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満身創痍のライスフィールド

 安田記念を終えた久矢君は、その日の全レース終了後、善郎と合流し、ライスフィールドについて色々と話し合った。

大道ひろみち君、安田は7着と残念な結果になってしまいましたが、君としては何か感じたことはありましたか?」

「そうですねえ、村重先生。敗因はいくつかあるかもしれませんが、僕としては疲れが抜けきっていないように感じました。」

「えっ?とはいえ、中4週以上空けていますし、こちらとしては万全を喫して仕上げたはずだったんですが?」

「その中4週というのは、いつ感じたことですか?」

「3歳秋のことです。秋天、ジャパンと出した後、これでは有馬には出せないという話になりました。」

「それは1年半前の話でしょう。今のライスフィールドはその時と比べて回復力も落ちていると思います。だから、中4週でも間隔が短かったと思います。まして日経賞、春天、安田で3回連続58kgを背負ったわけですから、5歳のライスフィールドには精神的に肉体的にも相当な負担がかかっていたと思います。」

 久矢君はまるで自分が調教師であるかのように、色んなことを善郎に向けて話した。

「ちょっと久矢さん、ヨシさんに向かってそれは言い過ぎじゃないですか?」

「仮にもヨシさんは調教師なんですよ。立場も考えて物事を言ってください。」

 善郎のプライドを傷つけられたと感じた道脇君と紅君は、顔をしかめながら久矢君に詰め寄った。

「よせ、2人とも。」

 善郎は彼らを制止しながらそう言った。

「確かに久矢君の言うことには納得だ。ライスフィールドには中4週間隔を空ける必要があるというのは確かに3歳秋に感じたことだ。僕は今回ついその時の発想で考えてしまった。だが、時間がたてば馬は年を取っていく。そうなれば体力や回復力も変化するだろう。僕はそれに気づいてやれなかった。正直、彼の意見には負けたよ。僕は調教師として若さが出てしまった。もっと色んなことを学んでいかなければ…。」

 善郎はまるで自分の考え方や采配がまずかったと言わんばかりの態度を見せていた。

 それを見て、道脇君や紅君も何も言えなくなってしまった。

「村重先生、こんな雰囲気の中で言うのもなんですが、ライスフィールドにはこれから肉体的にも精神的にも相当な反動が来ると思いますので、即座に放牧に出すべきでしょう。そして針など、何らかの治療を施した方がいいかもしれません。」

「分かりました。君がそう言うのであれば、間違いないでしょう。」

「お願いします。必ず秋のGⅠ戦線には万全な状態で出せるようにしてください。そして秋GⅠではソングオブリベラと歴史に残るような一騎打ちを演じましょう。」

「そうなるといいですね。いや、そうしましょう。」

 善郎は久矢君の気持ちに押されながらも、どうにか言い切った。

「それでは大道君、忙しい中わざわざ時間を割いてくれてありがとうございます。」

「こちらこそ。かつてお世話になった馬、カヤノキの仔に乗せていただき、誠にありがとうございます。」

 久矢君は深々とお辞儀をすると競馬場の外に向かって歩き出し、英会話講師であるガールフレンドの運転する車に乗って、トレセンへと帰っていった。


 久矢君が1回乗っただけにもかかわらず、ここまでライスフィールドに詳しいのには伏線があった。

 彼はカヤノキの仔についてはずっと前から興味を持って注目しており、ライスフィールド、パーシモン、レインフォレストのことは自分なりに色々と調べていた。

 その結果、ライスフィールドの特徴や長所、短所などを事前に全て把握していた。

 以前、鴨宮君が騎乗停止になり、久矢君に騎乗依頼をする時、「敵に情報を与えるようなものだ。」ということを陣営は懸念していたが、実は敵が事前に情報を全て掴んでいたのである。

 だから彼は善郎にあれだけのアドバイスをすることができた。

 だが、それに関しては機密事項扱いにして表には出さずにいたため、善郎、道脇君、紅君にとってはそのアドバイスがセンセーショナルに聞こえていた。


 レース翌日。トレセンに戻ってきたライスフィールドの様子を見た厩舎の陣営は、驚きの表情を隠せずにいた。

「ライスフィールド、もうボロボロですね。」

「これは思っていた以上にひどい状態だ。」

「果たして秋GⅠまでに元に戻るんでしょうか?」

 紅君、道脇君、鴨宮君は思わず愕然としてしまった。

「私もここまで満身創痍の状態は見たことがありません。これは復帰までかかりそうですね。」

 今まで厩舎の誰よりもたくさんの馬を見てきたアキでさえも、顔をしかめずにはいられなかった。

「とにかく即座に放牧の手続きをしてライスフィールドを休ませよう。うちの厩舎一の稼ぎ頭であり、引退後に立派な種牡馬として野々森さんに引き渡したい以上、故障だけは何としても避けなければならん。」

 善郎はそう言うと早速野々森牧場や育成施設に連絡を取り、交渉を始めた。

 その結果、じっくりと休ませた上でなるべく短時間で厩舎に戻れるようにするには、温泉施設に預け、状況によっては針などの治療を施すのが一番いいという結論に至った。

 野々森牧場の陣営にとっては温泉施設での預託料や治療費などがかさんでしまうことになるが、大レース制覇には代えられないということで、蓉子達は迷うことなく善郎の意見を受け入れることにした。

 その決断の結果、当初の予定に入っていた札幌記念にはとても出せない状況になった。

 それどころか59kgがだめ、中4週もだめとなっては、ステップレースを使うこと自体が不可能になり、もはやぶっつけで秋のGⅠ戦線に向かわせるしか手は無かった。

 そうなると復帰は早くて天皇賞(秋)、それがだめならマイルCSかジャパンCでの復帰になる。

 だがマイルCSから有馬記念の間隔は中4週、ジャパンカップからだと中3週なので、有馬に出すことができず、結果的に復帰レースで一発勝負に賭けることになってしまう。

 選択肢が著しく限られてしまい、善郎達にとっては頭の痛いことが重なってしまったが、受け入れるしかなかった。

 満身創痍のライスフィールドの今後は果たしてどうなっていくのだろうか。


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