勇者の領分
光ひとつささない完全なる暗闇の中でどうしたものかと思いあぐねてしまったとき
トントン
と何か木をたたくような、そうこれはノックだ。
人通りの少ないとはいえこれは部屋だし、ノックくらいされても大丈夫だ問題ない。
問題なのはこのノックが「部屋の内側」からされたものだということ。
だいじょうぶじゃねえええええええええええええええ!もんだいだっ!
驚きすぎて口からいろんなものが出そう主に心臓が。
喉に心臓が詰まって悲鳴がでない主に心臓がいたくるしいどきがむねむね状態だなんかもうあばばばばばばばばb…。
なんかもうこの混乱振りを!女の子ならひとつかわいく悲鳴を上げるべきだろういやたぶんおそらくぜったい。
私だって女の子ここはひとつかわいく悲鳴なるものをあげてやろうじゃないか!
「んぐああああ・・・もがっ。」
くち、口をふさがあれたああああ!?
だれだれだらえらだっれあ。
「しー。」
めるてぃあ は こんらん している。
「大きな声出さないで。」
真っ暗闇の中で、部屋の内側から扉がノックされて口をふさがれる。
この私のこんらんっぷりをわかっていただきたい。
「めーちゃん?めーちゃん?おーいったっ!」
思いっきり何か噛みました。それと同時に口に広がる血の味。
なんとも形容しがたい味のそれ。
それが血だと知っているのはその味をよく、ずっと昔から知っているからだ。
そして私にそれを与え続けてくれたただ一人の人。
「お、とうさま…?」
「めーちゃん。ごめんねびっくりしたね。」
そのひとは私にとって母を除けばこの王宮で私にもっとも近しい人で、
この世界をすくった勇者で父で国王だ。
いずれ私が引き継ぐべき王位を異世界の出自ゆえにその仕事に難儀しながらも、よい治世をしく王。
そしてこの世界で私を「めーちゃん」と呼ぶただ唯一の父。
「び、っくりしました。」
「そうだよね。なんだかめーちゃんが困ってる気がしたからとんで来たよ。なるべく驚かせないように一応ノックしたんだけどね。」
その父の驚かせないようにという配慮のノックで私は大混乱したわけですが。
ちなみに父の言う「とんで」来た、とは文字通り空間を跳躍で来たという意味だ。
「どうして私が困ってると思ったんですか?」
「今日は朝からこんな事件が起こっちゃったしね、たぶん僕が見つけなければめーちゃんがジルを見つけるだろうと思ったから。めーちゃんほど「ほどよいバランス」の人はなかなかいないからね。」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。」
父の言うほどよいバランスとはまさしく魔力と霊力のつりあいのことだろう、なんだか父が言うと素直に喜べない。
でも今はそれどころじゃない。
精霊とはいえ死に掛かっている少女がいるのだから。
「お父様彼女を見てくださる?」
「そうだね、もちろん。」
そいうと父は私の背後から離れ、ジルを横たえたソファーの前に進んでいく。
何度もいうがここは光ひとつない暗闇です。
「お父様は夜目がきくんですね。」
「いや、見えないけど、見えてるっていうか…うまくいえないけど分かるんだ。感覚で。」
「そうですか。」
感覚でといわれも私には分からないのでそうですか、というほかない。
「ジル…久しぶりだね。」
《・・・・・、・、・・・》
「ごめん。君も眠っていたかっただろうに…こんな風に妨げらるようなことになって本当にすまない。」
《・・・・・、・、・、》
「彼はここにはいないよ。」
《・・、・、・・、・》
「ごめん、ごめんね。ジル。」
《・・・、・・・・》
父はジルと言葉をかわしている、会話しているはずなのにジルの声が聞こえない。
空気が振動してるのも、言葉を発してるも分かるのにそれはどうしても私の耳では聞き取れない。
いや、聞こえてるけども、それは音ではない。私の理解できないものだった。
「約束するよ。」
その言葉を最後にシンと部屋は静まり、3人だったはずの部屋の気配が1つ減った。
「お父様。」
シャッ、とカーテンが開かれ直射日光が痛いほど目に入ってきて私は目を細めた。
「お父様、彼女は・・・?」
「ああ。ジルは…消えて、いや死んでしまったよ。」
ソファーの上には私のケープだけが残った。
喪女→非モテ女性のこと。