涙とカノジョ 1
LOOP:6
Round/Go Die! Valentine‘s Day!
「でッ、でぇッ、できたぁッ!」
うおおーッ、オペラだッ!
完成した、初回は散々な出来栄えだったが、今回は間違いなく成功だ! やった!
艶のあるチョコレートの表面、飾りつけのラズベリーと金箔。
断面も、多分、それなりに綺麗に仕上がっているはず!
そしてコク深いコーヒークリームと香り付けの洋酒のほろ苦く豊かなハーモニー
パティシエの足元にも及ばない素人の作だが、それでも充分美味そうに見える。
うっ、ううっ!
やったぞ薫、俺、やり遂げたぞ! すっげえ頑張ったぞ!
拳を突き上げてひとしきり感動を噛みしめる。
さて、カップチョコの方だが、こっちは順当に大量生産できたな。
まあ調子に乗り過ぎて、ラッピングの段階で絶望したんだが。
優に百個ほどあるぞこれ、明日一日で配り終えるのか? 余ったら自分で食うしかないな、ハハ。
だがしかし、そんなことは些事だ!
最難関のオペラを仕上げた俺に最早怖いものなどない。
かかってこいバレンタイン!
しかし上手く出来たなあ、我ながら惚れ惚れする仕上がりだ。
これなら絶対に喜んでもらえるぞ!
早く見せて、そして叶うなら一緒に食べたい。アーンなんてやれたら最高だろうな。
ふと時刻を見ると既に夕方近い、ずっと菓子作りにかかりきりだったから昼飯をうっかり取り忘れていた。
でも腹は減ってない。
初回の失敗したオペラをやけ食いしたせいだ、あれも味は悪くなかった。
ひとまず、この完成したオペラは冷蔵庫にしまって、と。
次は晩飯を作ろう、空腹じゃないが久々に食欲が湧いている。
今なら何でも美味く食べられそうだ。
使った道具を片付けて、改めて夕食を作り、テーブルに並べたところで携帯端末から着信音が鳴る。
誰だよこのタイミングに。
発信元を確認、って、薫か!
おお、むしろ飯を食ってる場合じゃない!
「はい」
『ケンちゃん?』
「おう!」
『ふふっ、元気そうだね』
端末から聞こえてくる声にホッとする。
久々だな、変わりない様で何よりだ。
『ねえ、メッセージ見たよ、アンジェロさんのお店に行ったんだね』
「まあな、教えてくれてサンキュ」
『ということは、お付き合いは順調に続いているんだ、よかった』
「ああ」
あれ? サラのこと薫に話したか?
まあいいか。
『ねえ、アンジェロさんは何のレシピを勧めてくれたの?』
「皆に配る方はカップチョコだ、数が作れて簡単だからって」
『皆にも配るんだ? 相変わらずだなあ、もう』
「まあな、そして本命の方は、なんとオペラだ!」
『オペラって、あのケーキの?』
「おう」
『凄い、大変だったでしょ?』
薫の口ぶり、どうやらオペラを作ったことがあるらしい。
流石だな、お見逸れする。
『だけどオペラなんて、イメージにぴったりだね』
同感だ。
でも、この期に及んでそれが誰かまだ分からずにいる。
俺は誰を思い浮かべて、誰のためにオペラを作ったんだろう。
『きっと喜んでくれるよ、でも、確か前は一緒に作るって言ってなかった?』
「それはその、色々あってさ」
『そっか、だけどバレンタインは今年限りじゃないからね』
そうだな。
来年一緒に作ればいい、楽しみが増えたってことか。
何事も考え方次第だ、有難う、薫。
『ねえ、ケンちゃん』
不意に薫から『今、幸せ?』と訊かれる。
「ああ」
『そっか、よかった、安心した』
「お前は?」
『私もケンちゃんが幸せなら幸せだよ、王子様の幸せを願うのがお姫様だから』
献身的な薫に今も多少の後ろめたさを覚えてしまう。
お前の想いに応えられなかったことは、この先も俺が抱え続けていく傷だ。
でもそれを誰かに、まして薫に言うことはない。
こんな身勝手で自己満足でしかない贖罪を口に出せるもんか。
俺は二度と間違えないために、ずっと背負っていくと決めたんだ。
『ねえ、ところで明日、実は私の家にも空輸便でチョコが届きます』
「え?」
『ケンちゃんの分もあるよ、毎年のお約束だからね』
おお、マジか!
