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涙とカノジョ 3

「ねえ、あのさ、ケン」

「どうした?」

「アンタ、今日は天ヶ瀬からもチョコ貰うんでしょ?」

「えっ」

「誤魔化さなくていいって、ほしっちはカンカンだけどさ、男同士だもんね、色々あるんでしょ?」


なにか誤解を受けている気がするが。

―――黙っておこう。


「でも、ダミーの彼女ならアタシが立候補したのに」

「ダミー?」

「ねえ、今からでも考え直さない?」

「それは、その」


じっと俺を見詰めて、朝稲は不意にクスッと笑う。


「なーんてね! 冗談冗談、そんなのこっちもお断り!」


何の話をされたか分からないが、朝稲は少し寂しそうだ。

でも、これは俺が踏み込んでいいことじゃない気がする。


「ねえ、ケン?」


不意にギュッと手を握られる。


「チョコ、美味しかったね、一緒に食べれてよかった!」

「そうだな、有難う朝稲」

「ふふっ、こっちこそアリガト! じゃあアタシはそろそろ教室行くね? アンタも今日はしっかり頑張りなさいよ!」


俺の背中をバシッと叩いて朝稲は行ってしまう。

その姿を見送っていると、不意に「健太郎さん」と呼び掛けられた。


「霜月さん」

「はい」


おはよう、と挨拶する。

霜月はやけにモジモジして、カバンから取り出したものを差し出してきた。


「これ、どうぞ」

「えっ」

「あの、恋人同士で食べるチョコです、僭越ながらお二人を応援したくて、その」


そんなものがあるのか。

でも、どうしてわざわざ俺に?


「あ、天ヶ瀬君と、召し上がってください」

「は?」

「いつでも応援していますから、それでは私はこれで、どうぞお幸せに!」


走り去る霜月を呆然と見送る。

恋人同士で食べるチョコを天ヶ瀬とって―――そういえば前に何かを誤解されていたような。

ううーん?

