涙とカノジョ 2
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なにか、聞こえる。
携帯端末のアラーム音だ。
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パチッと目を開いて、体を起こすとそのままぐんっと伸びをする。
ベッドから降りてカーテンを引けば、外はいい天気だ。
おはよう世界!
今日は二月十四日、待ち侘びたバレンタインデー!
―――一昨日までの憂鬱な気分はこの際忘れよう。
それに、なんだか吹っ切れたような清々しい気分だ。
頭痛もしないし、よし!
登校しよう。
配るぞ、チョコ!
普段は男に一切興味のない俺だが、今日だけは性別問わず、手あたり次第にチョコをばら撒いてやる!
今朝はしっかり身支度を整える。
軽めにコロンも付けて完璧だ、制服はしっかりプレスしてシワひとつない。
髪もバッチリ、髭の剃り残しもナシ! 鏡に映る姿はいつもどおりイケている、よしよし、格好いいぞ俺!
女の子に好かれるためには、一に清潔感、二にも清潔感、とにかく見た目が命だからな。
飯もしっかり食って、ピカピカに歯を磨き上げる。
口臭なんかあったら最悪だ。
それにイケメンの歯は白く輝くものだと相場が決まっている、僅かな隙も女の子は見逃さない、バッチリ決めていくぞ。
こういうの、なんだか久々だ。
元の俺が戻ってきたような気がする。
落ち込んで、くよくよして、悩んで溜息吐いたり、そんなことばかりしている俺はらしくない。
前向きで図太く諦め悪く、ひたすら突き進んでいくのがいつものスタイルだ。
よーし、行くぞ!
―――またサラを怒らせたり、虹川達と揉めたりしても、その時はその時。
腹を括って向き合おう。
そして冷蔵庫のオペラはやっぱり―――あいつに渡そう。
天ヶ瀬だ。
他に思いつかない。
このところ浮かんでは消える面影が天ヶ瀬だって確証はないが、それでも一番しっくりくる。
だからあいつに渡す。
もう決めた。
放課後家に呼んで、もし来てくれたら、食べてもらおう。
その時に俺達が付き合っていたかも訊いてみるか、事実を知っておきたい。
サラには、けじめをつける。
もしフラれても、俺から別れようって言うことになっても、後悔はない。
配る用のチョコを詰めた紙袋オッケー、通学用のリュックを担いで靴を履き、家を出る。
なんだか前もこうして覚悟を決めて家を出たことがあったような気がする。
でもそれは、いつだったか。
何かに決着をつけるためだったように思うが、記憶にない。
また頭痛がする。
だけど俺は、この痛みにもう屈しない。
「あっ、健太郎君」
「おーっす健太郎!」
学園に辿り着いて早速、虹川と清野に遭遇した。
愛原も一緒だ。
「お、おはよう、健太郎君」
「ああ、皆、おはよう」
愛原とはこうして話すのは久しぶりだな。
ずっと何となく避けられていたから、多分周りと揉めていた俺の所為なんだが。
「おはよう、あの、これ、約束したチョコレートだよ」
おずおずと虹川が小さな紙袋を手渡してくる。
「おお! やった、有難う!」
「えッ、えへへッ!」
はにかんで笑う姿が可愛い。
すると脇から清野も「はいこれ! 私からもどーぞ!」と何か入った袋を渡してきた。
「色々考えたんだけどさ、今年は脱・チョコってことで差別化を狙ってみたんだよね、多分気に入ると思う、ハッピーバレンタイン!」
「サンキュー!」
「どういたしまして、お返し期待してるから」
その一言が無ければ素直に喜べたんだが。
不意に愛原が「わ、私も、これ」と小さな紙袋を差し出してくる。
「その、作ったの、よければ食べて欲しい、な」
「えっ、いいのか? 有難う」
「う、うんっ」
愛原からも貰えるとは思わなかった。
顔を真っ赤に染めて恥じらう様子がなんとも可愛い。
改めて三人それぞれに礼を言う。
虹川も清野も愛原も嬉しそうで、俺も嬉しい。
「でもいいの? 健太郎君」
「え?」
「私達からチョコやプレゼントを受け取って」
虹川はサラを気にしているんだろう。
俺も不義理だとは思うが、これは友チョコ、本命じゃないからノーカンだ。
「まあ、でもほら? 虹川さんや清野、愛原さんのせっかくの好意を無駄にはできないし」
「そうそう、健太郎は節操無しだからね」
おい清野、なんてことを言うんだ、そんなわけあるか。
俺が想うのはいつだってただ一人だ。
「確かにそうかも」
「う、うん」
虹川や愛原まで清野の言葉に同意している?
