空虚とカノジョ 3/後
「あ、あの」
「なんだい?」
「その、俺の幼馴染が、この店で製菓用のチョコや道具を買えるって」
現状は限りなく疑わしいが、薫が嘘を吐くはずない。
「ハァン? そいつは誰だ、名前は?」
「か、薫です、藤峰 薫」
「KAORUちゃん!?」
はえ?
驚く店員に俺も驚く。
こいつ、薫を知っているのか?
「はっ! ってことは、もしやユーは、KENちゃん!」
「は、はい」
「おーッ! イエス、イエス! ユーがKENちゃんか! 噂にたがわぬ男前だな、うん、よし! 許可しよう!」
「はい?」
「買い物してよし! うちは酒屋なんでね、基本的に未成年お断りなんだが、KAORUちゃんの幼馴染のKENちゃんならイエスだ!」
この店って許可制なのか。
確かに入るのにかなり勇気が要ったし、叱られて追い出される覚悟もしていた。
しかし薫のヤツ、マジで顔が広いな。
この店酒屋だぞ? それを開拓するなんて、流石は薫、俺以上の勇気と度胸だ。
「しっかしKENちゃんが来てくれるとは! もしかしてユー、ガールフレンドへ贈るチョコレイトを作ろうってのかい?」
「はあ」
「オウ、イエスッ! 最高だねッ! だったら俺に任せておきな、ユーのお望みの品を見繕ってあげよう、まず何のチョコレイトを作るかは決まっているのかい?」
「いえ、まだ」
「フゥ~ム、では君のお菓子作りの腕前を窺おう」
「それなりだと思います」
「過去に作ったことのあるお菓子は?」
そうだな、ばあちゃんと一緒におはぎやまんじゅう、薫の手伝いでクッキーやケーキも作ったこともある。
少し手の込んだものなら、シュークリーム、カステラ、練りきり。
菓子に関してはレシピに忠実に作ればまず失敗しない、手間を惜しまず、アレンジを加えず、そうすれば大抵は無難に仕上がるからな。
「ザッツグレイツッ! さいっこうじゃないか! 流石はKAORUちゃんの幼馴染! 上級編でも問題なさそうだ!」
酒屋の店員、もとい、謎男は俺の話を聞いてやけに浮かれている。
「ささ、こちらへ」と案内された店の奥の一角には―――おお、凄い!
かなりの種類の製菓材料だ!
ブロック状のチョコレートから、砂糖や粉の類、リキュール類、トッピング、果ては初心者用のキットまでよりどりみどり。
お菓子のレシピ集も置いてあるのか、道具からラッピングに至るまで、この店だけで全部揃いそうだ、まさに至れり尽くせりってやつだな!
流石は薫一押しの店。
でも酒屋なのに、どうしてここまで種類豊富に取り揃えているんだ?
「俺はバレンタインが好きでねえ」
唐突に謎男がしみじみと語り出す。
「バレンタイン最高! ついでにホワイトデーも最高! 企業の陰謀論なんて関係ねえ、恋人たちがハッピーならそれでいいじゃねえか! LOVE・エン・PEACEだぜぇッ!」
なんだこいつ。
言っていることは分かるが意味が分からん。
「そ・れ・に・だ、KAORUちゃんから聞いてるぜぇ、KENちゃん、好きな子には尽くしたいタイプなんだろ?」
うぐっ!
