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苛立ちとカノジョ 1

LOOP:4

Round/Sting And Pain



午後の授業は完全にうわの空のまま、気付いたら終わっていた。

何の授業を受けたかさえ覚えていない。

そのまま掃除の流れになって、惰性で参加して受け取った箒を無心で動かす。


「義兄上」


呼ばれて顔を上げると、磐梯(ばんだい)だ。

今日はちゃんと午後まで残っていたのか、珍しいな。

この男、磐梯(ばんだい) 阿男(あだん)は去年転校してきたクラスメイトで、鬱陶しくて厄介な野郎だ。

大抵午前中しか教室にいない、午後には勝手に帰宅する不良野郎だが、見た目はいいから秘かに女の子達にモテている。

そういうところも腹立つんだよな、話しかけてくるな。


「取込み中すまぬが、今より他に機が無くてな、少々よろしいだろうか」


よろしかないと跳ね除けたいが、妙に真剣な様子だ。

邪険にするのは少しばかり気が引ける。

だが、こいつとは真面目な話をするような仲でもないぞ?

俺に何の用だ。


「阿男!」


急に天ケ瀬が割って入ってきた!

名前で呼んだな、そういえば親戚とかいう話だったよな。

―――なんかムカつく。


「関わるなと言ったはずだぞ、よせ!」

「しかし理央!」

「お前の懸念など無用」


磐梯は俺を蚊帳の外にして天ケ瀬と言い合い始めた。

でもその理由は俺らしい。

二人が話す様子を見ていると、主に磐梯に非常にムカつくんだが。

天ヶ瀬と口を利くな、あっちへ行け。


「義兄上」


不意に磐梯に呼ばれた。

っていうか義兄上? なんだそれ、俺はお前と義兄弟になった覚えはない。

まったくこいつは、いつもいつも。

―――いつも?


「どうか頼む、俺が認めた貴方様の在り様を失わないでくれ」

「やめろと言っているだろうっ」

「だが理央ッ! 俺はあの日、あの果し合いにおいて義兄上と互いを認め合ったのだッ、それに今は同じ姫に仕えし仲でもある!」

「いい加減にしろ!」


姫? 姫って言うと、あいつか?

今は留学中の、俺の大事な幼馴染。

でもどうして磐梯があいつを知っている?

接点なんてないだろう、去年の文化祭、俺達は紅薔薇王の座を巡って―――あれ?

そう言えば、薫とも姫絡みで何か、俺は何度も何度もあいつに殺され―――て?

いや、生きているだろ。

死んでないぞ、俺は殺されてなんかいない。

だけどあの時刺されて、焼かれて、毒を盛られて―――死んだ?

磐梯にも殺されたような気がする。

なんだ、これ?

おかしいだろ、だって俺は―――ループして。

何度も何度もループして、殺されてループして、また殺されて、ループして?


そんな馬鹿な。

だけど俺は―――そうだ。


傍で支えてくれたんだ。

どんな時も一緒に立ち向かってくれた、命まで懸けてくれた。

俺の大切な、俺の―――


「うぐぅッ!!」


あ、たま、がッ!

割れるッ!!

箒に縋ってしゃがみ込む、天ヶ瀬と磐梯が声を掛けてくる。

分からない、何を言っているのか聞き取れない。

痛いッ、うご、け、ないッ!

誰かが肩を貸してくれて、そのまま一緒に歩き出す。

痛いッ! 痛い痛いッ、痛いッ!

どこかへ連れてこられた? ゆっくり横に寝かされる。

これは、ベッド、か?

ってことは、ここは保健室なのか。


「義兄上!」


磐梯だ。

やけに必死だな、俺を覗き込んでいる。


「おお、お労しやッ! 抗っておられるのですな!? 頑張って下され!」

「阿男、いい加減にしろ」

「俺は見ておられぬのだッ、主らの在り様は違和感しかない、だが義兄上はこれほどまで懸命に、くッ!」


拳で目元を拭う磐梯を押しのけて、天ヶ瀬が現れる。

ああ、綺麗だな。

ホッとして少し頭痛も楽になる。

天ヶ瀬 理央。

―――俺の。


「り、お」


手を伸ばすと、理央はギュッと握り返してくれる。

温かな優しい手だ。


「健太郎」

「おれ」

「大丈夫だよ、僕は信じている、だからどうか無理はしないで」


目が、濡れている?

