苛立ちとカノジョ 3/後
「よーっす、健太郎!」
不意に背中を思いきり叩かれた!
いってえッ! このっ、清野は本当に手加減ってものを知らないな!?
「健太郎君おはよう、大丈夫?」
「アハハ」
「もう、リンったら」
虹川も一緒か、清野に叩かれた辺りを手でさすってくれる。
今朝も優しい。
だが俺を暴行した清野はヘヘッと笑って舌をペロッと出した、こいつ。
「ボヤボヤ歩いてるからだよ~だ、でも流石に朝はあのウルサイのはいないな、よしよし!」
「ウルサイの?」
「自称彼女のあの嫌味女!」
サラは自称じゃなく俺の彼女のはずだが。
多分。
「健太郎さぁ、マジであいつだけはやめた方がいいって、もう別れなよ」
「リンってば」
「だって! あいつと付き合うくらいなら天ケ瀬の方がよっぽどマシだよ、男だし、チャンスありそうだし」
「こらリン!」
二人のやり取りを聞きつつ、俺は本当に天ヶ瀬と付き合っていたのか訊こうと思う。
途端に何故か頭痛が起こる。
くそ、毎度毎度、邪魔ばかりしやがって。
「でもさ、そう言うミキだってちょっとは思ってたくせに」
「わ、私は」
「健太郎っていつも想定外過ぎるよ、天ヶ瀬の次がアレ? 正直意味不明、ワケ分かんない」
「人のことに口出しするの、よくないよ」
「私のことでもあるから口出してんの! どっちにしろ趣味悪過ぎ! ほらミキも言ってやりなよ、やめとけって!」
「それは健太郎君が決めることだから」
俯く虹川と、対照的に清野は「とにかくあの女はナシ!」と声高に叫ぶ。
「健太郎、悪いこと言わないからさ、元鞘に収まった方がいいよ? それか、別の子にするとか」
「リン!」
「だってミキ、見なよ、ほら、このヨレヨレのくたびれ具合、しかもちょっと臭うし、いつもしゃらくさい健太郎がこの有様だよ?」
「しゃらくさいって」
「見てらんないって、ぜーんぶあの女が絡んできてからだろ?」
そうか、やっぱり臭うか。
しかししゃらくさいって何だ、そんな目で俺を見ていたのか。
はぁ、居たたまれない。
俺まで彼女を悪く言ったりしないが、それでもここ数日は確かにおかしいと感じている。
その起点を辿ると、どうしてもサラに辿り着いてしまう。
だからって彼女に責任転嫁しても意味がない、結局は俺自身の問題だ。
しっかりしろ。
―――思い出せ。
「あっ、そういえば、明日はバレンタインだね!」
虹川が急に違う話題を振ってきた。
この空気に耐えられなくなったんだろう、同感だな。
「そうだな」
乗って返すと、虹川はホッと息を吐く。
そしてニコッと笑った。
「ねえ、あの、私、今年も健太郎君に作ろうかな?」
「え、マジ?」
「えっ、いいの?」
驚く虹川に俺も驚く。
ああ、そうか、彼女がいるから遠慮するつもりだったのか?
「嬉しいよ」
「―――うん!」
明るく答える虹川に、俺も嬉しくなる。
去年貰った手作りチョコ、凄く美味かったんだよな。
薫や愛原に負けずとも劣らない腕前で堪能させてもらった。
「じゃあ私も!」
清野が腕を上げる。
「と言っても手作りはパス、ガラじゃないからね、代わりにおススメを用意するよ」
「ああ、サンキュ」
おススメって何だろうな、もしかするとチョコじゃないかもしれない。
それでも思いが籠っていれば、何だって有り難く受け取らせてもらおう。
「実は俺もさ、手作りして皆に配ろうと思ってるんだ」
話のついでに便乗する。
虹川も清野も、俺のチョコも友チョコだ。
それなら八つ裂きにはされないだろう、浮気じゃないからな。
「は?」
「えっ」
思いがけない二人の反応に、俺も「え?」と返す。
なんでちょっとしらけてるんだ?
「健太郎が作るの?」
「あ、ああ」
「手作りして配るって、どうして?」
「サラからは昨日貰ったから」
「はぁーっ!? 昨日って、普通の日だろ!」
清野の剣幕に通りすがりの奴らがギョッとして振り返る。
それはまあ、確かにそうなんだが。
「なんでさ!」
「いや、手作りは不衛生だとかで」
「そうじゃなくて! なんで! 昨日寄越したのかって訊いてんだよ!」
「買い物したから、その、ついでというか」
「ついで!」
また大声で叫んで、清野は大袈裟に額に手をやる。
虹川が「リン、やめなよ」と宥めにかかる。
「あーあ! ほらね、最悪!」
「リン」
「健太郎、あいつやっぱりやめた方がいいよ! 何なら私にしときなよ、ね?」
「ちょ、ちょっとリン!」
「あーもうムカつく、イライラしたから走る! じゃ、お先!」
「リン!?」
唐突に走り出した清野と、俺とを交互に見て、虹川も「ごめんね?」と謝ると清野を追って駆け出した。
取り残された俺はポツンと立ち尽くす。
なんだったんだ。
でも―――多分、俺の代わりに腹を立ててくれたんだろう。
俺も憤慨するべきだった、昨日の地点でサラに不満を伝えておけばよかった。
だけど今更だ。
それに、その気力が湧かない。
彼女なのに、付き合っているのに、こんな状態で恋人なんて呼べるんだろうか。
明日は二月十四日。
こんなに楽しみの無いバレンタインは初めてだ、薫もいない、欲しい子からも貰えない。
欲しい子―――俺は誰のチョコが欲しいんだろう。
頭の奥がズキリと痛む。
もう痛いのは嫌だ、そろそろ許してくれ。
だけど、この痛みから逃げるわけにはいかない。
―――忘れているんだ。
それを取り戻さない限り、この憂鬱な気分も、痛みも、きっとなくならない。
早く取り戻せ。
早く、早く、早く―――




