空虚とカノジョ 1
LOOP:5
Round/Imitation
学園に着いた。
風景だけはいつもと変わらない朝だ。
昇降口で靴から上履に履き替えていると、不意に「健太郎」と呼ばれて振り返る。
「おはよう」
天ケ瀬だ。
―――俺と付き合っていた。
なんとなく目が離せなくて、ついじっと見つめてしまう。
「なんだい?」
不思議そうに首を傾げる仕草が可愛い。
ってなんだよそれ、こいつは男だぞ?
でも―――やっぱり可愛い。
それに顔が本当にどストライクに好みだ、背が高いところや、落ち着いた雰囲気なんかも好み過ぎる。
「あ、いや、ええと」
誤魔化せ、これじゃただの不審者になっちまう。
どうにか取り繕おうとしてつい―――
「きょ、今日も美人だな!」
なんて、またもや失言を口走ってしまった。
お、男相手の誉め言葉じゃないだろ!
何も取り繕えてないどころか誤魔化せてすらいない、くッ、情けない。
だけど俺、嘘吐くの苦手なんだよな。
薫曰く『鈍感で馬鹿正直』なんて、褒めたんだか貶したんだか分からない評価をされている。
この期に及んで自分で自分を追い込んでいくスタイルかよ、俺のアホめ!
だが、天ヶ瀬はきょとんとして、不意にニッコリ笑い返してくれる。
うぐっ! か、可愛い。
ますます可愛い、花が咲いたみたいだ。
それに今日は臭い俺と違って、天ヶ瀬はなんていうか、甘い匂いがする。
もう少し近付いてもいいか?
なにか話題、もっと話したいんだが。
「あの」
「ケン!」
天ヶ瀬に近付こうとした直後、強く腕を引かれる。
バランスを崩して屈んだ俺の頬に柔らかなものがムニュッと押し付けられた。
今の、キスか?
突然現れたサラにキスされた、なんだ突然?
「おはよう、ご機嫌いかがかしら?」
「あ、ああ、おはようサラ、悪くないよ」
「そう」
サラは俺から天ヶ瀬に視線を移すと、赤い目を細くして笑う。
なんだか嫌な感じだな。
天ヶ瀬の方は表情をこわばらせている。
俺も無性に居たたまれない。
こんなことをしていていいのか?
「貴方、いい加減未練がましいわよ、捨てられたくせに」
天ヶ瀬の顔色が更に青ざめた。
捨てられたって、それはどういう―――
「選ばれたのはこの私なの、貴方はもうお払い箱、分かったらさっさと私達の前から消えなさい」
ドクリと鼓動が震える。
違う。
何を言っているんだ、そんなわけないだろう。
「私のケンに、今後一切関わらないで」
サラに告げられて天ヶ瀬は悔しそうな、悲しそうな気配を滲ませる。
同時に俺は猛烈な不快感に襲われている。
なんだ、これ。
また頭痛がするが、そんなことより叫びたい、訴えたい―――でも、何を?
息苦しさに胸を押さえると、天ヶ瀬がはたと気付いたようにこっちを見た。
「健太ろ」
「やめてと言っているでしょう!」
「違う、見ろ! 彼は具合を悪くしているッ」
「はぁ?」
俺を見上げたサラはフンと鼻を鳴らす。
「あら、貧弱ね、だけどそのうち収まるわ、構って頂かなくて結構よ」
「君、バカな!」
「あーうるさい、うるさいっ、貴方ね、悪足掻きはもうよしなさいよ、いい加減認めたらどう?」
「何を言っているっ、それと今の彼の状態とは関係ないだろう!」
やめてくれ。
天ヶ瀬の傍へ行こうとすると、またサラに強く腕を引かれる。
うっかり足がもつれてバランスを崩した!
うわッ!
