落下とカノジョ 2
天ヶ瀬邸の周辺には道幅十メートル程度の恐らく私道が巡らされ、堀のような役割を果たしている。
近隣の家と一切接触していないのは防犯と災害に備えてだろう。
家を囲む塀は、道路から中を覗けないほど高い。
これって建築法違反じゃないか? 確か塀の高さは法律で決まっているはずだが、金持ちはその辺りも免除されるんだろうか。
その塀の上には尖った鉄柵が巡らされている。
監視カメラは目視で確認できる範囲で数十基。
一番の懸念だった迎撃用の装備に関しては見当たらない、恐らく設置されてないだろう。
よかった、これなら何とかなる。
さて、それじゃまず確認しないとだな。
適当な距離の民家を選んで屋根の上に移動すると、ポケットから硬貨を取り出す。
狙いを定め、天ヶ瀬邸の塀の上に並ぶ鉄柵めがけて投げつける!
キンッと金属同士がぶつかる高い音が響いた。
―――それだけだな。
高圧電流の類も無し、と。
ただ今ので装置を稼働させるかもしれない、急ごう。
道中拝借したロープの端を軽く結わえて輪にすると、片手に持つ。
辺りに通行人や車の類が見えないことを確認して、近くの電柱の足場めがけて輪にしたロープの端を放った。
よし、上手く引っかかったぞ。
グッと引くと輪が締まり、足場にロープがしっかり結びつく。
もう一度周囲を確認、ロープを握って勢いをつけ、家の屋根からジャンプ!
振り子の要領で放り出された体が天ヶ瀬邸の壁に一番近付いた辺りでロープを手放し、思いきり両腕を伸ばして鉄柵を掴んだ!
そのまま両足を壁につけて蹴り、逆上がりの要領で鉄柵を飛び越える―――くッ! 高さが少し足りないか!?
ならばッ、体を捻じって伸ばした片手で鉄柵の尖ってない辺りを強く突く!
反動であと少し浮きあがった体はどうにか柵を越えたが、背中の辺りでビリビリッと何かが裂ける音がした。
そのまま落下しつつ受け身を取る。
転がって衝撃を逃がし、どうにか一段落ついて立ち上がった。
「い、いてッ」
片肩が外れたな。
ぐッ、えい! ふう、よし。
嵌った、まだ痛いがそのうち収まる。
それより土まみれだ、見えないが背中も破れただろうし、はあ。
まあいい、行くぞ。
奥に聳え立つ邸宅を目指してまっすぐ進む。
理央、待ってろよ!
清々しく静まり返った朝の空気の中、不意に遠くに現れた黒服の集団がこっちへ向かって走ってくる。
なんだ?
「君は誰だ!」
「止まりなさい、不法侵入だぞ!」
お、おお、流石に見つかったか。
だが今は捕まるわけにいかない!
構える俺に黒服たちは警棒を握って迫る!
「何が目的だ!」
目的?
そんなもの、愛しい理央に会うために決まっている!
俺は基本的には暴力反対だが、降りかかる火の粉は払わねばなるまい!
初手で飛び蹴りを一発、着地と同時に周囲に足払いを食らわし、振り下ろされた警棒を掴んで跳ね除け、反対側から迫るヤツに肘打ちを食らわす!
誰も! 今の俺を阻むことなどできはしないッ!
「うおおおおおおおおッ!」
警棒を蹴り飛ばし、掴みかかってくる奴らを片っ端から殴って蹴って、腕を潜り抜け突進しなぎ倒す!
こいつらは訓練を受けている、相手にとって不足なし!
ただ、恐らく天ヶ瀬邸の警備員だろう人達にあまり怪我を負わせるわけにはいかない、磐梯の時とはわけが違う。
多少手加減して防御を心掛けつつ、なかなかにしぶとく追いすがってくる人垣を突っ切っていく。
「はああッ、せいッ!」
うおっ、女の人も混ざってるのか、やり辛いな!
なるべく乱暴しないように、男と違って極力相手はしないように、やり返すとしても顔だけは絶対NGだ!
俺の主義に関わる、しかしこんな隠し玉を用意しているなんて、くッ、なんて厳重な守りだ!
「早く取り押さえろ!」
「ぐあッ、こいつ、やるぞッ!」
「大人しくしなさい!」
「君は一体何者だ!」
くそ、キリがない。
じりじりと屋敷には近付いているが、どうにもまだるっこしい。
一旦離脱して別ルートを探すか?
いや、それだと理央が―――
「やめなさーいっ! お前たち今すぐにやめなさーいっ!」
なんだ?
不意に遠くから間延びした声が聞こえてきた。
そっちへ目を向けると、息を切らして走ってくる燕尾服姿の初老の男が見える。
「その方は理央様の大切なお方だ! 攻撃するんじゃない! やめなさい!」
黒服たちは驚いた様子で俺から一斉に距離を取る。
「健太郎!」
初老の男を追い抜き駆けて来るのは―――理央!
「理央!」
思わず呼ぶと「この、大バカ者!」と怒鳴り返された!
え、なんでだ?
不法侵入して、警備と乱闘したから?
だ、だけど男しか殴ってないし、多分何も壊してないぞ?
途中で力尽きたらしい初老の男はこっちへ辿り着く前に立ち止まり、膝に手をついてゼイゼイと息を整えている。
理央だけ真っ直ぐ向かってきた。
凄い剣幕だ。
俺同様に圧倒されたらしい黒服たちは、俺から更に距離を取る。
「君はッ、何をッ、している!」
「そ、それより理央、無事か? まだ襲われてないようだけど」
「当たり前だ!」
うぅッ、怖い。
それに人目があるこの状況でループのことは聞けない。
まごつく俺の前に立った理央は暫く怖い顔をしていたが、ふうっと大きく息を吐いた。
「まったく、無事だったよ、君が案じたようなことは起きていない」
そうか、よかった!
理央まで被害に遭う前にループできたんだな、本当によかった。
「しかし何故こんな真似をした」
「あ、会いたくってさ、心配で、だから早く」
「それなら普通に訪問すればよかっただろう、こんな侵入者まがいの真似をせずとも」
あ。
―――確かに。
天ヶ瀬邸までは最短ルートを辿っても、門のところで普通にチャイムを鳴らせばよかった。
「うっかり失念していた、そんな顔だな?」
申し訳ない。
改めて溜息を吐いた理央は、ようやく息が整ってこっちへ向かってくる初老の男に黒服たちを下がらせるよう言う。
黒服たちは急に恐縮して謝ってくれるが、俺こそこんな真似をして非常に心苦しい。
本当にすみません、二度としません。
殴ったり蹴ったりしてごめんなさい、反省します。
「健太郎」
「はい」
「彼らと僕に何か言うことは」
「ごめんなさい、もうしません」
「結構」
どうも俺は理央が絡むと暴走しがちだ。
今後は気を付けよう。
初老の男に引率されて屋敷の方へ戻っていく黒服たちを見送る。
あちこち怪我をして痛そうで、本当にすまないことをした。




