苛立ちとカノジョ 2
「俺、は」
額が不意にじわっと熱くなった。
サラが触れて、痛みが消える。
「ほら、もう大丈夫よ」
サラが俺を見下ろしている。
―――あれ?
俺、なんでベッドで横になってるんだ?
「ケン」
起き上がって辺りを窺う。
保健室だ。
また具合を悪くしたのか、でも、いつの間にここへ?
「もう放課後よ、帰りましょう」
「ああ、そうだな」
そういえば、さっきまで掃除をしていたような。
うーん?
まあいい、教室へ荷物を取りに戻ろう。
保健室を出て歩き出すと、サラが俺の腕に腕を絡ませながらまた買い物に付き合って欲しいと言う。
「いいよ」と答えて、ふと廊下の窓に目を向けた。
赤い夕陽。
―――そういえば、前に観覧車の窓からも眺めたな。
あれは実際には起きなかったことになってしまったが、それでも俺は覚えている。
あいつと、二人。
だけどそれは誰だ?
思い出せない、そもそも最近遊園地に行った覚えはない。
それに、起きなかったことになった、思い出?
また頭痛がする。
教室に戻ると誰もいなくなっている。
それも当然か、壁掛けの時計は間もなく夜が来る時刻を示している。
リュックを肩に引っかけて、昨日と同じようにサラと二人で駅前に向かう。
「ケン、喜びなさい」
並んで歩く途中、サラから唐突に言われた。
一体何だ?
「貴方に贈り物をしてあげるわ」
「えっ」
「あら、なによ、自分から浅ましくねだったくせに忘れたの?」
「ええと?」
頭を捻って考えていると、視界に『バレンタイン・デー』と書かれたポスターが入る。
もしかして。
「バレンタインか?」
「そうよ!」
なるほど。
だが、バレンタインは明後日だ。
それにやっぱり二人で作る約束は無しになったのか。
―――楽しみだったんだけどな。
「私個人はくだらないと思っているけれど、貴方は思い入れがあるようだし、仕方ないから付き合ってあげる」
「そうか、有難う」
「ええ、精々感謝しなさい」
まあ、貰えるだけマシか。
俺達付き合っているはずなんだが、そこはひとまず棚に上げておこう。
「でもまずは私の用が優先よ、ほら、グズグズしないでついていらっしゃい」
先にどんどん歩いていくサラを追いかける。
俺の彼女。
小柄で可愛くて、少しワガママで気が強いけれど、それでも彼女だから大切にしないといけない。
彼氏としての俺の役目だ。
役目。
彼女だから、大切にする?
それって何だかおかしくないか?
俺は好きな子を大切にしたい、世話を焼きたいし、守りたいと思う。
でもそれは好きだからだ。
好意が前提にあって、目的が生まれるんだ。
目的が先で、感情が後って、何かちぐはぐじゃないか?
―――でもサラは、俺を好きだと言ってくれた。
後夜祭の花火が上がる中で、好きだと言った俺を受け入れてくれた。
あれ?
俺が、サラに、好きだと言った?
なんだろう。
何かがおかしい。
やけに記憶が曖昧だ、俺が好きだって言ったのか? それともサラが―――
「ケン!」
呼ばれてハッと我に返ると、ずっと向こうでサラが腰に手をやりながらこっちを睨んでいる。
いつの間にか遅れたのか、急ごう。
駆け寄ると「ほんっとうに貴方ってグズよね!」と叱られた。
サラはまた先にさっさと行ってしまう。
その背中を俺は追うばかりだ。
―――前は、いつも隣を歩いてくれたのに。
楽しそうに笑って、時々こっそり手を繋いで、俺と何度も目を合わせてくれたのに。
また頭が痛い。
治まらない頭痛を誤魔化しつつ、今日もあちこちの店を巡り歩くサラの荷物持ちをする。
数時間たってようやく帰る流れになった頃、サラは荷物から取り出した包みを俺にポイッと投げてよこした。
「えっ、何?」
「チョコよ、これで気が済んだでしょ」
バレンタインは明後日なんだが。
今日貰っても、これじゃただのプレゼントだ。
「ちゃんとあげたんだから、もうみっともなく物乞いなんてしないでよね」
「物乞いって」
「貴方が言い出したのよ、浅ましいったらないわ、義務も果たしたし、これで文句ないわね?」
「あ、ああ」
こんなものいらないと思ってしまった。
サラは、俺の彼女なのに。
「それじゃ、そろそろ帰るわよ、タクシーを使うからついてきて」
昨日と同じようにタクシー乗り場へ行って、トランクにサラの荷物を積み込む。
トランクのドアを閉めると、それが合図のようにまたタクシーは俺一人を残して走り去っていく。
車が見えなくなるまでぼんやり見送ってから、妙に重い足を引きずるように家路を辿る。
俺とサラは、本当に付き合っているんだろうか。
さっき受け取ったプレゼントを眺めて思う。
こんなもの、何の想いも感じられない、彼女からの贈り物でも嬉しくない。
昨日からずっと何かが変だ。
この頭痛、食欲が湧かなくて、食べても味がしないこと。
それに―――虹川や清野、五月女の様子もおかしい。
サラはあいつらと揉めてばかりいる。
磐梯もおかしなことを口走っていた。
あと、天ヶ瀬 理央。
俺はどうしてあいつのことばかりこんなに気になるんだろう。
天ヶ瀬の傍は何故か息がし易くて、気持ちも軽くなるんだ。
でも、酷い頭痛に襲われることもある。
大抵何かしら考えている時なんだが、それが何なのか思い出せない。
思い出そうとすると頭痛が酷くなる。
天ヶ瀬は俺を名前で呼ぶ。
周りは俺と天ヶ瀬が付き合っていたなんて言う。
それは本当なのか?
だって、あいつは男だぞ?
男。
―――天ヶ瀬は男、なのか?
「ぐっ!」
脳天からズキッと痛みが駆け抜ける。
くそ、マジでいい加減にしろ。
何も考えたくない、考えると頭痛がする、頭痛がするから考えられない、だけど―――思い、出さないと。
それが何なのか、そもそも忘れていること自体はっきり意識できているわけじゃないが、手放してはいけない。
どれだけ辛くて、苦しくても、俺は考えることをやめるわけにはいかないんだ。
だって、約束したから。
―――あと五日しかない。
早く、早くしなければ。
ふっと脳裏に誰かの笑顔が浮かぶ。
はにかんだ表情で『君との初めてのバレンタイン、やっと願いが叶う』って。
嬉しそうに、ちょっとだけ恥ずかしそうに。
だから俺は叶えたくて、あいつの想いに応えてやりたくて―――俺、は。