手放しに喜べないが嬉しい!
『お父さんとお母さんの分と一緒に届くけど、日持ちするから明後日にでも受け取ってね、明日は無理だろうから』
「ああ、有難う!」
『それを伝えたくて連絡したんだ』
既に藤峰のおばさんにも話が通っているらしい。
『だけどね、ケンちゃん』
「なんだ?」
『お父さんがね、本来であれば恋人がいるような男に食わせるチョコはない、なんて言って、受け取りが遅くなったらケンちゃんの分も食べるつもりらしくて』
「えっ」
『だからなるべく早めに受け取ってね?』
「ははは」
それは、俺はどう対応すればいいんだ。
薫のチョコを受け取りに行く時、家に藤峰のおじさんがいないかどうか確認しないとだな。
『それじゃケンちゃん、一足早いけど、ハッピーバレンタイン!』
「おう、ハッピーバレンタイン!」
『天ヶ瀬さんと仲良くね、バイバイ』
通話が切れる。
―――は?
どうして天ケ瀬が、それに『さん』って。
ズキッと頭痛がする。
俺はやっぱりあいつと付き合っていたのか?
でも、そんな記憶はない。
いや。
―――忘れているのはそのことなのか。
三日前、俺は告白されて、人生初の彼女ができた。
サラ・グロウリー
小柄で可愛い、ちょっと気の強い女の子だ。
だがそれは違う。
漠然とあった違和感が今になって大きくなっていく。
サラじゃない。
俺が好きなのは、背の高い、全体的に色素の薄い―――
面影が浮かびそうではっきりしない、思い出しかけても頭痛のせいでかき消される。
誰なんだ?
天ヶ瀬なのか?
俺が好きなのは、天ヶ瀬 理央。
痛む頭を押さえつつダイニングテーブルの椅子に座る。
今はやめておこう。
それより飯だ、食って今日こそ風呂に入るぞ。
流石に三日も風呂に入ってない男なんて最悪だろう、自分の体臭は判定が甘くなりがちだしな。
ムダ毛もしっかり剃ろう、スキンケアもする。
なんたって明日はバレンタイン。
身なりから整えて挑まないと格好付かない、せっかく作ったオペラも無駄になる可能性がある。
改めて、想いを伝えるんだ。
言うなればこれは二度目の告白、まだ相手に心当たりはないが、その時になればきっと分かる。
そんな気がする。
忘れても、思い出せなくても、胸にある感情はまだ消えていない。
誰か分からないが、俺はその子が好きだ。
大切で特別なんだ。
だから伝える、きっと伝えてみせる。
ただ、俺の彼女はサラで、サラ以外に想いを告げるなら、それは浮気だろう。
浮気をするのは外道の極みと母さんに叩き込まれて育った身としては、割と心苦しい。
もし明日、オペラを渡す相手が分かったら、サラには別れようって話すか。
―――頭痛が少し増すようだ。
身勝手だし後ろめたいが、不義理な真似はできないからな。
悶々としながら飯を食い、使った食器を片付けて、風呂に入る。
ふう、気持ちいい。
頭が最悪に脂ぎっていて一度のシャンプーじゃ洗いきれなかった、これはかなり臭かっただろう。
昨日、今日と、改めて思い返すと居たたまれない。
多分周りにも臭いって思われていただろう、はあ、身の置き場がないな。
制服もシワだらけだったし、ガチでイケてなさすぎる、ここ数日のことはいっそ記憶から消してしまいたい。
湯船に浸かりながら、思う。
あと四日しかない。
時間が無いんだ、早く―――取り返さなければ。
風呂から上がって髪を乾かし、リビングのソファで暫くボーッとした。
明日はバレンタイン。
配る分はともかくとして、ちゃんと渡せるだろうか。
目を瞑ると瞼の裏にうっすら面影が浮かび上がる。
優しい笑顔、色素の薄い髪と瞳、背の高い姿は―――ああ。
やっぱり、あいつなのか。
俺がオペラを贈りたいと思っているのは。
まだ頭痛がする。
そろそろ寝よう。
いい加減この鬱陶しい痛みから解放されたい、いつまでまとわりつくつもりだ。
俺は、負けない。
絶対に。
手放すものか、取り戻すんだ。
思い出せ。
早く、早く―――




