落下とカノジョ 3
「それで、君」
ふと心配そうに俺を見る理央に、大丈夫だと笑い返す。
また殺されたからな。
理央は「うん」と頷いて、俺の胸に手を置いた。
―――サラに刺された辺りだ。
「痛かっただろう、すまない」
「お前が謝ることじゃないだろ」
「そう、だけど」
「でも話が違うよな、俺はやり遂げたのに、なんで殺されなくちゃいけないんだ」
「そうだね、君の言うとおりだ」
今度は憤慨した様子で理央は言う。
「君は試練を乗り越えた、協会の目的は達せられた」
「おう」
「それも、たった四日でやり遂げたんだ」
「いや、四日も掛かったよ」
「そんなことはない、早過ぎるくらいさ」
そうかな。
そっと理央を抱き寄せると、理央も俺に身を預けてくる。
「改めておかえり」
「ああ、ただいま、寂しかっただろ? ごめんな」
「いいさ、こうしてまた僕を愛してくれるのだから、何を問うものか」
「うん」
もう離さない。
俺のものだ。
「だが、やはり話が違う」
顔を上げる理央に頷き返す。
同感だ、殺されるなんて納得できない。
「試練を越え、裁定は為された、僕らは試された側だが、この結果はどう見ても『是』だ」
「だな」
「しかし裁定者は君に不条理な死を与えた、これは明らかな逸脱だ、協会の思惑が絡んでいるとは思えない、きわめて個人的な動機だと推測する」
その辺は俺にもよく分からないが、私怨だろうって点は同感だ。
せめて訳が知りたい、なんで俺が幸せになっちゃいけないんだ、結果としてサラはフラれる形になったからか?
だけどサラが彼女だったことは多分試練の一環だろう。
サラもずっと素っ気なかったし、本当に好きだったはずがない。
それなのに『許さない』なんてどういう理屈だよ。
「なあ、理央」
尋ねようとした矢先に何かの気配を感じた。
「天ヶ瀬 理央、そして、大磯 健太郎」
理央を庇いつつ振り返る。
そこにいたのは―――サラ!
いつの間に現れた? 足音も聞こえなかったぞ。
「おめでとう、裁定は下りました」
そう言ってサラが振った手の中に細い杖が現れる。
銀色の細い柄の部分に何かの意匠が彫り込まれ、先端には金と銀の二匹の蛇が数字の8を描くように絡み合う、恐らく金属製だろう杖だ。
「大磯 健太郎は、自らにその価値ありと期日の内に我らへ示して見せた、大変立派です」
我ら?
「故に、協会は貴方を、青天の次期宗主である天ヶ瀬 理央の伴侶と認め、ここに承認いたします」
話の内容は分からないが、とにかく認められたんだな。
よかった、でも問題は解決していない。
俺を殺した理由を聞かせて欲しい。
不意に理央が俺の服をギュッと握る。
見ると、やけに警戒している様子だ、多分俺を殺したからだろう。
けれどサラにループの記憶は多分無いはず。
いつも俺と理央しか覚えていないからな、例外じゃないだろう。
だからこそ睨みを利かせているのか。
また突然ナイフを握って襲い掛かってくるかもしれないと、何しろこっちは殺された理由が分からないんだ。
俺は女の子には手を挙げない主義だが。
愛する理央に何かするつもりなら―――容赦しない。
「けれど」
無表情だったサラが、不意に燃えるような目で理央を睨みつける。
「私は認めない」
その赤い目がギラッと光ったような気がした。
思わず息を呑む。
理央も身構えている。
「貴方はずっと! ずっと! 皆を騙して、偽って! 挙句に伴侶を見つけて幸せになる? 貴方だけが? そんなの到底、許せるわけがないじゃない!」
何の話だ。
もしや、サラが恨んでいるのは理央なのか?
「ふざけているわ、心底腹立たしい!」
「君の言葉は理解不明だ、何の話をしている」
「よくもそんな口が利けたものね! この詐欺師! ペテン師! 最低よッ、最低だわッ!」
横目で様子を見ると、理央も戸惑っているようだ。
サラは何をそこまで怒っている?
「そもそも君は、協会の委任を受けた正規の裁定者だろう、公正を期すべき立場にありながら私情を持ち込むか、公私混同甚だしい」
「なんですって!」
「言わせてもらうが、そちらの横暴とも取れる突然の裁定を僕の健太郎は素直に受け入れ、見事これを果たしてみせた、この結果に何の文句がある、こちらはむしろ君にこそ裁定者としての資質を問い質したい」
「はあ?」
「君の行いは重大な違反行為、そして天ヶ瀬に対する最大級の侮辱だ、到底許せるものではない」
「なによそれ、脅しているつもり?」
「いいや」
理央は俺から離れてサラと向き合い、首を横に振る。
「協会に抗議させてもらうと告げている」
ハッとなったサラが少し後退りした。
俺も理央の怒りの気配に若干圧倒される。
こんな様子は今まで見たことがない。
俺はどうするべきだろう。
理央を落ち着かせた方がいいのか? だが理央の怒りは正当なものだ、口出しするのもおかしい。
それに俺のためにも怒ってくれているのに、宥めたりしたらそれこそ裏切りだろう。
滅多な真似はしないと思うが、流石に物理に訴えそうになったら止めるか。
理央が誰かを傷つける姿なんて見たくないしな。
「こ、抗議なんかしたって無駄よ、だって私は協会から指導を受けていない、だから私のしたことも間違っていない!」
「その言葉で今日に至るまでの全てが確信的に行われたものだとはっきりした」
「だったら何よ!」
理央はフッと鼻で笑う。
「君、浅はかだな」
「は?」
「教会にも面子がある、恐らく結果が出るまで様子見でもしていたんだろう」
「なんのことよ」
「分からないか? まったく皮肉な話だが、僕の健太郎が優秀だったお陰で裁定は収拾不可能な破綻を免れ、協会の体面も保たれた、その点に関してはこちらの貸しだろうね」
それを踏まえて、と理央は話し続ける。
「君の裁定者としてあるまじき行為の数々、それを協会がどう捉え、どう判を下すか、見ものじゃないか」
理央を睨むサラの顔からスッと血の気が引く。
何かヤバいことに気が付いたのか、俺だけさっぱり訳が分からないままだ。
ここまで聞いた内容を整理してみよう。
まず、協会とやらが俺と理央に試練を与えた。
サラはその裁定者として協会から派遣されたが、どうやら個人的な恨みを理央に抱いていて、それを晴らすために状況を利用しようとしたらしい。
協会はサラの思惑を見過ごしていると見せかけて、全部片が付いてから何らかの処罰を下すつもりだった、ってことか?
つまり、俺は巻き込まれたのか。
それはまあどうだっていいが、一体理央に何の恨みがあるのかは知りたい。
そもそも理央が恨まれるっていう状況が理解できない、こんなに美人で可愛くて優しいのに。