薫のヤツ、そんなことまで話したのか。
「だからいつか彼女ができたら、うちの店に来るだろうって、予想していたの・さ!」
「あ、いや、今回は皆に配る分も作ろうと思って」
「オウ! いいのかい? さっすがはKENちゃん、まさにLOVE&PEACEだねぇ、博愛主義最高!」
余計なお世話だ。
これ以上こっちの事情を説明する必要はないな。
「ええと、だから、配る分は手軽に量を作りたい、それでその、本命用は気合を入れたいんだが」
「イエス! ザッツライト! いいぜぇ、まかせな? KENちゃんにピッタリの方程式がたった今! この俺の灰色の脳みそに閃いちまったぜぇ!」
どこかの探偵みたいな言い回しだな。
まあでも、これだけの商品を用意している店の店員だ、こいつに任せて問題ないだろう。
言うが早いか謎男は早速ババッと商品をかき集め、一方的にレクチャーを始める。
「さて、配る方はカップチョコがお勧めだ、溶かしたチョコをカップについで固めるだけでお手軽簡単、小学生でも作れる」
「そうだな」
「使うカップはミニマムだがたっぷり入ったコイツがいい、で、チョコレイトとトッピングは大袋のコレ! 安価で量産、ザッツ効率的!」
「なるほど」
「そ~し~てぇ~! 愛しのハニーに捧げる特別なショコラは、KENちゃんの製菓の腕を見込んで―――こいつだ」
陳列されているお菓子のレシピ集を手に取り、パラパラッとめくったページを俺に見せてくる。
オペラって、これ、ケーキじゃないか!
「お前さんならやれる! 全ては愛ッ、愛だッ!」
「お、おお!」
「KAORUちゃんは言ってたぜぇ、バレンタインはチャレンジの場だってな! ここぞという腕の見せ所、KENちゃんも気張って漢を魅せな!」
そうか、そうだな、確かに一理ある。
しかしオペラか。
高級感があって、あいつのイメージにもピッタリだ、奇跡のチョイスじゃないか。
でも、こんな難しそうなケーキをまともに作れるだろうか。
それに学園には持っていけないし、渡すなら家に呼ばないと。
―――はッ!?
まさか、これを口実にお家デートに誘う? そこまで見据えた提案だったのか!
「よし」
「おッ?」
「俺はやる」
「オウ、イエスッ! それでこそKENちゃん! 漢だぜぇ!」
「どうも有難う、それでその、店員さん」
「なんだいブラザー」
「材料と作り方を詳しく教えてくれないか?」
「モチのロンだぜ、任せな? それから俺のことは―――セント・バレンタインの使者、アンジェロって呼びな!」
アンジェロ。
確実に本名じゃない、こいつはどこからどう見ても生粋の日本人男性だ。
だがこの際どうだっていい。
天使を名乗るバレンタインの使者、お前に決めた! 頼むぞアンジェロ!
言われるがまま集めた商品をレジで購入する。
―――あれ?
想定よりかなり安いんだが。
「KAORUちゃんのツテだ、全品三割引きにしといたぜ」
「あ、アンジェロッ!」
「フフッ、ハッピー・バレンタイン! この世の全ての恋に幸あれ!」
お前は本物のバレンタインの使者だ、アンジェロ。
後でこの店を教えてくれた薫にもメッセージアプリで礼をしよう。
なんだか気合いが漲ってきたな、よーし、やるぞッ!
「またな、アンジェロ!」
「明日のバレンタインが終わったら、ホワイトデーの営業は3月1日から14日までだ、それ以外の期間は来るんじゃねえぞ! この店は酒屋だ、未成年入店禁止ィ!」
「了解!」
ホワイトデーも必ず来るからな!
二十歳を過ぎたら酒だって買いにくるぞ、有難うアンジェロ!
さあ、帰ってチョコを作ろう。
皆に配って回る用のカップチョコ、そして―――大切なあいつには、特別なオペラを。
あいつ?
さっきから俺は、誰を思い描いて考えている?
酒屋を出て帰る道の途中で不意に立ち止まる。
サラ、じゃない。
あの子なら、例えばタルトとかガトーショコラってイメージだ、オペラは確実に違う。
でも、俺はその子と一緒にチョコを作る約束をした。
火も刃物も使わせてもらえないから、怪我をするといけないって家の人に止められていて、だから。
また少し頭痛がする。
いや、いい、帰ろう。
こんな場所で考えこむより、帰ってチョコを作る方が建設的だ。
もしかしたら作っている間に何か思い出せるかもしれない。
約束は―――果たせなかったけれど、俺一人でも手作りするんだ。
明日はバレンタイン。
大切な相手に想いを伝える日。
でも俺は、一体誰に、何を伝えたいんだろう。