な、なんでだ。
―――まあ、女の子は難しいからな。
所詮男の俺には分からない、こればっかりはどうしようもない。
「まあいいや、その辺は追々ってことで」
「ねえ、リンは何をあげたの?」
「ないしょ~ッ!」
「ええっ、ズルい! 私とメグはチョコだって分かってるのに!」
「ふふ~ん、こういうことは友達と言えども仁義無用、ズルとかありませ~ん!」
「もう!」
楽しそうなやり取りを見ているとホッとする。
普段の日常が戻ってきたようだ。
「ケーンッ!」
「健太郎!」
ん? 今度は朝稲と杉本だ。
揃っていい笑顔でこっちに来る、どうしたんだろう?
「ここで張っててやっぱ正解だった、ね、アヤ?」
「トゥータフェ! 待ってたわよ健太郎、ところで今日は何の日かしら?」
「バレンタインかな」
「ウィ!」
「と、いうことで、はいこれ!」
二人も俺にチョコをくれるのか!
「限定二十個の超貴重なチョコだよ、フランスのなんとかってショコラティエが作ったヤツで、手に入れるの大変だったんだから!」
得意顔の朝稲に、杉本が「トモコ、J・P=エヴァよ」とフォローを入れる。
「ケン、私のショコラはジャック・ジュドー、今日のためにフランスから取り寄せたわ」
「どっちも超高級なチョコじゃないか! いいのか? 俺が貰っても」
「当然、アンタにあげるために用意したんだからね」
「ウィ、私のもじっくり味わって、自分用にも買ったけれど、とてもセテ・エクセランだったわよ!」
「えっ、自分用?」
「ウィ!」
いいなあ、と朝稲が杉本を羨む。
「アタシなんてこれ一個手に入れるだけで限界だったよ」
「だったら一緒に食べないか?」
俺のために頑張ってくれた朝稲にも味わって欲しい。
途端に集まっていた全員が『えッ!』と一斉に声を上げる。
な、なんだ?
急に妙な雰囲気になった気がするが、何事だ。
「それ、いいわね」
「ちょッ、ちょーっと待った! ケンはアタシだけ誘ったの! そうでしょ? ねっ!?」
ニッコリする杉本を押しのけて朝稲に確認を取られる。
えーっと、そうだが。
何を焦っているんだ?
「はぁ?」
「オーララ、そんなぁ」
杉本はショックを受けた様子で、清野があからさまに顔を顰める。
「ちょっと、なんだよそれ! ねえ健太郎、こいつに言ってやってよ、皆で食べようって!」
「ダメダメダメーッ! ほら健太郎ッ、あっちに行こ! あっちで二人で食べよ、ね?」
「おい朝稲!」
「うっさい! ダメなもんはダメなの! それにこのチョコあげたのアタシなんだからね!」
そうだな、俺のために用意してくれたチョコを皆に配るのは違うよな。
それは流石に朝稲に失礼だ。
「分かった分かった、じゃあ皆、取り敢えずまた後で」
「け、ケン~ッ」
『ええ~っ!』と揃って不満げな皆に謝って、朝稲と二人で場所を移動する。
あのまま昇降口で騒ぎ続けたら流石に周りに迷惑だ、いくらバレンタインとはいえ浮かれ過ぎだろう。
廊下の奥の階段脇にあるスペース、そこで包みをこっそり開けてチョコを食べる。
ん! 美味い!
これメチャクチャ美味いぞ、流石有名ショコラティエ、舌の上で蕩ける絶品の味わい!
朝稲もホクホクして満足そうだ。