これをあいつと食べるのか。

まあ、いいか。

俺もオペラを贈るつもりだし、この際構わないだろう。

―――サラには申し訳ないが。


「ケン」


不意の呼び声に振り返ると、そのサラがこっちへ向かって歩いてくる。

不機嫌そうな様子だ。


「それ、何よ」


指して訊かれたのは俺が抱えているたくさんの包みと、腕から下げた紙袋。

それと、配る用のチョコが入った紙袋もだろう。


「恋人の私がありながら、貴方って最低ね、失礼極まりないわ」

「全部友チョコだよ、本命は受け取ってない」

「関係ないわ、なによ、浮かれて!」


浮かれては、いるな。

そういえば皆に作ったチョコを渡し忘れていた。


「そうだな」


軽く息を吐いて、配る用のラッピングしたカップチョコを一つ、紙袋から取り出す。


「はい」

「は?」

「これは俺が作った、せっかくのバレンタインだ、皆で楽しもうと思って」

「はぁ!?」


サラは眉尻を吊り上げてキッと俺を睨む。

チョコを持つ俺の手を払い除け「結構よ!」と怒鳴りつけてきた。


まあ、そんな気はしていた。

取り繕うのはもうやめだ、サラもしつこくされたら迷惑だろう。


「やっぱりいらないか」


包みを紙袋に戻す。

分かっていたがそれなりにショックだ。

そのまま、サラの脇をすり抜けて教室へ向かう。


「ちょっと!」


呼び止められても立ち止まる気になれない。

サラは俺の彼女、だった。

もう無理だ、終わりだろう。

たった四日しか付き合ってないのに別れるなんて心苦しいが、多分俺達の間にはどうにもならない溝がある。


でもきっと、サラを傷付けた。

それだけはすまないと思う。

俺だって限界だ、でもそれは俺の事情であって、サラに擦り付けることじゃない。

―――明日にでも話をしよう。

サラから別れ話を切り出されたら、受ける用意はもうある。


教室に入ると、五月女が気付いて寄ってきた。


「おっ、ケン、おはようって、お前それ、チョコかよ!」

「ああ」

「この野郎!」


五月女の肩パンをサッと避けた。

甘い甘い。


「ッチ! お前なあ、あんな奴でも一応彼女がいるってのに、他の子からもチョコ貰うとかどういうつもりだよ!」


「悪い」と苦笑いする。

俺達はもう終わりだ、さっきから頭と胸がズキズキ疼いている。


「くそッ、貰えない奴の気持ちとか、ちょっとは考えたことあるのか?」

「ないな」

「この!」

「俺は生まれてこの方、物心ついた頃からバレンタインにチョコを貰えなかったことがないから」

「このヤローッ!」


薫に、藤峰のおばさん、母さんと、最近は母さんの秘書の加賀美さんもチョコをくれる。

他にも女の子の友達は大抵くれるから、毎年バレンタインはチョコ祭りだ。


「なんだよッ、お前ズルいぞ! 結局身長と顔なのかよ!」

「そろそろ自販機を追い越しそうなイケメンで本当にすまない」

「くそッ」


教室のあちこちからも舌打ちが聞こえてくる。

まあ事実は時として残酷なものだ。

だが安心しろ、今年はモテないお前達にも救いがあるぞ。


「でもな、五月女」

「なんだよっ」

「そんなお前には俺から―――はい」


紙袋から取り出した包みの一つを五月女に渡す。


「ハッピーバレンタイン、いつも世話になっている礼だ」

「は?」

「皆にもあるぞ、俺から愛を込めて、ハッピーバレンタイン!」


周りへ呼びかけると、教室にいるクラスメイト達がポカンと俺を見る。

まるでハトが豆鉄砲を喰らったようだな、フフ!

掴みは成功、昨日それこそ半分死に掛けつつ百個もラッピングした甲斐があるってものだ。


呆然としている五月女の肩をポンと叩き、その後目が合った奴から片っ端にチョコを配って回る。

チョコのゲリラ作戦だ、はいどうぞ! お前もお前もはいどうぞ!

今日は俺から、愛と幸せの大盤振る舞いだ!


「えっ、わ、私にもくれるの?」


目をまん丸くする虹川に「おう」と笑い返す。

途端にポッとほっぺたを赤く染める様子が可愛い、はにかみながら「有難う」と喜んでくれる。

よかった!


「それ、さっき何かと思って見てたけど、そういうことなら早く渡せよな! 罰として二個よこせ!」


清野、お前ってヤツはつくづく厚かましいな。

でもいい、それがお前らしさだ、遠慮がない分こっちも気を遣わずに済む。


「え、わ、私にも? 嬉しい、有難う、健太郎君!」


絶大なフォロワー数を誇るお料理系動画配信者の愛原に渡すのは少し緊張するな。

微妙だと思ってもダメ出ししてくれるなよ? 所詮は素人の手作りだ、大目に見てくれ。


ほぼ全員のクラスメイトに配りきったが、それでも半分以上残っている。

まあ、百個あったからな。

じゃあ残りは他のクラスの友達と、先生方に配って回るか。

ちなみに一つだけおまけをつけた包みは、最近世話になりっぱなしな養護教諭に渡す分だ。

心配してくれたのに結局病院には行かなかったから、そのお詫びも兼ねている。


朝のHRが始まる前に配りに行こうかと思っていると、不意に廊下の方が騒がしくなった。

ハッとして待ち構える。

教室の出入り口に現れたのは―――やっぱり、天ヶ瀬だ。


「やあ、おはよう」


周りに挨拶する天ケ瀬と目が合う。

今朝も綺麗だ。

鼓動がドクリと震えて跳ねる。


「おはよう、健太郎」

「ああ、おはよう」


クラス全員に配った流れで天ヶ瀬にもチョコを渡そう。

これは前哨戦だ。

今断られたら―――オペラは独りで食べるか。


「これ」


紙袋から取り出した包みを差し出すと、天ヶ瀬は不思議そうに首を傾げる。


「なんだい?」

「チョコだよ、クラスの皆に配ったから、お前にも」

「ああ、なるほど」


理解したように微笑む姿は、なんだか寂しげだ。

ギュッと胸が詰まって苦しくなる。


「あの、さ」


耐えられず、つい口走っていた。


「これだけじゃ、ないから」


はたと俺を見た天ヶ瀬が、今度は―――フワッと嬉しそうに笑った。

う、うわぁ

可愛い、すごく可愛い!


「そうか」

「おう」

「分かった、有難う」

「―――ケン!」


突然の大声に振り返ると、ズンズン近付いてきたサラが俺の腕を掴む!

そのまま「来なさい!」と怒鳴られて、半ば引き摺られるように廊下へ連れ出された。

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