そのまま転ぶかと思ったが―――思いがけず受け止められる。
―――天ヶ瀬だ。
また俺を助けてくれたのか。
柔らかくて心地いい、優しい、甘い匂い。
こうして抱き合っていると落ち着く、頭痛もなんだか収まってくる。
ああ、いい。
肩の辺りに顔を埋めてこっそり深呼吸した。
ずっとこのままでいたい。
「あ、貴方ッ!」
「いい加減にしろ」
不意に耳元で聞こえた、唸るような声にハッとする。
様子を窺うと、俺を抱えた天ヶ瀬はサラを睨むように見据えている。
「これ以上、彼に無体を働くようであれば、流石に黙っていられない」
「なによ、いい度胸ね、こんな真似をして」
サラは少し腰が引けているようだ。
迫力に圧されたんだろうか。
「分かっているの?」
「君こそ本分を見失っているんじゃないか」
「あら、言うわね、でもお分かり? このことは私のさじ加減次第なのよ」
「公正公平を謳う裁定者が笑わせる、今の言葉も協会の意にそぐうものだと宣うつもりか」
「そうよ、だって私は」
「対象を無暗に苦しませる必要があるとは思えない」
「それなら貴方が身を引けばいい」
「生憎と僕にも関わりのあることなのでね、これは妨害ではなく正当な抗議だ」
一体何の話をしている?
ふとこっちを向いた天ヶ瀬が「大丈夫かい?」と気遣ってくれる。
サラに向けていた時とは違う、俺を心配する表情だ。
「ああ、有難う、重いだろ」
「これくらいどうってことないさ、他ならぬ君だからね」
それは、その。
なんて言うか、少し照れる。
「ケン!」
呼ばれて振り返ると、どこか必死な様子のサラに睨まれる。
珍しい、俺を意識するなんて。
ひょっとして天ヶ瀬と抱き合っているから、妬いたんだろうか。
「悪い」
天ヶ瀬の体をそっと押して離れる。
名残惜しいが、彼女の前でいつまでも抱き合っていられない。
不貞を働くような輩は紳士じゃないからな。
「健太郎」
「大丈夫だ天ヶ瀬、世話になったな」
寂しそうな天ケ瀬に、俺も心苦しい。
本当は離れたくないけれど、俺はサラの彼氏だ、どうすることもできない。
「サラ、行こう」
振り返って声を掛けたが、サラはフンとそっぽを向いた。
やれやれ、相変わらずか。
でも俺は彼氏だから、ちゃんと役割を果たさないとな。
「ッツ!」
サラの方へ行こうとしてついふらつくと、すかさず天ヶ瀬がまた支えてくれる。
だけど今度は顔を背けて「保健室で休むといい」と言いながらすぐ離れる。
「そうするよ」
「ああ」
急に手を掴まれ引っぱられた。
サラに連れて行かれる、天ヶ瀬と離れていく、姿が遠ざかっていく。
―――ああ。
あんな悲しそうな顔をさせたくないのに。
ごめん。
本当にごめん。
「ふざけた話よ」
俺を引っ張って歩きながら、サラは独りごとのように言う。
「逸脱行為も甚だしいわ、それを正当化して、みっともないったら!」
「サラ」
「黙って」
「それ、どういう意味だ?」
「分からないなら口を挟まないでちょうだい」
「ああ、でも、頼むから天ケ瀬に辛くあたらないでくれ」
ふと立ち止まったサラは、俺を見上げる。
「なによ」
赤い目には明らかに憤慨した様子が滲んでいる。
「そんなに天ヶ瀬 理央が好きなの?」
途端に鼓動がドクリと爆ぜた。
好き?
俺は、天ヶ瀬が―――好き。
「ッツ!」
ぐらりと視界がぶれる。
頭の中がガンガン響くッ! い、痛いッ!
好き? 好きなのか?
分からない。
苦しいッ!
好きだ―――違う、いや、好きだ。
違う。
違わない。
サラがいるだろ?
―――関係ない。
サラは関係ない、関係無かったんだ、違う、サラは彼女だ、違う!
思い出せ。
思い出せ。
思い出せ―――
約束、しただろ。
あの時の言葉は嘘だったのか。
違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う―――違うッ!!
お、れは。
あッ、あ、たま、がッ! ああッ! ああああああッ!
俺は、違う、俺は、俺はッ―――
「やめなさい」
額をバチッと弾かれる。
って!
―――あれ?
なんだ、今、何していたんだ?
「私もやり過ぎね」
サラ?
「保健室へ行きましょう、具合が悪いのでしょう? 貴方を休ませないと」
「ああ、悪い」
「やむを得ないわ、貴方は私の恋人なのだし、ところで―――保健室ってどこ?」
知らないのか。
案内してサラと一緒に保健室へ向かう。
この分だと朝のHRには間に合いそうもない、サラも欠席させることになるな。
辿り着いてドアを開けると、養護教諭の姿は見当たらなくて、室内はしんと静まり返っている。
また留守なのか。