泣いてるのか?


「なく、な」


お前に泣かれると困る。

どうしていいか分からなくなる、でも、泣き顔も綺麗だ。


「健太郎」


色素の薄い綺麗な目に惹き付けられていると、不意に「離れなさい!」と声が響く。

天ヶ瀬がハッと振り返った。


「どういうつもりなの、天ヶ瀬 理央!」

「貴様こそどういうつもりだッ、此度の審議に斯様な真似は不要であろう!」

「協会からの指導は入っていないわ、つまりこのことは私の裁量に任せられているの、文句をつけるのはお門違いよ」

「おのれ、この女狐が!」

「その暴言、正式な裁定者である私への侮辱行為として協会に報告しようかしら?」


誰かと言い争う磐梯を、天ヶ瀬が「よせ」と止める。

女狐?

そこに誰がいるんだ?


「負け犬の遠吠えって見苦しくて嫌ね、末端風情が何様のつもりかしら」

「貴様ぁッ」

「お黙りなさい、この私を侮辱するのなら、此度の裁定結果は不可と見做して即刻報告を上げるけれど、よろしくて?」

「なッ!」

「困るわよねえ? 天ヶ瀬の次期当主様の面目を潰すことになるのだから、下手をすれば御家断絶の上取り潰し、貴方の命だって危ういかもよ?」

「このぉッ、恥を知れ! E・O!」


辺りに響き渡る誰かの笑い声と重なるようにして、俺の手を握る天ケ瀬の手に力がこもる。

ふと、またこっちを見ると優しく微笑みかけてくれた。

その笑顔に呼び起こされるように、胸に温かな何かが沸き起こる。


「君達、やめないか」


天ヶ瀬の一言で、辺りは急に静かになった。


「僕らはもう退室する、それで不問として欲しい」

「なっ、理央!」

「具合を悪くした彼を労わっただけだ、他意はない、用はもう済んだ、行くぞ、阿男」

「だが!」

「よせ、それに彼なら、心配は要らない」


改めて俺に「お大事に」と告げて手を離し、その手で俺の髪をそっと撫でてから天ヶ瀬はどこかへ行こうとする。


「待って」


咄嗟に手を伸ばしてその手をまた掴んでいた。

少し驚いた様子の天ヶ瀬は、俺に「大丈夫」と微笑み返す。

そう、か。

お前が言うなら、きっとそうだ。

―――大丈夫。

俺は大丈夫。


手を解いて歩き出す天ヶ瀬を、磐梯が追う。


「待て理央! 俺は納得いかん、理央!」


そのまま二人の姿は見えなくなり、入れ替わりで誰かが傍にくる。

サラか。

さっきの声は君だったのか。


「ケン、どういうつもりかしら、恋人である私を差し置いて」


質問の意図が分からない。

俺は掃除中また頭痛に襲われて、天ヶ瀬と磐梯が保健室へ運んでくれた。

そういう状況だ。

ようやく理解したが、それの何がいけない?


「怒らないでくれ」

「いいえ! 貴方って本当に嫌な人ね、私というものがありながら!」

「違う、誤解だ、俺は天ヶ瀬たちに介抱してもらったんだ、むしろ世話になった、面倒を掛けたんだ」


頭がズキズキと痛む。

この頭痛、いい加減にして欲しい。


「ねえケン、私は貴方を責めたいわけじゃないのよ、頭痛が辛いならいい加減状況を受け入れてしまいなさい、辛いのでしょう? 苦しいのでしょう?」

「ああ」

「可哀想に、だったら考えるのをやめるといいわ、全部忘れるの、そうすれば楽になれる、ほら、リラックスして」


考えるのを、やめる。

思い出すのを諦める。

そして全て忘れてしまえばいい。


―――そんなわけがあるか。

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