黙りなさい!」
また何か飛んでくる!
理央を抱えたまま避ける! 避ける! 一体なんだ? 鋭利な何かってことしか分からない上に、発射装置の類が見あたらない。
形状はナイフの刃に似ている、極薄で透けるような作りだ。
これだけ仕込んでいるのにテグスの一本すら張られていないなんて、どうやって操っている?
―――まさかこれも、磐梯同様に魔法の類なのか?
「アハハッ! 無様ねえ、何故反撃してこないのかしら? 今更取り繕っているの?」
したくてもッ、飛んでくる刃の軌道を読んで避けるだけで精一杯なんだよ!
ふと気付くとサラからだいぶ離れてしまった。
もしや逃走のための時間稼ぎなのか? その可能性はありそうだ!
「まあ、だけど今の私は協会から力を貸し与えられているから、いくら貴方であっても勝ち目はないかもね? 天ヶ瀬の魔女」
―――まただ。
理央を魔女と呼んだ。
「いい加減にしろ!」
俺の腕の中から理央が怒鳴る!
「妄言を吐き、協会の威信を踏みにじり、この天ケ瀬を愚弄した、お前は既に重罪人だ、然るべき罰を覚悟するがいい!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
サラは地団太を踏んで叫ぶ。
「だって貴方が悪いのよ! 嘘を吐くから! 私を騙したから!」
「そんな覚えはない!」
「ええそうでしょうね? だけど私は騙されたの! 傷つけられたのよ! だから貴方が悪いの、罰を受けるべきは貴方なのよ!」
「意味不明だな」と理央が吐き捨てる。
同感だ、なのにサラは頑なに訳を話そうとしない、そこが一番重要なのに。
一方的に言い連ねられたところで理解も共感も無理だろう、結論だって出せないじゃないか。
「嫌いよッ! 貴方なんて―――貴方達なんてッ、大嫌い!」
サラ。
痛々しい姿だ、怒っているのに泣いているように見える。
俺が同情する義理はないし、サラだって嫌がるだろうが、それでも辛そうな女の子を放っておけない。
どうすればいいんだろう。
「私の前から消えてしまえ!」
ふり絞るような叫びを聞いた瞬間、また背筋がゾワッとした。
―――何かマズくないか?
訳も分からず、ほぼ直感で理央を抱く腕に力を込める。
サラが両手で掲げた杖を、地面に強く打ち付ける!
「健太郎!」
理央が声を上げる!
「ご愁傷様! 今頃気付いたってもう遅いわ、逃げ場はなくってよ!」
足元が、消えた?
―――地面が無い。
「り、理央!」
穴が空いた。
とてつもなくデカい穴だ、ここからじゃどうやったって縁には届かない!
「さようなら」
一瞬でサラの姿が見えなくなって、落ちていく。
しがみ付く理央を胸にしっかりと抱えた。
絶対に放さない!
理央だけは必ず守る!
「離すなッ、掴まれ、俺が守るッ」
「け、んた、ろッ」
「大丈夫だ、理央ッ!」
落ちていく。
暗い穴の底へ、どこまでも、どこまでも―――
一体どこまで落ちるんだ。
この穴はどこに通じている?
そもそも、底はあるんだろうか。
腕の中の理央の髪に鼻を埋めて目を瞑った。
俺が正気でいるための縁、しっかりしろ、何があっても諦めるんじゃない。
理央のために全身を奮い立たせろ!
だが、俺達は。
一体どうなってしまうんだ?




